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いつか花火が上がる頃に

人生には「人生2周目だっけ?」と思ってしまう場面がある。1度も来たことがない場所で「あれ?ここ見覚えあるかも?」となる場合は、前世で来ていたのかもしれない。こんな風に記憶の断片に、前世の記憶が紛れているのだ。見覚えのある場所に来ることをデジャブと呼ぶ場合もあるが、どちらが正解かなんてどうでもいい。

以前、SNSで「人生1周目だから失敗するのは仕方ない」と書いていた。人生経験がないこの体で生きていくのはときに過酷で、ときに楽しいものだ。

「俺、見たらすぐにわかるんだよ」
「え?どういうこと?」
「君、人生2周目でしょ?」

続けて、彼が「俺も2周目だからさ」と言う。なんでわかったの?とびっくりしたんだけれど、彼のペースに乗せられまいと「ふーん」と余裕があるふりをした。

初対面で彼に惹かれていた。そして、私たちは恋に落ちて、終わった。人生が何周目だろうが、恋愛は同じ過ちを何度も繰り返すのが定めである。一人ひとりにそれぞれの感情があって、そこに前世が入る余地はない。人の感情はすぐに揺れ動いてしまうもの。お互いの価値観のすり合わせは想像以上に難しいため、何億年経とうが、失恋はなくならない。

恋愛には、2種類ある。繋いだ手を離したことを後悔する恋と、後悔しない恋だ。前者は大抵が振られる恋なのだろう。自分から振った恋は後悔しにくい傾向がある。自分から振っておいて後悔するだなんて、少々虫が良すぎると思う。最愛の人に振られた瞬間は、頭や目の前の景色が真っ白になる。なんで?と頭に疑問ばかりが浮かび、元に戻らないと知っているくせに自分の過ちを嘆いて、時間が解決してくれるという文言を盲目的までに信じてみる。

大切なものを失った途端に、人は何かを変えようと躍起になるものだ。長い髪を切る人、失恋ソングに自分の思いを代弁してもらう人、失恋を考える暇を与えないほど何かに打ち込む人、ドライブや旅行で新しい世界に触れる人、稀に復縁を望む人もいる。

復縁なんて、考えるだけで馬鹿馬鹿しい。ドラマや映画の続編は大抵がつまらないものだ。初回の作品のクオリティを越えるには、それなりのハードルを越える必要がある。それに前回の作品のファンがずっとファンのままという保証などどこにもない。失恋は自分の悪い部分を見直すいい機会でもあるが、直したからといって、相手からの信頼が回復するとは限らないのが怖いところである。相当の自信がない限りは、復縁よりも別の道を選んだほうが身のためだ、と、人生2周目の私は思う。

「君を見ていると、ぬいぐるみを見ているみたいでなぜか安心するんだ」
「それ褒めてる?けなしてる?ねえ、どっち?」
「え?褒めてるけど。家にあるぬいぐるみって落ち着くでしょ。そんな感じだよ」

不服そうな私を見た彼は、私の髪を撫でて、そっと指を絡めた。彼のぬくもりに触れる。ガタイがいいとは言えないけれど、絶対的な安心感がある。私はこんな時間が一生続けばいいと安易に思ってしまう程度の浅はかな女だ。彼は私の特性をよく知っている。私を絶妙なさじ加減で手のひらの上でうまく転がしていた。

***

清澄白河にあるゲストハウスの前に流れる隅田川を挟んで、スカイツリーが見える。日中は真っ白な白い塔が、夜になれば違う顔を見せるところに趣きを感じる人は多い。その様はまるで人間の二面性を表しているかのようだ。人間には綺麗な部分と醜い部分があって、大抵の人が他人に見せられない何かを隠し持っている。本音と建前のバランスをうまく取りながら、誰もが日々を過ごすのだ。

相手に対して、居心地がいいと感じている場合は、相手が無理をしているとどこかで聞いた。良好な人間関係を築くには。遠慮はいらないけれど、配慮は必要である。人生2周目と言っていた彼は、前世で相手に無理をさせていたのかもしれない。もしも彼が同じ轍は踏まないと、無理をしていたのであれば、胸の奥がぎゅっと痛くなる。

都営大江戸線で蔵前に行く。私は満員電車が苦手だ。あの詰め込まれた感覚はとてもじゃないけれど、生きた心地がしない。お昼はまだ人が少ないから、満員電車の時間を避けていつも電車に乗っている。蔵前はおしゃれなカフェで、埋め尽くされている。駅近にある居酒屋のランチは、おかずや汁を自由に組み合わせられるのがとてもいい。こんなにいいお店があるならば、蔵前に住めばいいと思うのだけれど、この街は少々住みづらい。どう考えてもおしゃれなお店が多すぎて、根暗な私には合わないのだ。

ひとつ橋を越えて、浅草へ行く。工事現場のおじさんが交通規制をしながらこちらにおじぎしている。おじさんが悪いわけではないのに、謝るなんておかしい。だから。いつも私は感謝の念を込めて、おじさんにおじぎする。おじさんがニコッと笑う姿を見ながらその場をあとにした。

以前までは橋の横に喫煙所があったのだが、もうなくなったようだ。かつての私は彼にタバコを吸っていることを隠していた。ある日、橋の横にある喫煙所を見て、彼がタバコを吸いたいと言い出した。彼が喫煙所でタバコの箱を取り出す。まさか同じ銘柄のタバコを吸ってるとは思わないだろう。思わず「ねえ、私も同じタバコ吸ってる」と彼にタバコの箱を見せると「なんか運命みたいだね」と笑っていた過去をふと思い出した。

***

「花火ってさ、見ているすべての人を魅了する不思議な力があるよね」
「儚いからじゃない?」
「最後に綺麗に咲く様を自分に重ねているのかもしれないね」
「急にどうしたの?人生悟った?」
「ははは。だから、俺は人生2周目なんだって」

花火がドーンと、夜空を綺麗に彩る。「綺麗だね」と微笑み合う家族。肩を寄せ合いながら眺めているカップル。「来年も一緒に見られるといいわねぇ」とおじいさんに伝えるおばあさん。いろんな人たちが、花火が咲いた夜空に魅了されている。そして、光と音のオーケストラが鳴り止むたびに、観衆から盛大な拍手が鳴り響く。

花火が上がっている間、彼はずっと無言だった。周りの拍手さえも聞こえないぐらいに没頭している。たとえ人生が2周目でも、人は花火の綺麗さに魅了されるのかもしれない。そんな私は私の手をぎゅっと握りしめている彼の隣にもたれて、花火を見ていた。

「花火とても綺麗だった。来年も一緒に行きたいね」
「いやー、本当に綺麗だった。来年だけでいいの?ずっとでしょ」
「よくそんな恥ずかしい台詞言えるね。花火を見てロマンチックになっちゃた?」
「馬鹿を言うな。俺はいつだってこんなだぞ。来年も再来年も一緒に花火を観に行く。人生2周目の俺だからこそ、わかることなのだ」

人生2周目はよくわからないけれど、彼の根拠のない自信が愛しかった。一緒に行く保証はないけれど、彼がくれる言葉はいつだって安心できる。ずっと彼のやさしさに甘えてきた。そのツケが返ってくるのは半年後だった。

***

世界が未曾有の状態に陥り、彼との時間はおろか人と直接会う時間さえ以前のように取れなくなった。気軽に外に出かけられない状態は精神的にきついものがある。マスクはどこも完売で、トイレットペーパーすらもお店から消える始末。ニュースは連日、未曾有の状態で持ちきりに、SNSでも何人もの人が「これから世界はどうなるの?」と不安がっている。どれだけ世界が深刻なのかを、至る所で思い知った。

彼と会えない時間と比例して、彼との連絡頻度も少しずつ減っていく。正直、当時は精神的に参っていた。会えないのは彼のせいではないし、みんな我慢しながら生きている。ちゃんと理解しているのに、心がそれを拒む。人は追い詰められたときに、本性が剥き出しになる。当時の私は寂しさが募るあまり彼に当たってばかりいた。

最初は「人生2周目だからわかるけれど、君は本当によく頑張ってるよ」と励ましてくれていた。2ヶ月が経って、最悪の状態は免れたが「人生2周目でもこの未曾有の状態の回避の仕方はわからないよ」と私を突き放す始末。ついに愛想をつかしたのか、LINEを既読無視される機会が増えていく。ある日の深夜にLINEの通知おんが鳴った。彼からの連絡だった。

「俺たちやっぱり別れよう」
「え?1回会って話そう?」
「会っても俺の決意は変わらない。人生2回目だからわかるけれど、もう無理なんだよ」

この後に及んで、人生2周目とばかり彼は言う。結局、会って話したいという私の願いは叶わず、彼の会いたくないが叶った。彼は全然悪くない。私のわがままが生んだ結末である。彼いわく私も人生2周目だというのに、正しい恋のやり方がいまだにわかっていない。やっぱり恋の成功に人生の回数は関係ないのだろう。

彼と別れてから、もう2年が経つ。2022年9月に彼と一緒に花火を見た隅田川に1人で行った。あの日の楽しかった出来事を思い出して、こっそり泣いた。もう元に戻ることはないんだと知って、さらに泣いた。今日も橋から流れる川は緩やかで、光が乱反射しているその様にただ見惚れていた。川の流れのように、人生も流れのままに身を任せたいと思うけれど、そこにはそれなりの勇気を必要とする。

人生が2周目であっても人は同じ過ちを繰り返すのかもしれないし、もしかしたら私はまだ人生1周目なのかもしれない。一体何度人生を経験すれば、失敗しなくなるのだろうか。2020年は未曾有の状況だったため、花火大会は中止になった。心の底から安堵した。彼と一緒に行く約束をした花火大会は、開催されない。約束は果たされなかったのではなく、未曾有の状況によってかき消された。それだけが救いだ。

そういえば今年は3年ぶりに、花火大会が開催されるらしい。私は新調した浴衣を着て、新しい恋人と行く予定だ。彼も誰かと一緒に行くのだろうか。彼との約束は叶わなかった。打ち上げ花火が綺麗とか言いながら、いつかの恋を思い出して、新しい恋人の隣でこっそり泣いてしまうかもしれない。

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