乙女の純心はもう咲かない
秋のすっかり冷たくなった風に、「冬のはじまりだね」ってはしゃぐ君がいた。落ちるのがすっかり早くなった太陽に無邪気に見とれる君がずっとそばにいればいいなって叶いもしない理想をいつまでも信じていた。
君がいなくなったのは冬のこと。そして、僕らが出会ったのも冬のこと。
はじまりとおわりを告げる冬。出会いは恋人に振られた君を僕が偶然駅で見つけ、ハンカチを渡したのがきっかけだった。返ってこなくてもいいと思っていたハンカチが返ってきたのは、君と出会ってから1ヶ月がたってからのことだった。
友人とディナーの約束をしていたときに、同じ駅で以前、駅の中で泣いていた君と偶然出会う。「あのー、この前ハンカチを渡してくれた人ですよね?ずっと探してたんですけど、やっと会えましたね。今度ご馳走させてください」と言われた。
勢い任せで渡されたハンカチ。そして、ハンカチと一緒に連絡先も添えられていて、なぜか1週間後の同じ時間に同じ場所で待ち合わせることになった。仕事が終わらずに少しだけ遅れると連絡がきた。「まあいいか」と街行く人の動向を観察して、時間を潰すことにした。
「ごめんなさい!」といきなり後ろから声がかかる。あいも変わらず勢いだけで生きている君に僕は思わず飛び上がる。
「ねえ、後ろから声掛けるのやめてくんない?心臓が縮んでしまうよ。」
「あ、ごめんなさい。遅れていたから、慌ててたんです。」
「まあ、いいや。とりあえずご飯を食べに行きましょうか。」
君に連れて行かれたお店は、高層ビルの屋上にあるイタリアンだった。仕事終わりのくたくたになった顔に、傷のついた革靴。よれよれのシャツにすっかりくすんでしまったスーツとどう考えても不相応な格好で僕はイタリアンで食事を取ることになった。
「なんでこんな高級なお店にこんな格好で来ないとだめなんだ」と後悔に塗れている僕に、君は「格好とかどうでもいいんです。大事なのは食事を楽しむ気持ちです。」と自分の考えていることを見透かされていて、恥ずかしさがピークに達した。
食事を終え、別々の帰路に着く。その後、数回デートを重ね、僕たちは兼ねてお付き合いをすることとなった。
お花が好きな君はいつもお家にお花を飾っている。今はコスモス畑で獲ったコスモスをお家に飾っているようだ。コスモスの花言葉は「乙女の純心」で、どうやら君の乙女の純心は僕に向けられている。その事実が何よりも嬉しくて、いつまでも君のことを大切にすると心に誓った。
とんとん拍子で同棲も決まり、ふたりで新居を探しながら理想の結婚生活について話し合う。子どもは2人欲しくて、犬を家族として迎え入れる。理想はそれほど大きくなくて、家族の幸せを守ることができればそれでいいと願う君。君の価値観に共感し、幸せな家庭を築くことができると確信していた僕。
ふたりで共に過ごす時間が増え、お互いの嫌なところが見えるようになった。些細なすれ違いを繰り返しているうちに、乙女の純心は僕に向くことなく、枯れてしまった。大きなきっかけがあったわけではない。ほんの些細なすれ違いが少しずつ時間をかけて大きくなった結果、ふたりの関係が終焉に至っただけ。
君がいなくなってもう5回目の冬がやってきた。5年がたった今も君がいない事実を受け入れられなくて、好きと嫌いを行ったり来たりするものの、最終的にたどり着くのはいつまでも好きのままだった。
「forever」の中には「for」と「ever」があって、「誰かのために」と「いつか」という報われない言葉で形成されている。「forever」という言葉を永遠に信じている僕はきっと愚か者で、「ただの戯言だよ」と笑って流す君は賢者なのかもしれない。
コスモスの花言葉は、君の乙女の純心と共に散った。その事実を受け入れることができない僕ともう別の誰かに乙女の純心を向けている君。同じ場所からまだ身動きが取れず、永遠を願う僕は馬鹿者でしかない。
「さよなら」という4文字の簡単な言葉では、終わらせることのできない恋。終わったのは君の思いだけで、僕が君に向ける思いはまだ変わらない。
行き場をなくした思いは、一体誰に向ければいい?
そして、報われない事実を一体いつになったら受け入れることができるのだろうか?
前に進んだ君と、いつまでも過去に浸り続けるふたりの物語は永遠に咲かず、ただ思い出として残り続ける。
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