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人は「環境を変えろ」と簡単に言うけれど

変わるってめんどくさい。変わらなきゃって思い続けるのも案外大変だし、変われなかった自分と出会うのはもっと嫌。できなかった自分が露呈して、前の自分より卑屈になってしまうこともあるから、変わることは難しい。

変えた方がいいとわかっていても簡単に人は変われない。簡単に変われるのならとっくに変わってるよって話。変われないから悩んでいるのである。ポジティブ最高野郎は悩んだり、くよくよしたりしない。そして、自分で自分の道を切り開いていくことができる。

仕事がしんどい。学校がつまんない。人間関係がしんどい。

LINE@やTwitter、オフラインで今までにいろんな相談を受けてきた。相談者さんの状況は全員違う。家庭を持っている人もいれば、学校で居場所がなくて悩んでいる人や、就活に悩んでいる人もいた。

「嫌だったら環境を変えてしまえばいい。」という言葉をよく耳にすることが多い。でも「環境を変えろ」という言葉を僕は安易に言えない。

環境を変えれるかどうかってタイミングや人の事情もあるから、すぐにはできないしね。何より環境を変えることは労力を要する。はっきり言ってめんどくさいし、そこまで気力がないということも確かなこと。

「環境を変える」

本当にただそれで良いんだろうか?

確かに環境を変えれば、状況は変わるかもしれない。

環境を変えるために行動したことは称賛に値する。受け身だと人生は好転しない。自分を変えたければ自分で変わるしかない。でも環境を変えることが正解だと僕には到底思えないんだよ。

環境を変えただけでは人は変わったことにはならない。悩んでいる事象が別のタイミングで次の環境で起こるかもしれないしね。

その時に乗り越えられるかどうか。乗り越えられなかったら環境を変えたところでなんの意味もない。

環境を変えただけでは成長したことにはならないし、また同じことを繰り返すだけでふりだしに戻ることもある。

だから環境を変えるのではなく、「今の自分に何が必要なのか」を死ぬ気で考えた方が良い。

もしかしたら今のままで良いのかもしれないし、変わったほうがいいのかもしれない。変わることが必要ではないなら、変わらない自分をいっそのこと受け入れるべきだ。

今の自分に必要なものがなんなのか?

自分に必要なものが、環境を変えることなら環境を変えてしまえば良いし、別のことが必要なら、そいつを掴むための行動を死ぬ気で起こせば良い。

ただがむしゃらに頑張ることは無意味で、そこに労力を割くぐらいなら自分と向き合った方がコスパが良い。

自分が目指すべき方向が正しいのか。

自分の答えはいつだって自分の中にしかない。

「人は考える葦である」

考えることが人間に与えられた特権だ。



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