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生きるか死ぬかで生まれてくるものなんだ

お腹の中に別の人間がいる。その人間はとてもか弱く、でも確かに生きていて、よく動いたりもする。40週かけてどんどん大きくなり、50センチ・3kgにも達する。そして信じられないほど細い場所を通って、外に出てくるー。


よくよく考えると、とても神秘的で、不思議で、奇跡のようなことだと思います。最近、妊娠や出産について考える機会がありました。なんとなく現代の日本では、もちろん100%じゃないことは重々理解しつつも、つい母子ともに安全に妊娠・出産するものだと考えてしまいます。

確かに、例えば戦後と比べても、赤ちゃんが胎内で育ち、生まれてくることのリスクは極めて低減されました。もっと前と比べれば、もっと劇的な改善を感じられるはずです。調べればいくらでも数字は出てくると思います。


でも、改めてその神秘について想いを馳せると、実際に起きることを具体的に想像すると、母親は命をかけて産んでいるんだと感じます。

言い換えれば、その1つ1つの出産は、何百日もかけてそれはもう大切に大切に育てられるにも関わらず、母親も子どもも、死の危険に瀕しているんです。それを越えて生を授かり、その後なんとか紆余曲折を経て生きてきたのが、1人1人の人間で、僕で、あなたで、その隣の人で…ということなんですよね。


何でこんなことあえてわざわざ書いたかというと、なんか、このことは、僕が1on1 collegeで高校生・大学生と接する際に、忘れちゃいけないことのような気がしたんです。

同時に、上司が部下に接するとき、コーチングするとき、先生が生徒に接するときに、忘れてほしくないと思ったんです。どんなノウハウや心構えよりも、まず最初にここから始まることが重要なんじゃないかとすら思いました。


いや、もはや1on1 collegeとか教育とかマネジメントとか関係なく、家族や、友人や、同僚や、あるいは初対面の人や、電車の隣の人や、街ですれちがう人にも、忘れちゃいけない気がしました。人が生まれてくることの奇跡への、どうしようもないくらいの畏怖の感覚を忘れちゃいけないと思ったんです。


ちょうど今日から、所用により2週間、1on1ミーティングを含むすべての予定を入れていません。しかしもう早く1on1を再開したい。この感覚を携えたとき、これまでとはまた少し異なる感覚を持ちそうな気がしています。新しい境地。焦らず、2週間後を待ちたいと思います。


今日もありがとうございます。
本日6月10日は、時の記念日だそうです。

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