増える高齢者男性のストーカー

今や日本は未曾有の高齢化社会である。人口における高齢者の割合が増えているのだから、トラブルを起こす高齢者が増えていても何ら不思議ではない。しかし、「高齢者男性によるストーカー事件が増えている」と言うと、何故か意外に思われる方が多い。どうも高齢者は色恋沙汰とは無縁という認識を持っている方が多いようだ。

ストーカーと聞くと、テレビドラマなどのイメージからか、好意を寄せた女性にしつこく付きまとうモテない独身男性を思い浮かべる方が多いかもしれないが、実際のストーカー犯というは別れた配偶者や不倫相手、元恋人だ。崩壊した関係の再構築を求めて、それが叶わなければ付きまとったりと復讐を行う。

しかし、高齢者男性のストーカー犯の場合は、付きまとう対象となるのは別れた元恋人ではなく交際にすら至っていない女性となる。勝手に恋愛感情を抱いた相手に、相手も自分に好意を寄せていると勘違いをし、相手が嫌がっているのも好意の裏返しと思いこむ。また、自身の年齢的にもこれが最後の恋愛になるかもという焦燥感から、異常なまでに付きまとう相手に執着してしまう。

今回は弊社が解決した高齢者のストーカーの事例をご紹介させていただき、高齢者の男性がストーカー化する原因などを推察してみた。


〇相談者Aさん(20代後半女性)
喫茶店バイト朝から夕方までの勤務。(2年前に勤めていた会社を辞め、夜間の専門学校に通通っている)。ワンルームマンションに一人暮らし。愛嬌があるが大人しい感じ。
※相談者の多くが、「高齢者と接点がある職業」で、スポーツジムのインストラクター、お弁当屋さん、個人病院の看護師などが多い。

〇ストーカー犯B氏(70代後半男性)
妻と2人暮らし
※B氏はいつも一人で来店してきて、毎朝同じモーニングセットを注文。店の滞在は午前中のみ。

相談者であるAさんは個人経営の喫茶店でアルバイトをしていた。喫茶店の客層は近所に住む高齢者が大半で、朝から高齢者の憩いの場と化していた。Aさんは夜間の福祉関係の専門学校に通っていることもあり、普段からお年寄りにも優しく接していたので、客からも評判が良かった。
ある日、常連のお客であるB氏から「これ作ったけぇあげる」と、手作りの焼き豚(チャーシュー)を渡された。他のお客さんからもときどき土産などを貰うことがあったので、そのときも抵抗なく貰うことにした。翌日、B氏が来店したとき、Aさんは「焼き豚とっても美味しかったです、ありがとうございました」と丁寧にお礼を伝えると、B氏は「美味しかったかい?じゃあまた作ってあげるけ」と喜んだ。

数日後、Aさんが夕方自宅マンションに帰宅すると、ドアノブにビニール袋が提げられていた。ビニール袋の中身は手作りの「焼き豚」が入っており、すぐにB氏が作ったものだと分かったが、ただ何故、B氏が自宅を知っているのかと怖くなった。翌日来店してきたB氏に恐る恐る聞いてみると、「散歩をしていたらAさんが帰宅するのを見かたけぇ自宅が分かったんよ。焼き豚は美味しかったかい?」と笑顔で答えてきたので、それ以上は追及するできなかった。ちなみにAさんの自宅は喫茶店から自転車で10分ほど離れた場所だ。

その日以降、B氏の行為はエスカレートすることになる。
毎日、Aさんが帰宅すると、必ずドアノブにビニール袋が提げられていた。中身はアルミホイルで包まれたおむすびだったり、サンドイッチだったり、タッパーに入ったカレーだったりと、全て手作りのもの。最初の焼き豚は抵抗なく食べれたが、さすがにおむすびなどは抵抗があり、Aさんは手をつけず廃棄することにした。
翌日になるとB氏は必ず「美味しかった?」と聞いてくるので、Aさんは困惑しながら「美味しかったですが…、本当にもういいですよ」と、何度もやんわりと断ったが、B氏はそんな忠告も聞かずに毎日手作りの食事をドアノブにかけていく。
Aさんはバイト先の店長にも相談したが、『う~ん…、物を盗まれたわけじゃないし、暴力を振るわれたわけじゃないから、警察に相談するのはどうなんかね~被害を受け取るわけじゃないから警察は取り合ってくれんと思うよ。まぁそのうち飽きるじゃろーけぇ放っておきんさい。Bさんは良いお客さんなんじゃけ』と、結局は何もしてくれなかった。

そんなある日、Aさんは通っている専門学校が休校ということもあり、バイト終わりに友人達と飲みに出掛けた。久々の飲み会で盛り上がり、帰宅は深夜となった。玄関のドアノブにはいつものようにドアノブにビニール袋が提げられてたが、その日はビニール袋を取り込むことなく、放置して室内に入っていった。
ドン!ドン!ドン!翌朝、玄関ドアを叩く音で目覚めた。時計を見ると午前6時前。こんな時間に誰?と思いながら慌ててドアを開けてみると、B氏が立っており、「ビニール袋がかかったままじゃたけぇ心配になった」と、不安そうに声をかけてきた。「あ、昨夜は飲み会で遅く帰ってきたので…」と言うと、「どういうつもりや!若い娘が遅くまで出歩くなんて!」と突然怒鳴り始めた。さすがにAさんも腹が立ち、「イヤ、Bさんには関係ないじゃないですか!朝から大声出されると近所迷惑なので帰ってください!」と一方的に玄関ドアを閉め施錠した。その後B氏は玄関ドアを思いっきり叩いて立ち去っていった。

その日喫茶店にはB氏は来なかった。
しかし、夕方にバイトを終え帰宅すると、玄関前にB氏が立っており、Aさんの姿を見つけたB氏は「今朝のことが納得できん!心配しているのに怒るとはどういうことか!」とものすごい剣幕で言い寄ってきた。恐怖したAさんは、反射的に「すみません」とB氏に謝罪してしまい、強引に部屋に入ってくるB氏を拒むことができなかった。部屋に入ってもB氏は大声で怒鳴り続け、Aさんは恐怖のあまり頭の中がが真っ白になる。一通り喚き散らしたB氏だが、急に優しくなり「言い過ぎて悪かったねぇ。Aさんのことが心配なんよぉ」とAさんの手を握ってきた。
Aさんも優しくなったB氏に安心したのか、「あ、ありがとうございます…」と答えた瞬間、突然B氏はAさんにキスをして抱きついてきた。Aさんは一瞬何が起きたか理解できなかったが、反射的にB氏を押しのけた。B氏は気にする様子もなく、「じゃあ、今日は帰るわ」と、笑顔で帰って行った。

Aさんは強いショックを受け、翌日のバイトは病欠した。
すると、昼過ぎに玄関ドアを叩く音がして、「風邪かい?大丈夫かい?差し入れを持ってきたよ」と外からB氏の声が聞こえてきたので、Aさんは居留守を使い、ベッドの中で息を殺して震えていた。B氏が去ってしばらく経った後、外の様子を見てみると、やはりドアノブにはおむすびが入ったビニール袋が提げられていた。腹立たしい気持ちを抑えながらビニール袋を掴み、そのままゴミ箱へ投げ入れた。しかし、翌日も同じようにB氏がやって来て、ドアノブに食料をかけていった。今回は手紙が入っており、「もう一度Aさんを抱きしめたい」などと言った恋文のような内容と、「必ず電話するように!」と携帯電話番号が記載されてた。

これ以上は限界…Aさんは耐えられなくなり、警察に相談に行こうと考えたが、あまり大事になるのも気が引け、そしてなにより一度キスをされただけでB氏が逮捕されることはないだろうと思い、他の解決方法を模索した。スマホで検索していたら、ストーカー相談をしてくれる探偵社があることを知り、早速、電話をして相談に行くことにした。

Aさんの相談を受け、弊社では以下の対応をすることにした。
・B氏がAさん宅に毎日やってくるのを隠しカメラで撮影。
・そのときのB氏の音声もICレコーダーで録音。
・B氏がやって来たあと、B氏を尾行して、自宅や家族構成を判明させる。
万が一、警察に届ける場合を考え、ストーカー行為の証拠を掴むことにした。

B氏は予想通り、毎日Aさんの自宅にやって来た。
3日間分の証拠は揃ったので、今度は私(重川)が直接B氏と話をすることにした。私はAさんの従弟という設定で。
Aさんの自宅で待機していると、やはり昼過ぎにB氏がやって来て玄関ドアを叩く。私が玄関ドアを開けると、B氏は驚いた様子で無言で立っていた。
「B氏ですよね?Aの従弟の〇〇と言います。Aがお世話になっているようで」と声を掛けると、B氏は「あぁ」と小さく頷く。
私「いつも食料などをいただいて、お気持ちは大変ありがたいのですが、Aはそういうことをしてもらうのは、正直、快く思っていなので止めていただきたいんですよ」
B氏「ほうか?でもAさんは喜んじょったけどの~」
私「なので、もう、ここへ食料を届けに来たり、部屋を訪ねてくるのは止めてもらえませんか?」
B氏「あぁ!あんたがしゃしゃり出ることはなかろう!Aさんとわしの話なんじゃけ!」

私「Aが困っているので、私が代わりにお伝えさせていただいているんです」
B氏「あんたじゃ話にならんけぇ!Aさんと話させんさい!」
私「それはできません。もう来ないと約束していただかないと、警察を呼ぶことになりますよ」
B氏「け、警察!?なんで警察を呼ぶんなら?関係なかろう!わしが何したんなら!」

私「部屋に勝手に上がりこんで、Aに抱きついたり、無理やりキスしたりしましたよね?」
B氏「無理やりなんかじゃないわ!ええ加減なこと言いなさんなや!同意のうえよ!」

私「Aは無理やりキスされて、大変困惑しています…」
Aさん「無理やりです!」部屋の奥にいたAさんが突然大きな声をあげて、泣き始めた。

Aさん「もう来ないでください!本当に訴えますよ!」泣きながらだったが、きちんとB氏に意思表示ができた。
B氏「訴えるって、あんたぁ…」
私「私も警察沙汰にしたくないので、お話しをさせていただいているんですよ。Aのところへはもう来ないと約束してくれますね?」
しばらく沈黙が続いた後、B氏は大きくため息をついて「ほうか…迷惑じゃったんか…」と呟き、こちらが用意した誓約書に名前を書いてその場を後にした。

それ以来、B氏がAさんの自宅にも喫茶店にも来ることは無くなった。
Aさんは専門学校を卒業して、無事就職できた。B氏からされたキスのことを思い出すと、憂鬱になると言っていたが、新しい生活を楽しんでいるようだった。


高齢者の男性がストーカー化する原因の一つに、社会から「孤立」がある。ようは寂しいのだ。
しかし、B氏は結婚して妻と同居している。そして妻と仲が悪い訳でもない。では何故、B氏はストーカー化したのか。
若い世代のストーカー犯は単身者が多いが、高齢者の場合は既婚者か否かはあまり関係ない。妻や子供と同居して対外的には孤独でなくても、家族から敬ってもらえず大事にされていないと自覚すると、精神的に孤立してしまう。
特に男性は仕事を辞めてからはやることも見つからず、普段から近所付き合いや友達と交流している女性と比べて孤立しやすい。
もちろんどの世代でも孤独や寂しさはあるのだが、この数年のIT情報技術の進化についていけない高齢者の男性は社会的から孤立を余儀なくされている。その寂しさや心の空洞を埋めるべく、偶像化した相手に心の拠り所として一気にしがみついてしまう。

これからもITは進化を続けていくだろう。IT化が進むと直接人と向き合うことが少なくなり、ますます人間関係の希薄化も進んでいく。便利なっていく一方で心の寂しさは置き去りのままなのだ。ストーカー犯はみんな孤独で心が病んでいる。
ストーカー化したB氏が何も特別なのではない。高齢者が抱える心の寂しさを解決しない限り、これからもBさんのような高齢者のストーカー犯は増えていくだろう。

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