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正義の人は、なぜ殺されたのか?   貫井徳郎『罪と祈り』

《「正義って、一種類じゃないと思うのよ。たぶん、人それぞれの正義があるんじゃないかしら。濱仲さんは、自分の正義を持っている人だった。でもそれが、濱仲さんを苦しめていた気がする。濱仲さんが死ななければならなかったのは、正義を貫いたせいかもしれない」》

 警察官だった父、辰司が遺体となって隅田川を流れていた。地域からの尊敬を集め、正義の人として知られていた父が殺されたという出来事から、息子の濱仲亮輔は父について知りたいと行動を始める。一方で亮輔の幼馴染の芦原賢剛は警察官として事件の真相を追う。賢剛は父親を自殺によって喪って以来、辰司を父親のように慕っていて、その影響で警察官になったため、賢剛自身にとっても特別な事件であった。亮輔と賢剛、そしてそのふたりの父親である辰司と智士。現在と過去、二組の親友同士。四人の視点から徐々に事件の真相が明らかになっていく……。

 ※ネタバレには気を付けますが、未読の方はご注意を!

 本作は相反するふたつの(心の内に宿る)正義の中で相克する人間の姿を、友情と親子という観点から描いた作品です。読者に委ねる余地がすくなくなるほどむき出しになっているテーマ性や〈犯罪〉へと至る動機の面で唐突な印象を覚えたり、など、いくつか気になってしまう部分が個人的にはあったものの、渾身の力作という言い方が似合うような作品になっています。物語の中盤以降に明かされる事実は、たとえどれだけ言葉を重ねようとも……、というもので、乗り切れない感覚を抱きながら読み進めていくのですが、そのことを作中人物こそが思い知らされる展開になることで腑に落ちる物語に昇華されていきます。

 本作の結末は苦い。謎を解いた名探偵の心情を考えると、あまりにもやるせない。しかしその苦さがこの物語には必要だったのだと分かるような結末になっています。

 ぜひ、ご一読を!

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