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さらばイチロー

火がついた
その構えをみた少年は
次の日から
世界一下手なイチロー
笑顔でグラウンドを駆けた

火がついた
酒を本当にうまいと思った
テレビ付き居酒屋でしか酒を飲まない
40過ぎのサラリーマン
イチローの日本最後のヒットの瞬間

火がついた
田舎町のおじいさんの財布
孫にねだられた最初の
プレゼントは
イチローモデルの道具一式

火がついた
3年目の高校教員の朝練
飽きられる程イチローの言葉を語った
丸坊主の青年だけが
前のめりで目を輝かす

僕が受験勉強をする中
桜が咲き始める中
セミが地面で眠る中
イチローの心はいつもフィールドへ
ただそれだけの事実が
みなを何事かに駆り立てた

火がついた
ボールと別れ間際の青年
ロッカーを開け中を整理する
エナメルバッグの内側にあった
イチローのサインに涙する

火がついた
親を心配させた幼子
ひとことも喋らずの2年半
イチローを讃える大歓声に目を見開いて
「あ!」「あ!」「あ!」「ん!」

火がついた
凄まじい失敗の後腫れた瞼の奥
目に届いたニュース
イチロー10年連続200本安打
僕はなんでホッとするのだろう

火がついた
10年後の青年は理解する
「柿をぶつけた時プロになれると思った」
イチローは同じ世界、だけど別の世界
前を向き次の仕事へ向かった

疾く 強く 変わらない
イチローをみて
みなは命を理解する
燃え続けるものがある
それをバットとボールと
スパイクと
その表情でのみ語る
イチローの周りだけ
時が流れない
誰よりも疾い
その周りに時間など流れない
とおもったのだ

火がついた
異国の友人との関係
彼らが共有していた言葉は
ベースボール アメリカ ジャパン
そしてイチロー・スズキ

火がついた 
不良と罵られる少年のハート
ある日シアトルの刑務所の出口で
同期たちと
いつかチームを結成すると誓い合う

火がついた
華奢な男の両手両足
炎天下の工事現場で
ゴジラとの対談があることを思い出し
筋肉をやけによく動かす

火がついた
振られて三日目の三十路女子
やけくそで振った
バッティングセンター
イチローが通い続けたことを
彼女は知らない

下を向くものなどいないだろう
いつの日もイチローは
バットを立てて投手を見つめていた
下を向いて打てるヒットなど
この世のどこにもありはしないのだ

投げ出すな
投げ出すな
夢は一本のヒットからはじまる
イチローがいなくなったとしても
彼の魂がなくなったわけじゃない
冷静な51が燃えている
あの51を旗印に
どれだけかかっても
それぞれの戦場へ戻ってこよう

こう理解しよう
イチローは
誰よりも準備していただけだった
イチローは
誰よりもヒットを打っただけだった
イチローは
誰よりも期待されただけだった
イチローは
死ぬ瞬間まで
死んでも夢でヒットを打ち続けるのが
当たり前だと思われていたと

言葉で、動きで、仕草で
誰もがそれを真似した51
これは
ただの数字だ、51
宝くじの
大当たり番号じゃない

あの孤高の隼をみて
おおくの命が
はばたける
とおもい

大空で
はばたける
かなんて
わからないのに
みな飛んだ
みな飛んだ
みな飛んだのだ
飛んだ先の恐れを
かき消すほどの
灼熱の心臓の鼓動に
突き動かされた
みな飛んだのだ

どうしたって耳の奥には
あの世界一のヒットの打球音
歓声が
どうしたって目には
冷静なイチローの
表情を変えない
イチローの笑顔が浮かんでくるのだ

イチロー
イチロー
イチロー・スズキ

凡人に決して嫉妬などさせない
北極星だ
そこにあるのが当たり前である
テレビのなかのあなた
スーパースターは色褪せない

※※※

イチロー選手おつかれ様でした。

イチロー選手と、寺山修司さんと、椎名林檎さんへの敬意を込めて。

ありがとうございました。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。