悪魔

想イヲツヅル #66



駅からほど近いところにそれはあった


どれくらいの大きさだろう


自分が通っていた
小学校を半分に切って
1.5倍くらいに縦に長くして

それを全部
灰色と銀色で塗ったような

そんな建物の地下に
その劇場は収まっていた


彼女から聞いた話だと
200名ほどが座れるホールで

このような時期なので
座席の間隔をあけて人数を制限し

配信設備を入れたり
公演日数を調整したりしているとのことだった

自分は昼と夜の2公演あるうちの
夜の公演を観に来ていて

″もぎり″をしているフロント付近では

関係者達なのか
少しごちゃっとした雰囲気の中
″挨拶回り″的なことが行われている


そんな光景を横目に奥に進み
劇場に入ると

なんとも言えない空気感があり

ザラつきのない
スッとした空気が流れていて

深夜の映画館のような
そんな匂いがした


自分の席を見つけ
フロントで渡された舞台のパンフレットを読みながら

その時を待つ

彼女の出演する舞台は
「デビルマン」をモチーフにした作品で


″心に悪魔が棲みつき″
怪物になって凶暴化してしまうのだが

その怪物を倒せるのも
また″心に悪魔を棲まわせるもの″

という
考えされられるもので


特に興味深いのは

この作品には
デビルマン的な人物が登場することはなく


デビルマンに助けられる側であろう人間達のみに
スポットが当てられているところだ


″この作品に彼女が出演する″

改めて思うと

開演が近づくにつれて
自分も緊張していくのがわかった


暫くして


開演ブザーが鳴り

影アナウンスが入る

ゆっくりと劇場は暗くなり

非常灯の緑色の光が急に目に入ってくる


緊張感と期待感が高まっていく最中

舞台の幕が開いた





そこには
自分の知らない彼女がいた


舞台では当たり前なことなのだろうけれど


あんなに大きな声が出るのかと

あんなにキラキラしているのかと

あんなに感情豊かに
泣いたり笑ったり

大きく動いてみせたり

知らない彼女がそこにはいた

それはそうだ

自分が今まで知っていた彼女は

あくまで
″自分と一緒の時の彼女″
でしかないのだから

彼女が彼女の友人といる時

今の職場にいる時

両親といる時

さらには
前の彼氏といた時とか


結局
自分が知っているのは

今の彼女から繋がる″彼氏″という糸で紡がれた″断片″であり″欠片″にしかすぎないのである

舞台を意気揚々と泳ぐ彼女は

お世辞とかそんなんじゃなくて

本当に素敵だと思った


ただ
素敵だと思えば思うほど

″デビルマン″ではないけれど

自分の心の中に棲まう″君″と
″目の前の彼女″が対峙して

自分勝手に
痛いほど苦しくなった


舞台は進むにつれて
人の強さも弱さも劇場に浮かび上がらせて

大きな悲しみと絶望と

嫉妬や僻み
疑い合う混沌の世界をつくっていった

そして


最後に


うっすらと

手に取ることもできないような

遠くの方で
今にも消えそうに揺らめいてる


″希望″を残して幕を閉じることになる


今の自分の心に刺さる

素晴らしい舞台だった


カーテンコールでの彼女は

今まで見たこともない笑顔をしていた


″きっと僕らはさよならだから″

その笑顔をしっかり焼き付けようと思った


舞台が終わり

彼女は関係者の人との挨拶も多いと思い

軽く彼女に挨拶をして
すぐ帰ることにする

「お疲れ様」
「とっても素敵だった」


そう伝えると


「ありがとう」

と彼女はいつもの笑顔をくれた


「また後で連絡するからね」
「いろいろと挨拶もあるだろうから」

そう言いながら
できる限りの笑顔を彼女に贈って

劇場を後にした



帰りの電車で彼女に連絡を入れる


「残りの舞台も応援してるよ」
「身体に気をつけて」

「詳しい感想はまた会った時に話すから
いろいろ落ち着いたら会おう」

「話したいこともあるんだ」


そんな文章を送ると


間も無く
ラインの受信通知がきた


″随分早い返信だな″

と思い確認すると


それは君からの連絡だった

「話したいことがあります」
「近々会えますか」

いつになく他人行儀な文面だったが

君が″会いたい″と言ってくれていることに少なからず高揚し

それと同じくらい

彼女に対する罪悪感に襲われたが

もう自分の気持ちを止める手段を見つけることはできず


「わかった」
「いつ会える?」

すぐに君に返事をした



心に棲みついてしまった君を
どうにかできるのは


きっと君しかいないと思うから


君しかいないんだ

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