"自己愛が満たされてはじめて、他人や社会に目がいく” 『美容は自尊心の筋トレ』を読んで1/2
韓国で初体験したアカスリ。
味わったことのない痛み、ポロッポロになって飛んでいくアカ、1日続いたヒリヒリ、そしてツルツルな肌。
この本は、ぼくに心のアカスリを施した。
読み進め、びっくりしたような、怖いような気持ちになった。以前からおぼろげながらに感じていた様々な感覚がいくつも書いてあったからだ。
と同時に、ものすごく嬉しかった。自分が美容を通じて培った感覚は間違っていなかったと(そもそも間違いなんてないかもしれないが)。
今、自尊心の筋繊維が適度に傷ついて、肥大化する準備を整えている。
ちなみにこの本は、「自尊心って育つんだよね〜」とぼくにコスメを入門させてくれた友人が薦めてくれた。ありがとう。
主に女性にフォーカスを当てているが、美容の門を叩いた男性にももちろん意義がある。また、第三者や固定観念などある種の呪縛から解き放ち、息苦しさを取り除いてくれる。
今のうちに、「ものすごく共感したところ」と「この考えは大切にしたいというところ」をピックアップし、残しておきたい。
”自分を愛さずして、一体どうやって誰かを愛せるというの?”(24)
共感したところ①。
「自分を愛すること」は「自己中なナルシスト、勘違い野郎」とは明確に違う。ひたむきな努力を続け、「自分、なかなかやるやん」と振り返ること、これがぼくの自己愛。自己愛は足し算と掛け算によって算出される。
『自己愛が満たされてはじめて、他人や社会に目がいく』という言葉も金言。はじめて書いたnoteで同じようなこと書いた気がする。
ここで自戒。
ぼくの場合は、「自分を愛すること」と「自分を傷つけないこと」が混在する時がある。それによって相手を傷つけてしまった。自分を愛するために、努力を惜しむな。
”無心にスキンケアやメイクをする時間は、いわば動的瞑想やマインドフルネス的なもの。束の間の自分と向き合うことができるひととき”(28)
共感したところ②
これも最初のnoteに書いた気がする。「鏡の自分に向き合うことで、雑多になりがちな思考がシンプルなものに収束する」的な。
現代生活を過ごしていると、「自分と向き合う時間」は思った以上にない。
日報を書いている時間、仕事の自己評価をする時間はあくまで「仕事中の自分」。ある意味nakedな自分と向き合う時間は、自分で作るほかないと感じる。
”自虐は自分も人も傷つける、諸刃の剣”(55)
共感したところ③および、大切にしたいこと①
自分にコミュニケーション能力が不足していると感じる点に、自虐といじりをしない点が挙げられる(かなり親しい人とたまにする)。
自虐に対してツッコミをすること、同調することに気が引けてしまい会話が続かない。
「自虐やいじりもコミュニケーションのひとつ」という人もいるが、誰かをどこかで疲弊させてしまうようなコミュニケーションは健全といえまい。それがたとえ自分であっても。一人になった時に必ず虚しくなる。それを笑って乗り切れるほど自分は強くない。
◯褒められたときには、笑顔で「ありがとう」と返そう、胸を張ってありがとう、と言える努力をしよう
◯自分を守る先手フライング自虐はやめよう、ボーダーラインをいじる必要はない
”人の意見を気にせず、直感的で非論理的かつわがままに選ぶのも楽しい”(37)
大切にしたいこと②
この感覚がまだ育っていない。
仕事柄調べるのがクセで、買いたいものや試したいものは徹底的に調べる傾向にある。いいな!と思ったアイテムでも、低評価レビューに一発KOをくらってしまうこともしばしば。
家にいるのをチャンスだと思って、コスメ冒険を大いにしたい。
”コンプレックスは個性の種、スタイルのフラグ”(41)
大切にしたいこと③
松坂桃李さんや菅田将暉さん、オーランドブルームになりたいと何度思ったことか。はたまた、もっと目が大きければ、唇がスッとしてたらと鏡と対峙して思う。
と思うけど、
顔・体・内面・暮らし・経歴全てを座標にプロットすると、間違いなく唯一の存在になる。そして、自分のコンプレックスをいい感じに小気味いいワードに置き換えると、愛着が湧く。
こんな自分も悪くないな、もっと輝きを放とう。と思った。
長くなってしまったので、続きと総括は次の日に。
それでは。
親にデパコスを贈りたいです。