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NYのトップデザイナー事務所での無給インターンを有給に変えた交渉方法

時は2010年の夏。僕はボストン大学を卒業し、ニューヨークに事務所を構えるカリム・ラシッド氏にインターンをしにニューヨークへ越した。

カリム・ラシッド氏は90年代に活躍したインダストリアルデザイナー。ピンクや蛍光色が眩しいカラーで、奇抜なボヨンボヨンの形状が特徴のデザインは一世を風靡した。インダストリアルデザインだけでなく、建築やインテリアの分野でも活躍した。椅子などの家具もカリム・ラシッド・デザインで有名なものが沢山ある。

彼のもとでインターンをするのは多くのデザイン学生の憧れであった。まずは「カリム・ラシッド事務所でインターンをした」という経歴を学生が誇れる。そして、実際に彼のデザイン事務所で経験も積める。今でも学生インターンは常時募集していると思う。

そして僕もそんな憧れを持ち、彼の事務所のインターンに応募した。そしてグラフィックデザインチームの無給インターンの機会を得た。それを、僕は有給インターンに変えることができた。その話を今日はしてみたいと思う。



彼のオフィスにはたくさんの異なる分野のデザイナーがいた。インダストリアルデザイナー、アーキテクト、グラフィックデザイナー、など。当時は20人くらいいたと思う。

当時のオフィスはNYのSOHO地区にあり「カリム・ラシッドらしい」内装で、大学を卒業したばかりの自分にとってはワクワクする環境で、眩しかった。

床がチカチカするオフィスだった

当時の僕のデザイン力は「大目にみても普通以下レベル」。特にこれといった実績もなく、コネもなく。レジュメとカバーレターと下手なポートフォリオを送った。

トイレも彼のアーティステックな内装だった

面接の案内がきて、ボストンからNYへバスで移動し、面接を受けた。

後日、オフィス担当者から「お前をインターンとして採用する。期間は3ヶ月で、無給だ。」というメールが届いた。

僕はこの時点で日本のとあるイベント・展示会の会社から内定をもらっていたが、なんだか地味そうだった。NYで、SOHOで、キラキラしたデザイン事務所で働いてみたかった。でも無給もイヤだった

なので採用通知メールに、こんな返答をした:

インターンとして採用してくれてありがとうございます。一つ、提案があります。給料を支払ってください。仕組みはこうです。僕がNYで生活できるだけの最低限のフィーとして、毎月$2,500を払ってください。そして3ヶ月のインターン終了後、もし、正社員として採用してくれたら、このインターン中にもらった給料を毎月、正社員としての給料から分割で差し引いてください。もし、3ヶ月のインターン後に正社員としての登用がなかった場合、サンクコストとしてみてください。どうでしょうか。

インターン募集要項には「インターン生は全て無給」ということがデカデカと明記されていた(今でもそうだ)。それをわかっていながら応募したのに、採用後に後出しジャンケンみたいな形で条件変更を申し込んだわけだ。

そしたらオフィス担当者からこのような返事がきた。

お前のリクエストは異常だ。そもそも募集要項に無給だと書いてある。他のインターン生もみんな無給だ。でもわかった。インターンの開始日と、最後の日に、$1,500ずつ払おう(合計$3,000)。この給料は本採用の可否に関わらず、返済しなくてよい。これ以上は払えないし、これが最後のオファーだ。

僕は飛び上がって喜んだ。

お願いした条件ではなかったが、お金をもらえたのだ。ダメもとで、しかも後出しジャンケンでのお願いだ。普通だったら「NO」だろう。当たり前だ。他のインターンの子に対してもアンフェアだ。そして何より学生インターンの代わりなどいくらでもいるのだ。どうしても僕でなければならない理由など、1つもなかった。

ソッコーで承諾の返事を返した。

そして2010年の夏の3ヶ月間、僕はトップデザイナーのカリム・ラシッドの事務所で研鑽を積んだ。色々な国のクライアントの案件に携わり、インターンの身分でデザインを提案し、採用してもらうことができた。事務所には実業家/モデルのTyra Banks も来て僕に"Hi"と言ってもらえた。

その後、本採用には至らなかったものの、自分にとっては大学卒業後、最初の職場として良い滑り出しだったと思う。

毎晩の様にNYのスカイラインを堪能した

また、自身のデザイナーとしてのキャリアの方向性も見いだすことができた。カリム・ラシッド氏はデザイナーであるものの、アーティストに近いデザイナーなんだということがわかり、自分はそうではないんだという確信も持てた。そして2010年当時はちょうどiPhoneやスマートフォンが徐々に拡大していったときで、なんとかテックの世界にも入りこみたかった。

10人ほどいた同期のインターン生のうち、給料を得ていたのは僕だけだった。全員「無給でNYでやってくの大変だけど頑張ってる!」みたいなことを言っていた。

事務所からは「誰にも言うなよ」と念をおされた。あれから10年以上たっているのでもう時効だろう。

今考えると、若さ故の無謀さだったのかもしれない。もしあの時「じゃあお前はいらない。他の学生を採用する」と言われたらそれまでだったのだ。

が、聞いてみるもんだなと思った

就職活動の内定やオファーには嬉しさのあまりすぐにYesと言ってしまいがちだが、もっと恐れずに聞くだけ聞いてみてもいいのかもしれない。


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