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【小説】最終話『氷点下の挑戦(全14話)』

【注意】この小説はフィクションです。

登場人物は架空の人物であり、登場する場所や、小道具などは、実在したり、しなかったり、ユーモア小説としてお楽しみください。

(全14話)です。

明日、10話〜14話まで予定。

よろしく、お願いします。



「金城さん、郵便です!」

 表玄関から、配達員の声がした。

 金城は、太枠の黒ウェリントン眼鏡をかけ、時折、目を細めながら机に向かいキーボードを叩いている。夏の間、綺麗に整えられたショートサイドパートの髪も自然に伸び、少し寝ぐせの着いた前髪を掻きながら、扉を開けて、小包を受け取った。

 差出人を見れば、東京都〇〇……、”夢川宇宙”とある。

「なんや、あいつ、オレを老爺《じじい》あつかいしやがって」

 金城は、未来主演、宇宙共著の映画の成功から、ぐっと、老け込んだ。

 老眼は進むし、毎月、整えていた髪も無精になった。着る物も、仕立てのスーツは近所のネットのレンタルボックスに預け、最近は、気楽なファストファッションだ。部屋着も兼用の白Tシャツにネイビーのカーデガンを羽織り、ジーンズとカジュアルシューズだ。机の相棒コーヒーも高級な物ではなく、スポンサーの平野が送って来た気安い缶コーヒーだ。

 夏の暑さを越えた金城はすっかり毒気が抜けて、人当たりの良い”いいオジサン”になっていた。

 宇宙からの贈り物は、百貨店で包装された、とらやの栗羊羹だった。

 羊羹は、金城も20代の弟子の頃、師匠について、東京の御大にあたる大師匠に和歌山の「駿河屋の栗羊羹」を送ってくれと頼まれて、ちょくちょく百貨店から送る手伝いをしているから知っている。

 若い頃は、羊羹の何がそんなに爺さんたちを虜にするのかわからなかったが、今なら、その良さが少しはわかる。固すぎず柔らかすぎない弾力、甘すぎず適度に風情のある品の良い味、なにより、季節を運ぶ大粒の甘栗がなんとも美味いのだ。

 金城は、宇宙から見れば、もう、父親であり、下手をするとお爺ちゃんなのである。いつまでも、死語になった独身貴族を気取っている時代ではない。夏の間の金城だったら、宇宙からの季節の挨拶を突っぱねていただろうが、今は、自然と受け入れる余裕ができた。

 金城は、すぐさまLINEを開いた。

 金城は、宇宙へのお礼の文言を打ちながら、自分の変化がおかしくて笑えてくる。

(オレが、年下に丁寧に、お礼文を書いて、最後は、『夢川宇宙先生、次回作楽しみだ!』と、労いの一言を添える余裕を持っている)

 送信すると、宇宙からスグに返事が返って来た。

「師匠、感謝でがんす!」

 ウサギが涙を滝のように流しながら、「感謝!」する絵文字も添えられている。

 夏の金城なら、頭に来ていたが、今は、自然に受け入れている。

「オレが、師匠か」

 金城が、宇宙の言葉を感慨深く考えていると、親友の山田から、「ちょっと、遊びに来へんか?」と通知が入る。

 金城は、ユニットバスで、水で手を濡らして、手櫛で髪を簡単に整えると、電動シェーバーで青髭だけを剃って、そのままの格好でガレージに向かった。

 ガレージに止まる車は、高級セダンではない。街中チョイ乗りの軽自動車だ。

 未来たちとの出会いで、維持費ばっかり高くてコスパの悪い車より、快適でしかもコスパの良い軽自動車のお得感に気がつくようになったのだ。



 山田のコンビニに行くと、副店長の奥さんが笑顔で金城を出迎えた。

「金城さん、私達夫婦は、ずーっと、いつか成功する人だと信じていましたから」と、言葉をかけてくれた。

(明らかな成功をすると、邪魔者でも、こうも掌を返すように扱いが良くなるのか)

 と、心中では思ってはいたが、山田の奥さんの気持ちも今はわかる。金城と同じように作家を目指した夫を、自分と家庭を築くために夢を断念させた後ろめたさがあったのだろう。学生の時から変わらぬ交流をつづける夢を諦めた夫と、夢を走り続ける金城を、どうしても比べてしまい。夫への申しわけなさが、彼女が金城に少し冷たかった理由《わけ》なのだ。

 なにより、奥さんも、目尻が笑っている。

「おお、金城、やったな!」

 山田が金城の成功を我が事のように喜んで、肩を組んで喜びを表した。

「ほい、お前は、涼しくなってもアイスやろ」

 山田が、冷えた缶コーヒーを金城に渡した。

「ありがとな」

 金城と、山田は、右左、違う腰に手を当て、朝陽に向かってコーヒーを呷った。

 ぷはぁー!

「ホンマは、ビールがええけどな、オレはまだ仕事やし、金城は、車。世の中すべて上手く行くとは限りませんなあ」

 と、酒飲みのような言葉を山田がする。

 金城は、驚いた。

 これまでの山田だったら、第一声は、金城の作品に対する批判だった。それが、今回は、金城の成功が自分事のように嬉しむように満面の微笑だ。

「嬉しい。嬉しい。嬉しい。親友の成功はなにより嬉しい」

 山田は、手放しで、喜んでいる。こんなに自分以外で成功を喜んでくれる人間は山田くらいだ。

 金城は、思わず鼻を啜った。感情が溢れ出しそうなのだ。

 それを見た山田は、わかってる。わかってる。と、金城の肩を力強く叩いて、自分の鼻を啜る。

 金城が、口を結んでしっかりと、「ありがとう山田!」と、伝えると、電話が鳴った。

 ”非通知着信”だ。

「ちょっと、電話や」

 山田は、何かを悟ったように、「次は、一緒に酒を飲もう。オレは、店に帰るわ」と戻って行った。

「金城せん↑せえー、なにしてるん?」

 未来は、いつも非通知だ。しかも、この独特の大阪弁のアクセント。アイドルとしての自己管理の高さと、人として彼女の親しみやすさが垣間見える。

「おお、超売れっ子の未来さんじゃないですか。売れない作家に何か用ですか?」

 金城は、これくらいのブラックユーモアのわかる西宮出身の未来の人柄に好感を持っている。

「もう~、せん↑せえー、つれへん態度取らんといてや~」

 と、金城の予想と違う未来の反応が返って来た。金城は、もっと、笑いでも起こるかと思っていたが、未来は、こう言うところは生真面目だ。

「あんなー、今日、仕事で大阪行くねんけど、今晩、あそこ一緒に行かへん?」

「あそこ?」

 金城の頭には「?」が浮かんでいる。

「もう~、せん↑せえー、鈍いわ。前に行ったやん、西宮のヨットハーバー」

「ああ、わかった」

「今晩、20時。現地で待ち合わせ、ちょっと、イイ服着てきたなあ」

 と、未来は、一方的に要求を伝えて、電話を切った。

「今晩、までに、ネットのレンタルボックスから、スーツを取り寄せるのは間に合わんなあ」

 と、金城は、今着ているファストファッションのセットを見て、頷いた。

「20時」

 ディナータイムを少し外れた西宮のヨットハーバーのレストランの人気はまばらだ。

 金城が、昼間、着ていた服を速攻で、洗濯し、乾燥させ、アイロンをかけた小奇麗な装いで現れた。レストランの入り口に立つと、未来の馴染みの店員が、「こちらへどうぞ」と、奥の個室へ案内した。

「ん? なんか、予想の展開と違う」

 金城が、疑問を感じつつ、店員に案内されるままに、個室に入った。白いテーブルクロスに赤のクロスを2枚互い違いに掛け、中央に花が生けられている。テーブルに並んで、未来のお多福顔のよく似た女性が3人並んで座っている。

 未来が立ち上がって、「せん↑せえー!」と金城を出迎えると、母親が、未来を窘《たしな》める。

「未来、御婆《おばあ》様の前でしょ、ちゃんとなさい」

 と、叱る。

(「ん? 御婆様⁈」)

 見ると、未来は、金城が昔、一度だけ叔母のたっての願いで、出席したお見合い相手が着ていた物より洒落た、秋の木立のような栗色のワンピースに、紅葉したカーデガンを肩から羽織っている。

 母親は、緑のワンピースだ。御婆様は、派手過ぎない西陣のクリーム色の落ち着いた着物姿だ。

 金城は、未来の家族3人にたじろいだ。今から、何が起こるのだ。

 席に着くと、皿にのった三角山の襟ナプキン、左にフォーク3本、右にナイフ・スプーン・ナイフ、頭と尻逆さにスプーンとフォークが並んでいる。

 金城は、こんなにキッチリしたマナーの席は初めてだ。食前酒、付き出し、前菜、スープ……、未来と祖父母のテーブルマナーを真似ようとしたが、めんどくさくなって、こっそりと、レストルームに立ち店員に「箸はないですか?」と尋ねたが、耳打ちするように、「お客様、今回は、マナーを守られた方が良いように思われます」と親切心で窘められた。

 金城は、尼崎育ちだ。しかも阪神沿線だ。鉄道は、南から3本走っている。北へJR、阪急と北へ行くほど民度が上がる。さらに、武庫川一本挟んだ左右の西宮と尼崎でも、この川一本で大きな民度の違いがある。尼崎には、競馬・競艇ギャンブル場があるが、西宮は夙川・苦楽園とアッパー層の高級住宅街がある。

 おそらく、未来は、アッパー層だ。金城は、それが、どうしてこんなことになったのか疑問だが、御婆様が口を開いて合点がいった。

「谷崎潤一郎先生の『細雪』……云々」

 西宮には、谷崎潤一郎晩年の邸宅がある。今は、記念館として西宮市の重要な文化だ。御婆様は、その『細雪』にモデルになるほどの育ちだ。おそらくこれは……。

 金城は、祖父母同伴で、試験をされている。目的は皆無だが、どうやらお見合いの一種にも感じる。

(しかし、御婆様は死んだはずでは!)

 と、金城が内心で呟いてみたところで、始まらない。御婆様はそこにいて、試験はすでに始まっている。

 料理を、見よう見まねで、御馳走になった金城は、なにか納得したように、頷く御婆様の質問を受けた。

「金城先生、未来どう思います?」

 どう思うも、こう思うもない。金城にとって未来は、娘のような者だ。色恋は考えたこともない。

 にぶい反応を見せる金城に、母親が、すっと、一冊の小説を差し出した。

「これは、娘が買った『細雪』です。節約することを教えるために古本で買いました。そこに、手紙が入っていたようです」

 ”この本は、とても良い本です。私は、貧乏してこの本を手放すことになりました。もし、この本を手に取るあなたに、メッセージを送ります。これも、何かの縁です。いずれ、文学界に「金城星司」という作家がデビューします。その時、あなたには第一号の読者になって欲しいです。これは、わたしが最初の読者に贈る初めてのメッセージです”

「これを、受け取ったのが、未来です。以来、娘は、あなたの作品の愛読者です」

 金城は、思わず赤面した。若気の至りの作家のやらかしとしては、あまりにナルティスティックでこっぱずかしい。それを、事もあろうに、この祖母と母と孫娘は、今回の『銀河の約束』の成功をきっかけに運命的な宇宙の力が引き寄せた未知なる大いなる力の働きを感じたのかも知れない。

 祖父母は、声を揃えて言った。

「未来は、少し気真面目過ぎるけど、イイ娘です。一緒に、海辺の風に当たるのもいいかも知れませんよ」と促した。

 ベイサイドのベンチには、ポッと一脚のベンチを暖かく街灯が照らしていた。

 そこに、金城と未来は、並んで座った。

「せん↑せいー、おばあちゃんとお母さん、イイやろ?」

 と、未来は、素直に口にした。

 金城は、未来の言う通り、祖父母には、育ちの良さと品の良さと好感を持った。だがしかし、御婆様は生きている。さらに、隠された目的が、イマイチ疑問だ。万に一つのお見合いだとしても、未来と金城は年齢が離れすぎている。未来は人気絶頂で、もっといい相手ならいくらでもいる。オレを選ぶ理由が理解できないのだ。

「せん↑せえー、私の気持ちわからへんやろう?」

 金城は、正直に答えた。「まったく、わからへん」

 未来は、笑顔で言った。

「私なあ、芸能の仕事辞めようと悩んだ時期があんねん。その時、偶然、手に取ったのが、せん↑せえーが、メッセージを挟んだ『細雪』やねん。その時、この金城星司さんに会ってメッセージを受け取ったと直接話をしてから辞めても遅くないかと思えてん」

 金城は、驚いた。まさか、気軽に書いたしおり代わりのメッセージが、今を時めく『Tropical Breeze』の涼宮未来の原動力になっていただなんて思いもしなかった。

「私、金城せん↑せえーにホンマに合うことがあれば、一緒に仕事してそれが成功すれば運命の人や思ってん」

 逆告白だ。しかも、相手は、20歳も歳の離れた人気絶頂のアイドルだ。

 金城は、言った。

「銀河にはな、星が数万、数億、数兆、数え切れんぐらいあるかも知れん。それが、偶然、何かの縁で繋がったのは奇跡や。まあ、付き合う、付き合わへん、以前に、歳の離れた友人として、”非通知着信”から、涼宮未来本人からの電話と分るように、LINEでもいいからホンマの番号を教えてくれ」

 すると、未来は、笑って、どーしよーかなあ?」

 と、もったいぶって微笑んで、「いいよ、せん↑せえー、今度からは非通知は止める。そこから、始めようか?」

 と、天使のような眩しい笑顔で微笑むと、夜空に一番星が輝いた。


〈了〉

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