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飲食店とお客さんの関係性を、声が届く距離に近づける │ BOIL

はじめに…
本稿は現在開発中のプロダクト『BOIL』について、その世界観や考え方をまとめたものである。
執筆にあたって、クルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店 店主である影山知明さんから、多大なる影響を受けていることを事前にお伝えしなければならない。
私たちは影山さんがすでに切り拓いた道を追いかけているに過ぎないが、それでも自らの足を使うことでその道を広げたり、新たな脇道を発見できるのではないかという淡い期待を抱いている。
本稿が私たちの同志に届くことを願って。


Why ─ なぜやるのか

Waterhumanとは

Waterhumanは2020年3月の創業以来、『社会の淀みを解消し、 価値が循環する社会を作る』というビジョンを掲げている。
裏を返すと、現在の資本主義を基盤とする日本社会は淀んでいると私たちは考えているのである。

資本主義のシステムの根底には「生産性の高い社会を作るには?」という原初的な問いが存在している。この問いは、20世紀までは限られた資源の中でいかに効率よくモノやサービスを生産するかが大きな課題であったため、とても理にかなっていたと言える。
しかし21世紀も20年を過ぎた現在はどうだろうか。
日本を始めとする先進国では供給が需要を上回り、生産に求められるのは量よりも質である。また売上やお金だけではどこか満たされず、働くことの満足感や幸福感が問われるようになった。
このまま移り変わる時代の中で、生産性だけを追い求めた場合に私たちを待ち受けているのは、「極端に大きなもの」と「極端に小さなもの」しか存在しない社会だ。
合理性や効率性を突き詰めた大企業か、そうした大企業との競争から離れ自分自身の生活費が稼げればいいという個人か。過密化した都市か、過疎化した地方か。飲食店でいうと、全国展開するナショナルチェーンか、まちの個人経営店か。
次第に多様性はなくなっていき、お金や情報は「極端に大きなもの」の元に集約されていく。なぜなら、それこそが資本主義というシステムの合理性だからだ。
私たちは、このような多様性がなく、価値が一方向に集約されていく状況を淀みと表現している。

この淀みを解消し、 価値が循環する社会を新たに作るためにWaterhumanは存在している。
そして、新たな社会の先に私たちが見据えるのは、そこで生きる「人」の存在だ。


社会を変える=人を変える

水は方円ほうえんの器にしたが

孔子『韓非子』

この故事は「水は四角い器に入れば四角い形になり、丸い器に入れば円形になる。転じて、人は環境によって良くも悪くもなる」という意味で、Waterhumanの最も大切にしている信念であり、会社名の由来の一つだ。

現在の日本には多くの課題が存在する。
若年層の投票率の低迷、先進国で最低水準のジェンダー・ギャップ、高齢者の増加に伴う社会負担の増大…。こうした課題の責任を、現在の日本社会は「自己責任」という言葉で個人に押し付けている。
たしかに、最終的には個人の問題である場合が多いのも事実だが、それでも個人に責任はないというのが私たちの信念だ。
若者が政治に興味がないのは、若者のせいではない。
女性が社会で活躍できないのは、女性のせいではない。
高齢者シニアが価値を生み出せないのは、高齢者シニアのせいではない。
これらは全て資本主義を基盤とした現在の社会に責任がある。

私たちが目指すのは、社会うつわの形を変えることで、みずを変えることである。


新たな問い

資本主義の原初的な問いは「生産性の高い社会を作るには?」であると書いたが、では私たちの目指す新たな社会の原初的な問いはどのように表現できるだろうか?

当たり前の話だが、人にはそれぞれ個性がある。
人前で話すのが得意な人、黙々と一人で作業するのが得意な人。絵を描くのが得意な人、歌うのが得意な人。
こうした個性を生産性おかねという単一の物差しで測り、生産性向上の手段として利用してきたのが今までのシステムで、その結果個性が失われていく。
生産性の物差しで測りにくい個性が教育の過程で矯正されていく感覚は、皆少なからず身に覚えがあるのではないだろうか?

それに対して、私たちは人々が自らの個性を最大限に生かせるシステムを実現したいと考えている。個性を生かすことは、資本主義で蔑ろにされてきた働くことの満足感や幸福感につながる。
そしてその先に待っているのは、自由で多様性に富んだ社会だ。
つまり「人々が個性を最大限に生かせる社会を作るには?」という問いこそ、私たちの出発点であり、目指す社会の原初的な問いなのだ。



How ─ どうやってやるのか

価値観の再定義

Waterhumanには『社会の淀みを解消し、 価値が循環する社会を作る』というビジョンを達成するために、『従来の価値観を再定義し、全ての人々が新しい形で価値を創出できるサービスを設計する』というミッションを定めている。

ここで一度、ビジョンとミッションに用いている「価値」という言葉を掘り下げたい。

私たちは「価値」という言葉を、「ある事物が受け手から必要とされる理由となる性質」と定義している。
文化的価値、歴史的価値、金銭的価値、情緒的価値、機能的価値、etc…。
検索すると様々な価値を見つけることができるが、これらは全て「受け手の主観」(=価値観)によって規定される。
ここでいう受け手とは、時には個人だったり、時には地域だったり、はたまた地球だったりと、自分を中心に文脈に合わせて伸び縮みする主体のこと。
言ってしまえば、私たちは道端の石ころにだって価値を見出すことができる。

しかしながら、資本主義というシステムは金銭的価値以外の価値を扱うことが苦手である。その結果、金銭換算しにくい価値の多くはその輝きを失ってしまった。
町に古くから残る美しい景観は壊され、人々のコミュニティは衰退し、文化は消費の対象として扱われている。
本来であれば人々の価値観によって様々な価値が規定されるはずが、金銭的価値のみによって人々の価値観が規定されてしまうという状況は、資本主義が生み出す力学の一つだ。

そこでまずは私たちが率先して価値観を再定義し、資本主義の力学から抜け出すことが多様な価値を認める社会、つまりは個性を最大限に生かせる社会への第一歩だと考えている。


「特定多数」の形成

資本主義の功績の一つは、価値交換を単純化したことによって不特定多数の相手との取引が可能になったことにある。通貨が媒介することで、私たちは遠く離れた国の知らない人と取引をすることが可能となり、世界は格段に豊かになった。
しかし、それによって世界単位でも淀み(=価値の集約)が発生していることは言うまでもない。先月初めにアメリカの実業家であるイーロン・マスクの個人資産がトヨタ自動車の時価総額を上回ったというニュースは記憶に新しい。

資本主義以前の社会では特定少数間での取引が主流だった。家族や村、地域といった顔の見える範囲内で、金銭的価値に限らない複雑な価値交換が行われていたのである。
価値交換を単純化すると不特定多数の相手との取引が可能になることを逆説的に考えると、複雑な価値交換は顔の見える関係性の中でしか行えないといえる。

とはいえ、現代社会において経済が成り立つには一定の規模が必要である。つまり、いわゆる内輪な関係である特定少数を相手にした事業では持続可能性が低い。
そこで私たちは、不特定多数でも特定少数でもなく「特定多数」の形成が必要だと考えている。
不特定多数相手の単純な価値交換よりも、もう少し複雑な価値交換が可能な、直接・間接に声が届く距離にある人たち。
何かしら共通の価値観をもっていて、金銭的価値以外での価値交換が可能な人たち。
こうした層をいかに一定の規模で形成できるかが私たちの挑戦であり、社会のあらゆるところに形成される様々な「特定多数」こそ、社会に多様な価値を認めるための土壌となるのである。

その土壌から多種多様な価値が泡のようにポコポコと多発的に生まれることで、人々の間で価値が循環するようになり、自由で多様性に富んだ社会の実現に近づく。



What ─ BOILとは何か


BOILの世界観


コミュニティとしての飲食店

私たちが『BOIL』というプロダクトを通じて再定義したい価値は「コミュニティとしての飲食店」だ。

飲食店とは、言うまでもなく我々の生活にとって欠かせない存在であり、人が生活するあらゆる場所で目にすることができる。そしてそこでは日々数えきれないほど多くの価値交換が行われている。
その価値交換の一回一回を、金銭的価値のみの単純な価値交換ではなく、少しだけ複雑な価値交換に変えることができたなら。その場合に社会に与えるインパクトは計り知れない。

飲食業界もご多分にもれず、資本主義の力学の影響を受けている。
不特定多数を相手にお店がサービスを提供しようとすると価値交換が単純化し、その中でお店とお客さんは互いに生産性を高めようとするため、「できるだけ少ないコストで、より多くのリターンを得たい」というテイクの関係性に陥りやすいのだ。
また不特定多数を相手にする場合は、先に述べた極端に大きなもの=ナショナルチェーンとの競争から逃れることができない。

そこで飲食店を単なる機能的な場所として捉えるのではなく、情緒的な場所コミュニティとして再定義するのが『BOIL』だ。
コミュニティとしての飲食店に価値を感じる特定多数の層を、飲食店ごとに形成することを目的としている。


お客さんの常連化を促進する

飲食店における「特定多数」を言い換えると「常連」となる。
パンデミックの影響で、2020年の飲食店倒産件数は過去最多となる780件だったそうだ。特に個人経営店や中小企業は大きな打撃を受けた。そんな状況下で、常連が果たす役割は大きい。
Waterhumanの顧問弁護士の臼井さんにはいくつか常連の店があり、私も連れて行ってもらうことがあるのだが、そこで目にするのはまさにギブの関係性だ。
互いの顔が見えていることで、より複雑な価値交換が可能となり「より多くの価値を提供したい/お返ししたい」という気持ちが働く。常連の店がコロナによる売上低下で困っていたら、足繁く通ったりテイクアウトを利用したりという行動としてあらわれる。

このような常連が増えれば増えるほど、飲食店の足元は安定するだろう。
足元が安定すれば、さらに店主や店員の個性を生かした店作りが可能になる。
すると特定多数じょうれんの輪もさらに広がっていくという好循環が始まる。

『BOIL』はこの好循環のきっかけを提供するプロダクトだ。
飲食店に対してお客さんへの個人化された体験の提供を支援し、常連化を促進するサービスを提供する。


個人化された体験

『BOIL』のキャッチコピーは「常連店のサービスを、初めて行くお店でも」。これは、プロダクトのユーザー(=お客さん)向けに訴求することを想定している。

まず、お客さんユーザーは自分の食の好みを『BOIL』上で可視化していくことができる。家計簿アプリのようにレシートを読み込むか、お店のメニューからお気に入りの料理や飲み物を記録していくと、自分のグルメポートフォリオが自動で作られていくのだ。
そしてそれを初めていくお店でも『BOIL』を通じて共有することで、自分の食の好みに合わせた料理の提案などといった、まるで常連のようなサービスを受けることができる。
また一度行ったお店とは『BOIL』上で個別にチャットができるので、その飲食店に価値を感じた場合は、次回以降の予約が直接できたり、お店から旬の食材を使ったメニューの案内などを受け取れたりといったことも可能だ。

飲食店視点では、初めて来るお客さんでも食の好みがわかるので、お客さんに合わせたサービス(=個人化された体験)を提供しやすくなる。
先述した食の好みに合わせた料理の提案のほかにも、お店からお客さんに声を届けたい時は『BOIL』を通じて最適なお客さんをフィルタリングしてメッセージを送るなどといったことも可能となる。
このようにして飲食店とお客さんの顔の見える関係性が始まり、特定多数じょうれんへと育っていく。

『BOIL』によって日本各地で好循環が始まり、個性を生かした飲食店のカンブリア爆発が起こったら面白い。


『BOIL』の未来

最後に、『BOIL』という取り組みの先にある「自由で多様性に富んだ社会」の青写真を共有して本稿を締め括りたいと思う。

「自律分散型組織」(DAO=Decentralized Autonomous Organizations)という言葉をご存知だろうか。
近頃テック界隈で頻繁に耳にするようになったが、要するにブロックチェーン技術に支えられたフラットな組織体のことを指している。そこでは上下のヒエラルキー構造は存在せず、メンバーが主体となって運営される。
何だか小難しい話に聞こえるが、要するにこれは古くから日本社会にも存在する「コモンズ」をブロックチェーン技術を用いて再構築しようという動きと言っていい。

「共」とは、「パブリック」と「プライベート」の間に存在する概念だ。
「公」とは全体であり、すべてに当てはまり、偏りがないことを指す。一般的に行政組織や上場企業などがイメージされる。反対に「私」とは個人であり、一人一人のこと。
これらの間に「共」が存在している。近代においては、自治会や町内会、商工会など公に近いところで編成されてきた歴史があるが、資本主義の力学によって現在においてはその実態を失ってしまっているものも多い。
共が失われることで、公や私の守備範囲が増える。公は公で頑張り、私は私で自己責任の名のもと、問題を自力で、あるいはお金を使って解決するようになる。そうなればなるほど、いっそう共は失われていく。

『BOIL』は飲食店を「共」、そしていずれは「自律分散型組織」へとアップデートするためのプラットフォームになるのかもしれない。
『BOIL』を通じて特定多数じょうれんに自らの飲食店のトークンを発行することで、飲食店を多くの人間で所有できるようになる。その飲食店はメンバー主体で運営され、それぞれの個性を生かせる場となる。
今はただの機能的な場としての飲食店が、情緒的な場コミュニティとしての飲食店、そしていずれはトークン保有者の資産であり、やりがいであり、コモンズとなるのだ。そこにはもはやお店とお客さんという垣根がなく、主客同一の要素を含んでいる。



おわりに…
まず、ここまで私たちの夢物語を読んでくださった方には感謝しかありません。そしてその中には、本当にこんなことが可能なのかと懐疑的になっている方もいらっしゃると思います。
そんな方にはぜひ影山さんの『ゆっくり、いそげ』を読んでいただきたいです。本書は「カフェからはじめる人を手段化しない経済」という副題の通り、売上や成果ではなく「人」を中心に経済を再構築しようという趣旨の内容となっています。実際にクルミドコーヒー/胡桃堂喫茶店を通じて特定多数を形成し、食べログのカフェ部門で日本一となったご経験を踏まえた影山さんの考え方や思想に触れることができます。
私自身もすでに何度も読み返し、まるで灯台のように進むべき道を照らしてくれる存在として常にリュックに入れて持ち歩いています。

さて、『BOIL』は今まさに開発中のプロダクトで、無事に世に出るかどうかも定かではありません。そんな状況でも想いに共感し、一緒に『BOIL』を世に出そうと頑張ってくれている仲間の中川 尚哉、そして服部 紘太朗には心の底から感謝しています。
これから資金調達と仲間集めを始めていきますので、本稿を読んで興味をもって下さる方がいたら、ぜひお気軽にご連絡ください。

最後までお付き合いいただきありがとうございました!

連絡先:https://www.waterhuman.co.jp/

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