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Ep.2 PULSE : 人生で初めての写真展

11月30日から12月11日まで人生初の写真展を開催しました。
代官山のピンサ専門店BontaItaliaさんの一角で作品を展示させていただき、自分の写真家としてのこれからのキャリアの中で非常に大きな出来事でした。

約2年前に亡き祖父から譲り受けたNikon D5100で始めた写真という趣味をこのように多くの人に自分の作品を見ていただけるまでに昇華させることができたのは、多くの人たちのサポートがあったからです。まだまだ写真家ごっこと言われても仕方ないような活動量ですが、これから少しずつ自分を外に出す作業を増やしていきたいと思っています。

今回の写真展のタイトルは「PULSE」。テーマは「情報の取捨選択」です。
自然風景と情報の取捨選択。まったく異なるフィールドにあるように思える両者ですが、両者から伸びる紐を辿っていくと、必ずどこかで繋がっているように自分は感じています。
自然ということがらに注目したとき、多くの人は環境保全やエコロジーという言葉を連想されると思います。少なくとも自分はそうです。昨今では"自然を守ろう"というムーブメントが世界中で広がりつつあります。エコロジスト達は様々な手段を用いて主張し、活動しています。活動自体は素晴らしいと思いますし、命を後世に残す尊い活動だと思います。しかし中には過激なアクションを起こす人もいますし、科学的なエビデンスに基づかないおかしなことを主張する人もいます。
もちろんこれは自然ということがら以外でも当てはまることで、日々報道される事件や政治家の発言もそうでしょう。様々なものが中央集権化されていく現代で、僕たちは自分の頭の中で考え、判断する必要があるのだと僕はこの数年でヒシヒシと感じてきました。

様々な"嘘"が出回るこの世の中で僕は写真という"嘘"を展示しました。写真は三次元のものを二次元に落とし込む時点で"嘘"の要素が入ってきてしまいます。また、近年ではRAWファイル(JPGファイルになる前のデータ量が豊富な未処理の画像データ)からエディットすることで如何様にも写真を生み出すことができるようになりました。表現の幅という観点では発展の一途をたどる写真文化ですが、その点においては日々様々な論争が交わされています。
様々な手が加わったものを「写真」と呼ぶのか「グラフィックアート」と呼ぶのかということについては日々論争を繰り広げている人たちに任せたいと思います。僕自身、文化というものは人間が自由に生み出す中で淘汰されたものが後世に残っていくものだと考えています。誰かが「これは違う」と規制したところで、保存派が文化保存に精を出し、生き残るものは生き残るでしょう。

少し話がズレてしまいましたが、結局のところ、"嘘"の要素を持つ作品を見て「これはどこだろう?」とか「これはどうやって撮影したのだろう?」とか疑問に思うことが大事なのだと思います。そしてこれが今回の「情報の取捨選択」にあたるのです。与えられた情報をありのままに受け入れることは現代では危険な行為です。写真展というものは撮影者と観覧者が互いに言葉を交わせる大事な機会であり、今回の写真展でもたくさんの方たちから、「これはどうやって撮影したの」とか「これは海外ですか?」とたくさんの質問を投げかけていただけました。見方によってはこの行為はエビデンスチェックとも言えます。
会場にあるテキストでは主に「自然→人」へのPULSEをメインに文章を書きましたが、この撮影者と観覧者の会話は「人→人」のPULSEであり、展示した作品や僕からのPULSEを受けて見に来てくださった方たちが少しでも興味を持ってその地へ足を踏み入れてもらえたらと考えておりました。そこで自然に対して初めて抱く気持ちや考えも生まれたり生まれなかったりするはずです。生まれるか生まれないか。それはきっとただ単に感性の違いで、そこに正解や間違いはないです。

全ての写真は僕が目で見て美しいと思った瞬間や景色を撮影をしていますが、「嘘」として自分の作品を展示することで「日本にこんな場所があったのか」と思い、その足で自身が生きる国である日本という美しい自然を持つ国に対して興味を持ってほしいと思い、今回の写真展のテーマに「情報の取捨選択」を設定しました。自分が興味を持ったものに他の人が興味を持ってもらえることはやはり嬉しいのです。

人生初めての写真展。次はいつになることやらという感じです。しかし、雪解けはまだまだ先の季節ですが約2年と凍てついた人々の心の雪解けは近いように感じます。僕も新たな旅を2023年にできたらと思います。
それでは。


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