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【ホラー小説】グランドオーナリ『第5話』コーヒー

【あらすじ】

この物語は、風間舞かざままいという1人の女性の視点から、彼女とその周りの人々に降りかかる数々の不気味で不可解な出来事を描くホラー小説です。

山形県奥那璃村おおなりむらにオープン予定の高級コテージのあるキャンプ場『グランドオーナリ』

日々の生活のストレスから解放されたい風間舞は、そのキャンプ場が企画する7日間の無料招待イベントをインスタの広告で見つけ、応募してみると見事当選します。

しかし、この高級なコテージで生活するには、守らなければならない6つのルールがあったのです…


【注意事項】

※ある程度の残酷描写は予定しておりますが、過度な残虐描写、性描写などはありません。

※動物は今のところ出番があるか未定ですが、動物が酷い目に合う描写は断固としてありません。

※この物語内に登場する人物や団体名、そして奥那璃村という村などは全てフィクションです。


【エピソード一覧】

『プロローグ』バスの中で
『第1話』応募要項
『第2話』ルール
『第3話』グループ分け
『第4話』自己紹介
『第5話』コーヒー


【前回のエピソード】


【本編『第5話』コーヒー】


「竹内さーん!そういうとこですよー!笑」

 私含めみんなが一瞬固まったような気がしたが、すかさず新堂さんが立て直す。

「あ、俺、また変な空気にしちゃいました?」

 竹内さんの間の抜けた表情を見ていると、本当に無意識にやっているんだということが分かる。

「まぁまぁ笑 竹内君の言う通り、自分含め皆さんもあの空間を気にしていたのは事実でしょうから」

 五十嵐さんも新堂さんに続いて場を和ませようとしている。

「ということで奥寺さん、実際はどうなんでしょうか?」

 五十嵐さんがそのまま質問した。

 奥寺さんは目を瞑り、少し考え込んでいるようだった。


「何か聞こえたんでしょうか?」



「え……はい、そうですね。何やら物が落ちたような音もしましたし、あそこの空間は何なのかなと。2階の奥の部屋なんですが……」

 奥寺さんの返答に戸惑いを隠せない五十嵐さんだったが、無理もないだろう。

 物音がしたとは一言も言っていないのに、奥寺さんはピンポイントで音について質問してきたのだ。

「ん〜やっぱり聞こえちゃいましたか……」

 私達は不安を隠せず、みんなで顔を見合わせている。

「やっぱりってどーゆーことっすか!?な……何かいるんすか!あそこ!」

 質問した張本人の竹内さんが相変わらず1番ビビっている。



「アタシ、さっきコップ落としてしまって。木造なんですから、このコテージ。やっぱり音は響いちゃいますよねぇ笑」



 みんながもう一度顔を見合わせる。

「あ、コップを……落としたと?」

 五十嵐さんがゆっくりと確認するように問う。

「喉乾きますからね、普通に、アタシ人間なんで。それに早朝から施設内の準備とかで忙しかったんですよ?コーヒーくらいいいでしょうに」

 何を馬鹿なことを聞いてくるんですか?という顔をしている奥寺さん。

 キッチンのほうを見ると、確かにコーヒーを淹れた痕跡がある。

 それなら私達の分も淹れてくれても……

「空間って言われてもねぇ……アタシは施設の管理担当じゃないから詳しくは知らないですけど、当初は6人部屋にする計画だったみたいですよ。でも、予算か何か足りないとかで、結局5人部屋になったとか」

 五十嵐さんの予想通りとまではいかないが、ほとんど当たっているようなものだ。

「なんだよ〜!さっきの足音といい、俺らをビビらせないでくださいよ!」

 “俺ら”という言い方に、竹内さんなりの仲間意識の表現というか、そんな印象を抱いたけど、1番ビビってたのは竹内さんだ。

「もういいですか?アタシこれから事務所に戻って仕事ありますし」

「え?そうなんですか?奥寺さんは専属スタッフだから、ずっとコテージにいるもんかと思ってました」

 新堂さんの疑問に対して、奥寺さんは呆れたような表情をした。

「アタシはこのグループの担当だけど、子守をするわけじゃないんだから。それに皆さんもアタシがこのリビングにずっといたら、監視されているみたいで居心地も悪いでしょう?」

 奥寺さんの言うことにも頷ける。

 このリビングもキッチンも広々としているし、ここでくつろぎたいと思っても、確かにスタッフがいたら何かと気を使ったりしてしまいそうである。


「あーそうだそうだ、忘れてしまうとこでしたよ」

 そう言うと奥寺さんは、ソファ横のローテーブルの方へ向かう。

「はい、これ。皆さん胸の辺りに適当に付けといてくださいね」

 奥寺さんは、私達に赤色の缶バッジを手渡す。

 普通このようなバッジは何かしらデザインが施されていると思うが、この缶バッジはロゴも文字も無いシンプルなものだった。

 色でグループが判別できれば十分だということかもしれない。

 それでも豪華な施設にしては、ちょっと味気ないなと思う。

「じゃあアタシ行きますね。何かあれば事務所にいますから。後は皆さんお持ちのプリントに書かれているように、12時の昼食まで自由にお過ごしください」

 そう言ってさっさと行ってしまった奥寺さん。


 私は缶バッジを付けつつ、リビングにある時計を確認してみる。

 午前10時10分。

 奥寺さんの様子を見るに、恐らくは10時までに自己紹介レクリエーションを終わらせる予定だったんだろう。

 私はポケットに入れていたプリントを取り出し、裏面に描かれた地図を見る。

 それにしてもこの地図、簡易地図と書かれているが、学生でももっとマシなの作るぞと言いたいレベルで簡易的だった。

 こんなに豪華な施設なんだから、先程の缶バッチといい、もう少しデザインに力を入れるべきだろう。


 ソーダおじさんのおかげで、プリントに描かれた地図までは詳しく確認できていなかった私は、とりあえず昼食会場を探した。


 どうやらこの施設、大きく分けて2つのエリアがある。

 私達がいるコテージが並ぶこの場所は『宿泊エリア』で、スポーツ施設や昼食会場などがある場所は『総合エリア』だ。

 私はバスの中では中央列の席だったのもあり、あまり外が見えなかったのだが、地図を見る限りどうやら『宿泊エリア』は小川に囲まれているようだ。

 小川に掛かる橋を渡った先に『総合エリア』があり、昼食会場の名前は『おかん』と書かれている。

 12時までまだ時間があるし、バスケでもしようかと思ったが、バスで目覚めてからまだ何も食べていない。

 私は朝ご飯をしっかり食べないと頭が回らないので、運動するのはまた後にしよう。

「ここ、ジムとかあるみたいなんで、俺ちょっと行ってきていいすかね?」

 竹内さんが地図を見ながら言う。

「それじゃあ、自分は図書館でも見に行ってみますね」

 そう言って五十嵐さんと竹内さんは先にコテージから出て行った。



 しばらくどうしようか考えていると、新堂さんが話しかけてきた。

「もしよかったら、施設を探検してみません?」

 “探検”という言葉に、幼少期を思い出して少しワクワクしてしまった私。

 小学校低学年くらいまでは、男の子達に混ざってよく近所を遊び回っていた。

「楽しそうですね。はい。行きましょう」

「やった!」

 相変わらずの笑顔だったが、私には今日一番の素敵な笑顔に見えた。


「あの、川名さんもどうです?私達と一緒に」


 新堂さんはポツンとソファに座っていた川名さんにも声をかけた。

「え……あぁ、どうしようかな……えーっと」

 下唇を噛みながら考え込んでしまう川名さん。

 すると新堂さんは、川名さんに少しだけ近づく。

 そして、ソファに座る川名さんと同じ目線になるよう、その場にしゃがみ込んだ。

「とりあえず、コーヒーでも飲みます?」

 新堂さんの表情や声色は、私に向けるいつもの快活な様子ではなく、会社の同僚がさりげなく声をかけてきたような、そんな軽くて平坦な印象を受けた。

「あ……はい」

「じゃあ淹れてきますね!」

 そう言って新堂さんは笑顔でキッチンへと向かった。


 私は改めて新堂さんという人間に感心する。

 第一印象はカッコよくてイケイケな人だなと思っていたが、周囲との距離感や接し方、ざっくり言えばコミュニケーション能力がめちゃくちゃ高い人なんだ。

 私も仕事柄自分のコミュ力は高い方だと自負していたけど、新堂さんはレベルが違う。

 自分の性格やどう見られるかも把握しているんだろうし、だからこそ距離の縮め方も工夫している。

 さっきの川名さんとの会話を見ていて確信した。

 最初は新堂さんと2人きりというシュチュエーションに少し浮かれてしまった私だが、同時に川名さんを1人にしてしまう不安もあった。

 それは新堂さんも同じだったんだろう。

 川名さんが内気な性格なんだろうというのは誰の目にも明らかだ。

 だからまず私を誘うことで、コテージに1人になるか、複数人で行動するか、という二択の状況を作った。

 もちろん1人でゆっくりしたい場合もあるだろうし、私もそういう時はよくある。

 でも先程の自己紹介の川名さんの様子、そしてこのコテージ……

 私は川名さんを1人にしてはいけないと思った。

 そしてそれを自然と行動に移していたのが新堂さんだ。

 川名さんはどうしようか悩んでしまっていたが、川名さんとしては1人になりたかったのかもしれない。

 でも断るのも申し訳ないし、どうしようかなといった感じだろう。

 そこで新堂さんは川名さんと同じソファに座ることなく、パーソナルスペースに入るかギリギリのラインまで近づいてしゃがんだ。

 しゃがんで目線を合わせるというのは、子供に対しては意識的に行われる行動かもしれないが、新堂さんはさらに表情や声色まで変えた。

 そして今度はコーヒーを飲むか飲まないかというさらに単純で答えやすい質問に切り替える。

 それならという感じで川名さんは答えてくれた。

 この流れだと、このままコテージで3人でコーヒーを飲みながら、ソファにでも座ってゆっくりする感じになりそうだ。

 探検もしてみたかったが、内気でゲーマーな川名さんが積極的に外に出たいとは思えないし、新堂さんもそれでいいと思っているだろう。

 私は新堂さんを手伝いにキッチンに向かうか、川名さんの側にいるか迷っていた。



「あの……やっぱり……行きます、私。探検。すみません」


 少し苦笑いというか、照れ笑いというか、そんな表情で言う川名さんに私は驚いた。

「え、あぁ!本当ですか!?あの、無理しなくても、ここでゆっくりコーヒー飲むだけでも」


 新堂さんも驚いた様子だった。


「いえ、せっかく来たんだし……体も動かさないとだし……はい」


 川名さんの口調が少しだけハキハキしてきた。


 思い返せば自己紹介の時もそうだった。

 声も小さいし、どうみても内気な性格なんだろうと思っていたが、あの時の川名さんから感じた痛みと悲しみ……そして少しの勇気。

 無理をしているのかもしれないし、実際そう見える。

 でも、川名さんは自分なりに頑張っているんだ。


「それじゃあ……コーヒー持ちながら歩けるように、軽めのコップにしましょうか。風間さんすみません、棚の上の方届かないんで……手伝って頂けると嬉しいです笑」

 私は高い所にある物を取ってくれと頼まれるのには慣れている。

 それに些細なことでも、新堂さんに頼み事をされるのは嬉しかった。

「あ、川名さんもこっち来てくださいよ!結構コップの種類が多くて、好きな色とかあったりします?」

 川名さんはゆっくりソファから立ち上がる。

「Vtuberとしては……青って答えてるんですけど、緑が好きです」

 ここではキャラを演じる必要ないですからねと、新堂さんが笑いながら相槌を打つ。

 私は上段の棚にあったプラスチック製のコップをいくつか取り出す。

「風間さん流石ですね〜!ちなみに身長ってどれくらいあるんですか?」

 このようなやり取りは数百万回経験してきた。

「えーっと、173ですかね。厚底の靴履いて、高めのお団子結びすれば、180まで行くかな笑」

 身長を聞かれた際の私のお得意の返しである。

「えー!!!ヤバ!!!笑」

 新堂さん大ウケである。

 川名さんも愛想笑いかもしれなが笑ってくれた。

 代理店に入社してから鍛えられたおかげで、この手のパターンはいくつか持っている。

 そのほとんどが得意先だったり営業先だったりにしか使わないのだが、大体がセクハラだったり出会い目的のリアクションをされる。


《身長高い女性ってセクシーだよねぇ!》

《俺もバスケやるんだよ!今度一緒にどう?LINEとかやってる?》

《もっと良いスーツ着た方がいいよ〜!僕の行きつけで上等な店紹介してあげるから》

《こんな仕事してないでさ、モデルさんにでもなったら?》

《スカートだったらもっとスタイル良く見えるんだけどな〜勿体無いね!あ、今のセクハラになっちゃう?笑》


 こんなカス連中にもペコペコしなきゃならないのかと。

 でもこれも仕事だからと、何度上司に言われたことか。

 嫌な記憶を思い出して顰めっ面になっていたんだろう、新堂さんが大丈夫ですかと聞いてきた。

「すいません。こうやって素直にただ笑ってくれるだけの人、久しぶりだったので。ちょっと昔を思い出しちゃって」

 新堂さんも川名さんも、ホッとした様子だった。 

「そうだったんですね。いやぁ、私が爆笑しちゃったのが気に障ったのかなって笑」

 そんなことないですよと、私は手を横に振りながら言った。

「風間さん広告代理店で働いているって言ってましたもんね。大変そうですね、なんて他人事みたいな言い方はしたくないんですけど、話したい事とかあったらいつでも聞きますから!」

 まるで内心を見られているような恥ずかしさだったが、それよりも嬉しさが勝った。

「もちろん川名さんもですよ!私、YouTube見てた普通のファンなんで!正直緊張してます!笑」

 全然緊張しているようには見えないが、川名さんは先ほどより表情が穏やかになっているように見えた。


「えっと、あの、気になってますよね。さっきの自己紹介で言ってたやつ……」

 そういえば、Vtuberをやって“ました”という過去形だったような。

 新堂さんも何か知っているようだったけど、あの時は詳しく聞いてもいいような空気ではなかった。

「川名さん、私はゲームとか詳しくないし、そんな無理に話さなくても大丈夫ですよ」  

 私なりに気を遣った言い方をしたつもりだったが、ちょっとキツイ言い方に聞こえてしまったかもしれない。


「あぁ、でも、かなり炎上しちゃったんで……ある程度は知ってるかなと思いますけど……私、関係者とか、身内にも自分の気持ちとかあんまり話せなくて……」

 仕事柄SNSの炎上などにはアンテナを張っていたけど、いかんせんゲームにあまり興味が無く、私は見当もつかなかった。

「いやいや!それなら尚更無理に話さなくても……」

 新堂さんが心配そうに川名さんを見る。

「私……ずっと誰かに聞いてもらいたくて、その、新堂さんと風間さんになら……」

 何やら重そうな話でも始まりそうな雰囲気とは裏腹に、川名さんの表情は明るかった。

「OKです!それじゃあこのままキッチンで立ち話もアレなんで、コーヒー持って施設内を探検しながら行きましょうか!」


 私達3人はプラスチック製のコップにアイスコーヒーを淹れた。

 私は紫、新堂さんが赤、川名さんは緑、それぞれ好きな色のコップを手に持つ。

 出会ったばかりでお互いのことなんてまだまだ知らないのに、私は不思議と居心地の良さを感じていた。


「よーし!レッツゴー!」

 ニコニコの新堂さんに連れられて、私達3人はコーヒーを片手に『総合エリア』へと向かった。


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