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処理水放出について福島に住む昭和のおばさんが思うところ

先日、東京から福島に遊びに来た友人(60代)に、「処理水の放出始まるけど、そしたら福島の魚ってどう思う?」と聞いてみた。
「別に福島の魚かどうか調べて買うわけじゃないけど、福島のだって言われたらやっぱり敬遠するよ」
「なんで?」
「だってイメージ悪いじゃん」
「危ないっていうイメージ?具体的に何が危ないと思う?」
「そんなのわかんないよ。私、テレビも見ないし新聞も読まないし、科学的に安全って説明されてもさ、恐怖っていうのはイメージだから。周りも同じような人多いよ」
「トリチウムは自然界にもたくさんあるとか、IAEAも大丈夫って言ってるとか、他の国の原発からももっと高濃度のトリチウム水が出てるとかって知ってもダメ?」
「うーん、そういうことじゃなくてさ。私たち普段からもっと身体に悪いモノ(合成〇〇料とか)たくさん取り込んでるの、わかってるよ。だけど、やっぱりこれはイメージだから」
「じゃあ、どうしたらそのイメージ変えられるのかな」
「それは難しいね……」

良い悪いじゃなく、こういうタイプの人々は一定数いる。彼らに向けて科学的な安全性を「丁寧に説明」しようとしても、おそらく永遠に届かないし、それは時間とエネルギーの無駄と思われる。

私が住んでいるのは原発からはかなり離れている福島市内だが、県外の人たちと比べれば多少はこの問題について考えてきたほうだと思う。SNS上ではいろんなレベルの論点がごちゃ混ぜになっていて、とても全部を検証しきれないけれども、まず物理的に処理水が身体や環境に悪い影響を与えるかどうか、という点について、放出反対派の主な論点は、おおよそ次の3点に集約されるように思われる。

・トリチウムは大丈夫でも体内で有機結合型トリチウムになると体内に長くとどまるから危ない。
・トリチウムは安全でも、炭素14をはじめとする他の核種がまだたくさん含まれているから危ない。
・薄めて放出してもプランクトンから始まる食物連鎖のなかで生体濃縮されるから危ない。

このいずれの疑問に対しても、東電も国もQA方式で答えを公開していて、それを読む限り、そしてそれ以外の情報と私の限られた知識も総動員したところでは、私はこれらの指摘は当たらないと判断している。

しかし、そもそも国や東電の説明なんて信用できない、そもそも彼らが言う通りちゃんと処理してるのかどうかすら怪しい、となると、じゃあ誰の言うことなら信用できるのか、誰に処理を任せればちゃんとやれるのか、という話になり、永遠に前に進まない。国や東電を信用できるようになるまで(あるいは海洋放出以外の手段が開発されるまで)、タンクを増設して溜め続ければいいという主張も見かけるが、それは現場をよく知る人が言ってるとは思われない。

つくづく、「あいつらのいうことはハナから信じられない」という心理を量産してしまった国と東電の罪は重いし、それは自業自得と言える。それでも今は淡々と放出を進めるしかないと、私は思う。東電に対しては、現場で作業にあたる人たちだけでなく本社幹部の人たちも、次に隠ぺいだの間違いだの発覚すれば今度こそ終わりだという自覚をもってやってほしい、としか言えない。国だって東電一社に責任を押し付けて傍観するのではなく、当事者としてコトに当たってほしい。

もうひとつ、気になる言葉を指摘する。「風評の心配」だ。風評とは本来単なるウワサという程度の意味だが、福島の文脈ではデマと同じ、つまり「虚偽の情報に基づく悪いウワサ」という意味で使われてきた。だから、地元の人々が「処理水放出で風評が心配だ」というときは、「放出すると環境や人体に悪影響が出る」という情報そのものは「風評=虚偽の情報に基づくウワサ」であるという認識、裏返せば放出は「安全だ」という認識を前提としているはずなのだ(安全だと思っていないなら、「風評が心配」ではなく「実害が心配」というべき)。もし風評というならば、危ないという虚偽情報が広まらないよう、国や東電の尻を叩いて「丁寧な説明」の努力を促すのはもちろん、自分たちからも積極的に「安全」を発信すべき、という理屈も成り立つ。

しかし、ここがまた難しいところで、自分たちから安全だと言ってしまったら、まるで国や東電のお先棒を担いでいるように見られかねない、という心情が働く。理論上は安全とわかっていても、冒頭に紹介した私の友人のような、イメージだけで語りそれ以上学ぶ気のない人たちもたくさんいる以上、放出しなくて済むならそれに越したことはない。放出やむなしと表明したとしても、それはあくまで消去法で残った選択肢なのである。ましてや漁業関係者ならば……

「国や東電の言うことはまったく信用できない」という主張には、だれも真っ向から反駁できない。「そのとおり、でも今回だけは信じてやらせてみるしかない」としか言えない。いくら信用できなくても、あと30年かかるという廃炉作業を担うのは東電以外に誰がいるのだ?

もっとも、おそらく半年もすればほとんどの日本国民はこの話を忘れているだろう。処理水放出のニュースが突然大きく報道されるまで、ここ数年は原発事故のことなど、地元民以外にとっては忘却の彼方だったのだ。だから関係者のみなさん、淡々と進めてください。

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