「若さ」という価値
先日私はこんな記事を書いた。
「若さ」という肩書におんぶにだっこじゃいけなくて。
いつかその肩書が外れた時に、❝自分はこういう人間だ❞と胸を張って言えるようなものを、今のうちから準備しておかんとな、という記事。
今日はまたちょっと別の角度から「若さ」について考えた記事だ。
まるで先日書いた記事に反抗しているかのようなタイトルになってしまった(笑)
先日就労支援を利用しているご利用者様の帰りの送迎をしていた。帰りの車内ではたわいもない雑談もする。その時間もコミュニケーションの練習になったりもする。
ある方からこんな質問があった。
「25歳の年ですよ!」
30代って言われたのは初めてで、ちょっと嬉しかった(笑)
あんまり上で見られたことはないから。というのはどうでもよくて。
「若いっていいですね~!」という言葉にハッとした自分がいた。
その方は50代の方で、何度も何度も「若いっていいですね~!」と言っていた。その方を送り届けた後にも、頭の中には「若いっていいですね~!」という言葉が反芻している。
(自分はその「若さ」にどれだけの価値を感じられているんだろう)
ハッキリ言って価値を感じられていないんだと思う。
だって自分が想像している「若さ」の良さより、その時代を経験して今がある、その発言をされた方の方がよっぽど「若さ」の良さを分かってる。
「若さに胡坐をかいちゃいけない」みたいな大人ぶったことを書いているけど、そもそも若さを生かしきれていないじゃないかって。
休日があったら体を休めることを優先したり、自分のまだまだ浅い経験の中から毎日言葉を紡ごうとしたり、「自分はこの先どうなっていくんかな、やりたいこととかあんのかな」みたいなことを考えることもあったり。
いやいや、落ち着いている場合じゃないでしょ!って話だ。
「若いっていいですね~!」という言葉に、若さの「価値」を感じれていないだけでもう自分は若さを生かしきれていないということになる。
もっともっとガムシャラになろう。
あえて「落ちつかない」選択肢もとってみよう。
選ばなかった方を選んでみよう。
今は自分の価値観を広げる時期だ。
まだまだ固める時期なんかじゃない。
きっとこの言葉にハッとしたのは、
自分の中でもモヤモヤしている部分があったから。
このきっかけを逃しちゃいけない。
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