自己紹介②中学生

中学生でも野球を続けた。正直、シニアチームに入り、レベルの高い環境でやってみたい気持ちもあった。ただ「お金がないから無理だ」と言われた。素直に従った。今思うと本当にやりたかったら、何とか方法を探してやっていたのかもしれない。そのつもりはなくてもどこかで「どうせ無理だろうな」と逃げていたのだろう。ただこの頃は、経済面で自分の夢を諦めなきゃいけない人生なんだなと思った。

野球を部活動で頑張るとともに勉強も頑張った。頼りない父を傍らに祖父母からの期待は厚かった。「我が家の最後の希望だからな」。いつの間にか何のために勉強しているのか分からない自分がいた。ただ祖父母のためにという思いが私を突き動かしていた。まじめに授業受けて、テストで点とって、野球を頑張る。自分にとっては当たり前のことだったが、いつの間にか信頼が集まるようになった。そして生徒会長に推薦され、就任した。

生徒会長も私にとっていい経験だった。当初、推薦ということもあり、何とか期待に応えようと一人で頑張ってた印象がある。周りの役員との温度差を感じながらも「俺が頑張れば」という思いだった。そんな時、ある生徒会主催のイベントでトラブルが発生した。私の目の届かない範囲で、責任の所在も不明瞭だった。先生からもお叱りを受けた。ここで思った。自分はリーダーとして失格だったな、と。恐らく今までの自分の取り組みはただの自己満足だったのだろうと恥じた。そこから役員に「頼る」ことを始めた。しっかりと役割を与え、最後の責任は私がとる。役割を与えることで主体的に動いてくれ、私一人では思いつかなかった意見もバンバン出てくる。リーダーとしてあるべき姿を失敗と成功を通じて体感した。

高校進学。私には地元の県立進学校の道しかなかった。野球を極めるなら強豪私立という選択肢もあるのかもしれないが、私にはその選択肢すらなかった。ただ私はいかに前向きにとらえるか考えていた。「地元の仲間と強豪倒して甲子園行けたら最高じゃん」。

推薦で合格を決め、高校野球をイメージていた中で家族会議が行われた。「高校野球はお金がかかる。出来たら諦めてくれないか」。言われた瞬間は言葉が出なかった。でもすぐ答えた。「なんでも節約するから、野球だけは節約させてくれ」。正直、私にとって野球は一つのスポーツであり、かつアイデンティティであった。祖父母を喜ばせようと、期待に応えようと必死に頑張って欲に蓋をしてきた。本音も言えなかった。そんな中、唯一「自分」というものを出せたのが野球だった。その野球を失うと、自分はどうなってしまうのか想像できなかった。想像したくもなかった。野球部は入れるだけお金あるなら十分だろ、と思うかもしれない。確かにそうなのかもしれない。もっと辛い思いをしている人もたくさんいるはずだ。ただ精神的貧困には差はつけられないと私は思っている。

無事、高校でも野球を続けていいことが決まった。

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