見出し画像

東京の神社仏閣

3月にある「milet 5th anniversary live “GREEN LIGHTS”」に合わせて東京の観光をしようと思うのでメモ書き程度に…
(milet 5th anniversary live "GREEN LIGHTS"のチケット購入はコチラ⇩)

・明治神宮

明治神宮は、東京都渋谷区にある神社です。第122代天皇の明治天皇と昭憲皇太后を御祭神としています。
初詣では例年日本一の参拝者数となります。

明治神宮公式HPより「明治神宮とは」

東京の都心にどっしりと構える緑
人工林でできているとは思えない自然の中に厳かな雰囲気で佇んでいる神社です

去年、参拝したときには時間の関係上で短時間しか見れなかったので今回はしっかり見てみたいな

・日枝神社

当社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、さらに文明10年(1478)太田道灌公が江戸城内に鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。

やがて天正18年(1590)徳川家康公が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、又江戸市民からは「江戸郷の総氏神」「江戸の産神」として崇敬されました。

二代秀忠の時の江戸城大改造の際、城内紅葉山より新たに社地を江戸城外に定め、社殿を新築して遷祀されました。…

日枝神社公式HPより「日枝神社について」

この神社で祀られている大山咋神は、古事記によると日枝山(現:比叡山)に鎮座していると記述があります。

この神は「日吉大社(滋賀県)に祀られているのはもちろん、「上賀茂神社(京都府)」に祀られている賀茂別雷大神であるとされる記述もあります。

大学の近くにある神社とも関係があり、一度参拝しておきたいところ…

この大山咋神は名前の通り「山」の神であり、「農耕」の神です
今年1年を山のようにドシっと構えて過ごせるようになるために参拝したい

・浅草寺

浅草寺は、1400年近い歴史をもつ観音霊場である。寺伝によると、ご本尊がお姿を現されたのは、飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝であった。

宮戸川(今の隅田川)のほとりに住む檜前浜成・竹成兄弟が漁をしている最中、投網の中に一躰の像を発見した。仏像のことをよく知らなかった浜成・竹成兄弟は、像を水中に投じ、場所を変えて何度か網を打った。しかしそのたびに尊像が網にかかるばかりで、魚は捕れなかったので兄弟はこの尊像を持ち帰った。…

浅草寺公式HPより「浅草寺を知る」

浅草寺は仲見世通りがあってすごいにぎわっています。

人形焼き、せんべい、雷おこし…🤤
色々食べたいな

浅草寺の本堂はすごく厳かな雰囲気
過去には何度も災害や火事などで壊れても直されてきたその歴史について感じ取ろう…

・浅草神社

推古天皇の御代三十六年(六二八)三月十八日の春麗らかなる朝、漁師の檜前浜成・武成の兄弟が、浅草浦(現隅田川)で漁労に精を出していたところ、その日に限り一匹の魚も獲れず、投網に掛かるのはただ人形の尊像だけでした。しかしそれが観音像とは知らずに、幾度か海中に投げ入れ何度場所を変えても同じ事の繰り返しです。流石に兄弟は不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形から上陸し槐の木の切株に安置しました。そして当時郷土の文化人であった土師真中知にその日の出来事を語り一見を請うたところ、同氏は「これぞ聖観世音菩薩の仏像にして現世御利益仏たり、自らも帰依の念深き仏体である」と告げられました。…

浅草神社公式HPより「浅草神社について」

浅草寺の北東にある神社です
徳川3代将軍の家光のころに作った社殿が残っていて昔の様子を楽しめます

こっちも行ってみたいな

・増上寺

増上寺は、浄土宗の七大本山の一つです。
酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区平河町付近)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建され、関東における浄土宗教学の殿堂として宗門の発展に寄与してきました。

増上寺公式HPより「増上寺について」

徳川家康の頃に徳川の菩提寺となった増上寺には過去の将軍がたくさん眠っています
家康の墓は日光東照宮なんだけれども…
2代将軍秀忠などが眠っています

迫力のある寺の様子を見たい✨

・靖国神社


明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社しょうこんしゃに御親拝の折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊みたまを慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。

靖国神社公式HPより「靖国神社の由緒」

戊辰戦争以降の戦争によって亡くなった人の鎮魂のための神社としてほかの神社とは少し異なった意味合いを持ちます

全国にある護国神社と同様のものと言えるでしょう

今の日本ができる過程として亡くなっていったすべての人へ祈るためにも参拝したい

・東京大神宮

江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された当社は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至っております。

 現在広く行われている神前結婚式は、当社の創始によるものであり、今も神前において伝統的な結婚の儀式を守り伝えております。

東京大神宮公式HPより「東京大神宮の紹介」

この神宮で祀られている天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)は伊勢神宮にも祀られていて、日本人の総氏神(つまり、全国の神社が仰ぐ神様ということです)となっています

伊勢神宮は以前参拝したことがあるけれど、東京大神宮は全く知らなった…
縁結びなど様々な目的で訪れる人が多いらしい、、、

訪れてみたい

・寛永寺

寛永寺は天台宗の別格大本山のお寺です。

寛永2(1625)年に、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に、慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正によって建立されました。

寛永寺公式HPより「寛永寺について」

徳川家とずっと関わってきた天海が建立したんだ

天海と言えば、明智光秀説など色々な話が合って面白いから一度訪れてみたい

・築地本願寺

1617年に浅草近くに創建されましたが、1657年の「明暦の大火」とよばれる大火事で焼失してしまいます。その後、再建のため江戸幕府から与えられた土地が現在の場所ですが、当時は海上でした。そこで海を埋め立てて土地を築き本堂を建立したことが「築地」という名称の由来になっています。また1923年には関東大震災に伴う火災により再度本堂を焼失しましたが、1934年に再建し現在の本堂の姿となりました。

築地本願寺公式HPより「築地本願寺について」

まるで中世のアラブの宮殿かのような佇まいは一度見ておきたい

ステンドグラスが用いられた神社仏閣は去年訪れた金沢の尾山神社しか知らないなぁ


この記事が参加している募集

#スキしてみて

524,764件

#この街がすき

43,445件

よろしければお願いいたします。支援いただければ活動費として活用させていただきます!!