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押し入れ

昔,夏の間祖母の家に滞在していたことがある。
祖父母は小さなヨークシャーテリアと暮らしており,祖母はその犬を溺愛していた。
小型犬には珍しく,あまり吠えることのない犬で
足の不自由であった祖母の膝の上で良く寝ていた。

その頃の祖父は片頭痛が時々悪化して寝込むこともあった。
また,日に数回風呂に入るなど,少し変わった生活をしていた。
認知症の初期症状だったのだろう。
昼寝から起きるたび風呂に入りたがるため,お湯は常に沸かしていたがそれ以外には特に何の支障もなかった。


祖父は寝室の押し入れをしばしば気にしていた。
押し入れは寝室の奥にあり,普段使用しない客用の布団が入れられていた。
何の変哲もない押し入れであったが,祖父は時々ふすまをあけ,
とくと中を眺めていた。


そんなある日,めったにほえない犬がその押し入れの前で激しくほえたてていた。

耳を伏せ,何かをまっすぐに見据え,小さな体で懸命に威嚇している。

必死な鳴き声に様子を見に行ったのだが,そこには特に何もない。

あまりになくので,昼寝をしていた祖父が部屋をのぞき,面倒くさそうに
ばあさんのしまった生首が転がっているから犬が怒ってるじゃないか
とつぶやいた。

当然そこには何もなく,祖母は生首などしまっていない!と反論するのだが,犬が吠え立てる先を指さして,
だってあれがあるから犬が吠えているんだろう?
と困惑顔で再びつぶやいた。

とりあえず,一晩酒と塩でも置いておけ
と祖父がいうのでコップに日本酒を注ぎ,おいておいた。


私にも祖母にもそこは何の変哲もない押し入れにしか見えなかったのだが
一体祖父と犬は何をみたのだろう?

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