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もう戻ってきたのかい?

大学生のころ,休みのたび,一人で特に予定も決めずに海外に行っていた。


その頃はまだスマホも今のように一般的ではなく
バックパッカーにとっては情報収集はもっぱらガイドブックや掲示板
という時代で
その日に泊まる宿もガイドブックやタクシーの運転手などに聞いて決める,という旅行スタイルが一般的だった。


そのときも大学の中にある小さな旅行社で
その時期にお勧めの旅行先を教えてもらい
予算をベースにスリランカに行くことが決まった。
航空券を買った足で書店に立ち寄り,地球の歩き方を入手し
講義の合間にガイドブックに目を通した。

出発が2日後だったことから空港から向かう初日の宿の目安だけつけたが
学生バックパッカーが泊まる宿である。
20年近く前のことであるので電話番号はあれど,HPなどもなく,予約はできない。
空港からタクシーでそのまま向かう予定であったため
満室だった場合に備えて,周辺で第三希望までホテルをリストアップする。

胃腸薬や体調不良時に食べられそうな簡単なものなど,あわただしく買いに行き,荷造りをしてはじめてのスリランカに旅立った。

どことなくスパイスの香りの漂う空港に無事到着し
客を待つタクシーをつかまえ,メモしておいたホテルに向かう。
無事にフロントでチェックイン。
荷物をもち,フロント係の人に伴われて部屋に向かう途中で
別の従業員(以降,A)と廊下ですれ違い
「あれ!?おまえ,もう戻ってきたのか!」
と突然に声をかけられた。

…戻ってくるも何も,先ほど空港に到着し,
はじめてスリランカに降り立ったところである。

困惑した顔をする私に畳みかけるようにAは話を続ける。
「なんだよ,お前冷たいな。
俺,Aだよ。もう忘れちゃったのかよ。

お前が2週間前に日本に帰るというから
ジュースをサービスしてやったじゃないか。
また戻ってくるって言ってたけど,もう戻ってきたんだなあ!」


私はAにその日に初めてスリランカに来たこと,
ここのホテルは初めてであることを告げたのだが
Aは
「そんなこといって俺をだまそうとしているんだろ?
お前,Spoonだろ?
なんでそんなこというんだよ」
とまったく取り合わない。

ぽかんとする私を横目にAはあきれたような顔をし,
そのまま忙しそうに仕事に戻っていった。


私とフロント係はチェックイン後すぐに上階に移動してきたのだが
その時フロントにはほかの人はいなかった。
フロント係が内線などでどこかに連絡をしていた覚えもない。


Aは上階から降りてくるところであり
フロントの宿泊名簿にはまだ目を通していないはずであった。

なぜAは私の名前を知っていたのだろう?



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