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今月読んで面白かった本【2022年3月】

昨日のnote「動作としての『読む』と『走る』」でも触れたように、今月は月の途中でポーカーを休止したことで、かなりインテンシブに読書に時間を充てることができた。そのため33冊ほどの本を読んだので、そのなかから、今回はいつもよりやや多い10冊の本をピックアップして紹介したい。

なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない(東畑開人)

東畑さんの本を読むのは、自分自身がやや鬱気味で不調だった際に読んだ『野の医者は笑う: 心の治療とは何か?』以来。『野の医者』では、社会に数多散らばった“心を治療する者”たちを東畑さんが訪ね歩いて、精神世界の奥深さを探る医療人類学的な旅の本だった。

今回の新刊は読書というより、本当に臨床カウンセリングを受けたかのような衝撃。ちょっと圧倒的だった。心に補助線を引いていく、未知の体験。過去に傷つけてしまった人と、記憶のなかで、逃げずに向き合わざるを得なかった。複雑な人生を、複雑なまま生きることへの勇気をくれる。

本のライティングスタイルひとつとっても、『嫌われる勇気』の哲学者と青年との対話とは別境地の、読む人が小舟で大海を旅するスタイル。あとがきで書かれていたように、書き上げるのに相当な苦労があったことがうかがえる。

現代思想入門(千葉雅也)

新書を読んで、ここまで感動したのは久しぶりかも。千葉雅也さんの著作はほぼ全て読んでる。哲学とか思想、ひいては人文学を学ぶ意味ってなんだっけ、とずっと言語化できずにいた。けれど、帯にある「人生が変わる哲学」は誇張じゃない。物事の捉え方、言葉によって人生を切り拓く術、その思考のきっかけがこの本には詰まってる。

入門書としての造りのクオリティに感動さえ覚える。「入門書の入門書」と前提を置くのは入門書を書く人にとってお手本となる態度だし、明確に範囲や定義を自分の言葉で画定させることで読者を迷わせない。硬柔のバランスも絶妙。グイグイ読んじゃう。

ベンチャー・キャピタリスト 世界を動かす最強の「キングメーカー」たち(後藤直義、フィル・ウィックハム)

もう最強に面白かった。世界が、未来が、どうやってできているのかその最前線の秘密のレシピが凝縮されている。作り上げた著者の情熱と執念に拍手。いかに日本がそのゲームから取り残されているのかという絶望もあるし、富が偏在的に一部のグループで再生産されているのかを批判的に読み解く必要もあるけれど。

ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史(ニコラス・クリスタキス)

本の要旨としては去年の年間読書のトップにも選んだルドガー・ブレグマンの『Humankind 希望の歴史』と同じで、人間の“善性”を浮かび上がらせるものなのだけれど、本著の方が事例や例証の学際性が高く、進化生物学の知見がふんだんに詰め込まれている。その分、読書の質もどうしても重くなる。人間社会と動物社会の驚くべき共通点がいくつも紹介されている。

その意味で、ドーキンスの『利己的な遺伝子』くらいは読んでおいた方がいい気もしつつ、これも重いので、まずは入門の入門として読み物としても楽しい高橋祥子さんの『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』あたりからお薦めしたい。

クララとお日さま(カズオ・イシグロ)

カズオ・イシグロ作品はなぜかいつも、“懐かしい未来”を感じさせる読後感がある。平野啓一郎さんの『本心』と同じく、主題になるのが人型のAIと人間との共存。だけど、光を当てる角度が両作品で異なる。存在した人をAI化するのか、そもそも人格的なスペックを持ったAIが人間に寄り添えるのか、救済する存在として社会に存在できるのか。その辺りを今作品は描く。

世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学(近内悠太)

想像と論理をパッチワーク的に繋いでいく記述スタイルが参考になったというか、自分好みで、楽しく読めた。リベラルアーツを学ぶことの真髄がこの本には詰まっていて、自分の不確かさや、歴史・社会・倫理との接合点を考えるきっかけを与えてくれる。読む人によって、受け取るメッセージが無限にある良書だと思った。

「“すべて”を語り合える友人がいない」というnoteの結部に、「分かり合えないは絶望でも、分かり合う過程は希望」と書いた。

それぞれが抱える矛盾を埋め合わせるために、その隙間を確認し合うために、人と人との新しい出会いはあるのではないか。

ぼくらは生まれ落ちた瞬間から被贈与者だ。親から命をもらう。成人になるまで庇護を受けながら、自分はただただ贈与を受け続ける存在であり続ける。親もまたその親によって、その贈与を受けてきた。ある意味、人類の始原から始まったこの贈与の無限連鎖が世界そのものである。

分かってもらえない寂しさ、分かり合える可能性が常に存在する希望。それぞれがうちに抱える矛盾や地獄を、「贈与」的な思考・態度なら癒せるかもしれない、とこの本が着想を与えてくれた。

“すべて”を語り合える友人がいない

顧客が熱狂するネット靴店 ザッポス伝説―アマゾンを震撼させたサービスはいかに生まれたか(トニー・シェイ)

全起業家というか、志の置き場所に悩むすべての人に薦めたい一冊。46歳の若さで急逝したトニー・シェイの自伝であり、急成長を志向するスタートアップに向けたビジネス書であり、幸福の意味を追い続けた一冊。これは数年おきに繰り返し読み返したい一冊だ。

モリー先生との火曜日(ミッチ・アルボム)

ALSに冒され余命わずかの先生の元を、今はスポーツライターをやっている昔の教え子が訪ねる。死のときまで、続けられたふたりの対話。生きる意味、人生で本当に大切なこと、誰かを愛すること、受け取るよりも与えること。シンプルすぎる真理に胸が打たれる。

この本を読んだことをきっかけに、「『死』について真正面から考えてみたいときに読む五冊の本」というnoteをまとめた。

「もし、申し分なく健康な一日があったとしたら何をしますか?」とミッチは尋ねる。すると、モリーは理想の一日として下記のような日を想像して聞かせる。

「そうだな……朝起きて、体操して、ロールパンと紅茶のおいしい朝食を食べて、水泳に行って、友だちをお昼に呼ぶ。一度に二、三人にして、みんなの家族のことや、問題を話し合いたいな。お互いどれほど大事な存在かを話すんだ。 それから木の繁った庭園に散歩に出かけるかな。その木の色や、鳥を眺め、もうずいぶん目にすることのできなかった自然を体の中に吸収する。 夜はみんなといっしょにレストランへ行こう。とびきりのパスタと、鴨と──私は鴨が好物でね。そのあとはダンスだ。そこにいるすてきなパートナー全員と、くたくたになるまで踊る。そしてうちへ帰って眠る。ぐっすりとね。」

ここで描写される一日は、長い人生のなかでハイライトになるような目立ったものでなく、むしろ平凡すぎる一日とさえいえるだろう。けれど、死を目前に控えたモリーが自然とこぼすから、その“何気なさ”にこそ“尊さ”は内包されているのだと教えてくれる。

サラバ(西加奈子)

「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ」ーー。

「世界を相対化する技術」というnoteに書いたコンセプト、人生=人の世界は「人・本・旅」により更新され、彫刻され、各々の意味を探す旅が進んでいく。それが『サラバ』ではそっくりそのまま壮大な物語へと昇華されていて息を飲んだ。

イランで生まれ、エジプトと関西で育った主人公は、自分の抗いがたい運命に飲み込まれそうになりながら、実際に飲み込まれながら、自分のアイデンティティを見つめ続けて人生を歩んでいく。

異国の地で目の当たりにする日本では考えられない風景、そこで出会う人、魂を共鳴させられることの悦び。親友が開いてくれたまだ見ぬ世界、音楽や小説。カルチャーに埋め込まれた、自分を発見する楽しさ。人と関係性を切り結ぶ過程で、向き合わざるを得ない希望と絶望。

人・本・旅。その出会いの繰り返しでしか、自分の人生を相対化したり、発見することはできない。ぼくが人生を通じて感じてきたこのループを、この小説は見事に、小説を全体を通して表現している。

サイコロジー・オブ・マネー――一生お金に困らない「富」のマインドセット(モーガン・ハウセル)

「10代で知りたかったお金の話を教えてくれる5冊」というnoteを書こうと思ったきっかけになった一冊。お金の動態や機制よりも、それを取り扱う、取り憑かれてしまう人間の方のマインドに本書は焦点を当てる。人間の不合理や矛盾の原因を“人生の一回性”と看破し、生きる上でのお金との向き合い方のヒントを与えてくれる。

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今回は10冊だけ紹介しましたが、今月読んだ本のリストは以下です。すべての本は読み終わったあとに、ツイッターブクログで一言の感想をつけてログを残しています。

千年の読書:人生を変える本との出会い(三砂慶明)
一人称単数(村上春樹)
現代病「集中できない」を知力に変える 読む力 最新スキル大全―脳が超スピード化し、しかもクリエイティブに動き出す!(佐々木俊尚)
三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾(近藤康太郎)
水中の哲学者たち(永井玲衣)
SHOE DOG(シュードッグ)―靴にすべてを。(フィル・ナイト)
普通のサラリーマン、ラジオパーソナリティになる~佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)2019-2021~(佐久間宣行)
家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった(岸田奈美)
メンタルダウンで地獄を見た元エリート幹部自衛官が語る この世を生き抜く最強の技術(わび)
投資家みたいに生きろ 将来の不安を打ち破る人生戦略(藤野英人)
ブラックボックス(砂川文次)
夜が明ける(西加奈子)
スモールワールズ(一穂ミチ)
南方熊楠 日本人の可能性の極限(唐澤太輔)
ストーリーメーカー 創作のための物語論(大塚英志)
TUGUMI(吉本ばなな)
編集とは何か。(奥野武範)
空気を読んではいけない(青木真也)
2020年6月30日にまたここで会おう 瀧本哲史伝説の東大講義(瀧本哲史)
億男(川村元気)
ユーチューバーが消滅する未来 2028年の世界を見抜く(岡田斗司夫)
世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考(深井龍之介)

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ケニアで無職、ギリギリの生活をしているので、頂いたサポートで本を買わせていただきます。もっとnote書きます。