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<ロダンの庭で> 邂逅(下)

高瀬川を眺めながらいつしか沈んでいた夢想から目覚めた私は、小川珈琲店をあとにした。

そうして、再び高瀬川を渡り、河原町通へ戻る。


私は世界中どこにいようとも、必ず訪れる場所がある。それは、本屋である。京都へ出かける時は、決まってジュンク堂と丸善書店を徘徊するのだが、昨日は一乗寺にある恵文社へ出かけた。

細見美術館で琳派展を楽しんだあと、近くのレストランでランチを堪能し、そのまま尽きぬ話で盛り上がりながら、徒歩で北上する。すると、いつのまにか叡電の出町柳駅に着いた。久しぶりに乗る叡電に、思わず心が躍った。

二つ駅を過ぎて、一乗寺で降りる。
そこから少し歩けば、もう恵文社の前である。


これは…
一歩足を踏み入れたら、二度と出られなくなる本屋だ。一目でそう思った。

dekoさんから素敵な本屋さんがあるので一緒に行きましょうと誘われて、なんとなく想像してはいたものの、こうして実物を目の前にすると、高ぶる気持ちが抑えられない。

案の定、そこには魔法のような世界が広がっていた。


< 写真は恵文社HPより >


私たちは水を得た魚のように、それぞれに店の中を回遊し、互いの手に『Monkey』という雑誌をお揃いで携え、それぞれに選んだ本の会計を済ませせると、ほくほくとして店を出た。

そこから鴨川沿いに下鴨を目指して歩く。相変わらず等間隔で河川敷に並んで座っているカップルを見ると、私はいつも等間隔で電線に止まっているカラスを思い出さずにはいられない。ソーシャルディスタンスは人にも鳥にも必要なのだ、そんな考えが頭をかすめた。


一夜明け、翌日は旧友と邂逅する予定だったので、約束の時間までの暇つぶしと称して本屋へ行くつもりでいた。

ところが、先ほど朝食を取りながらジュンク堂の開店時間を調べていると、2020年の2月に閉店していたことを知った。

なんと残念な話だろう。
京都へ来るたびに訪れていた馴染みの本屋。それがもう存在しないということに悲しみを隠せなかったが、どうしようもない。それでは丸善書店へ行こうと考え直して小川珈琲店を出たというわけである。

ところが…

BALビルの前には通りから仕切られた頑丈な鉄柵が立ちはだかり、よそよそしい冷たさを放っている。おまけに表にある館内案内には丸善書店の表示がない。まさか丸善書店も閉店したのか。 


私の懸念は、あとで単なる開店前に過ぎなかったことが判明して煙のように消滅したものの、その時はそうとは知らず、界隈を意味もなく周回しながら、待ち合わせの時間までどうやって過ごそうかと思案していた。

とりあえずトイレ休憩をとるつもりで、四条の高島屋に入り、エスカレーターをぼんやり上っていると、催事場でどうやら「きのこ展」というのをやっている。

面白そうなので行ってみた。
催事場は意外にも人が溢れており、観光地の京都にあって、なぜこれほど多くの人が朝からきのこに惹かれてやってきているのか、きのこの不思議な生態のようにそれは不思議な光景であったが、気が付けば私もきのこの世界に魅了されていた。

きのこのスケッチや、きのこのTシャツ、きのこのトートバッグにきのこの栽培キット。どこを見てもきのこだらけである。そして私はたけのこの里ではなく、きのこの山組だ。この辺りの好みは、真っ二つに分かれるところが面白い。

そうこうしているうちに待ち合わせの時間が迫り、後ろ髪をひかれながら旧友と会うために今朝がた通ってきた佛光寺の方へ向かった。


佛光寺のすぐ近くに、「唐丸」という京唐紙の店があり、工房で唐紙作りが体験できる。

私たちはハガキ作り体験コースを予約していた。もう一人、一人参加の女性がいて、私たちは三人でハガキ作りをすることになった。

初めに、唐紙についてのVTRを視聴したあと、女性の職人さんから作業の手順を教わった。

9枚の板木から好きな文様を4枚選ぶことができる。美しい和名のついた紙の色は十色以上。顔料の赤、青、黄の三原色に雲母キラと呼ばれる絵具を混ぜて光沢を出す。三色の顔料の配合する量によって出来上がりの絵具の色が変わる。

面白いことに三者三様、配合した絵具の色合いが異なっている。私と友人は、その初対面の女性とも昔からの友人であるかのように、絵具を交換したり、互いに作品を見せ合ったりしながら、作品作りを楽しんだ。友人も女性もなかなか手先が器用で、出来上がったハガキは使うのがもったいないくらい良い出来栄えであった。


<中央の龍柄は後日お店から届いた年賀状 栞はおまけ>


ハガキ作りを終えた私たちは、店内に飾られたパネルやランプシェードなどに見惚れながら、何を買おうかとあれこれ物色していた。

友人はどうやら龍のスタンプが気に入ったようで、先ほどからしきりに眺めている。

「来年は辰年やな」
「かわいいけど、十二年に一遍しか使えへんよ」
「せやなぁ」

そう小さく唸った友人から、年始に龍のスタンプが押された年賀状が届いた。


また十二年後も、このスタンプ押してな。
そう心に願いながら、新しい年は始まった。






<ロダンの庭で>シリーズ(2)

※このシリーズの過去記事はこちら↓



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