語学の散歩道#21 ボレロを踊る
フランスの作曲家、モーリス・ラヴェルによるバレエ音楽『ボレロ』。
1928年に作曲され、「世界一長いクレッシェンド曲」と評された名曲である。
この曲で最も驚嘆すべきはスネアドラムではないだろうか。コピー&ペーストだけで何小節も書けてしまう楽譜。演奏の途中で少しでも気が散ろうものなら、音符の海に難破するのは間違いない。恐るべし、パーカッション奏者の集中力。
ところで、『ボレロ』は三拍子の曲である。
単調な旋律とリズムが醸し出す麻薬的な音楽から、『テイク・ファイブ』や『ミッション・インポッシブル』のテーマのような変拍子(いずれも四分の五拍子)の曲だと勝手に決めつけていた。
ところが、実際に楽譜を見てみると、ワルツと同じ三拍子の曲だった。軽快に踊るワルツの三拍子に比べ、まるで王様の行進にも聞こえるボレロの三拍子。同じ三拍子のリズムでもずいぶんと印象が異なるものである。
五拍子ついでに例をあげると、Stingの『Seven Days』という曲がある。
ただでさえ不安定に聞こえる五拍子の音楽に歌詞までついているのだから、さらに不安定さが増しそうだが、全く違和感が感じられないのはStingマジックとでもいうべきか。
私は楽器を習ったことはあるが、あまり真面目に取り組まなかったので楽典がよくわからない。
けれども、いざ変拍子の曲を演奏するとなると、楽譜を見ただけでリズムをとるのが難しいことはわかる。とくに、テイク・ファイブのように変拍子に加えてシンコペーションが入る曲を初見で演奏するのは容易ではない。
一方、単純拍子は安定感があり、なかでも三拍子は抜群に安定している。
そもそも「三」という数字は、バランスが良い。
三角形、三点倒立、三脚、三位一体、三権分立など例を挙げればキリがないが、「三」が持つ偉大な力は、ピラミッドにも現れている。
さて、音楽にもリズムがあるように、言葉にもリズムがある。当たり前だと言われそうだが、詩や短歌のような韻文ならばともかく、普段文章を書く場合に、リズムを意識して書いている方はどれぐらいおられるだろうか。
実は、The Rule of Three(三の法則)と呼ばれる法則がある。これは、課題や要約、対策などをまとめるときの一つのポイントになる。
では、なぜこの法則がポイントになるのかというと、以下の記事を参考にしていただきたい。
要約すると、「出来事や登場人物などの実体数において、三という数は他の数に比べて簡潔さとリズム感を兼ね備えており、この形式の文章を読む読者は、それによって伝えられた情報を記憶しやすくなる」ということらしい。
この原則を教えてくれたのは、当時私の英作文の添削をしてくれたイギリス人の先生だった。
英語エッセイを書き始めた当初は、英語らしい表現で書くことに注力していたのだが、あるとき、
「The Rule of Three という法則を知ってる?」
と尋ねられた。
そういえば、中学の英語の授業で、接続詞and の使い方として、A、B and C のように、事例を列挙する場合は最後の二つをand でつなぐのだと習った記憶がある。
事例を並列する際にThe Rule of Three という法則を使うと効果的な文章になる、と今回教えてもらったわけだ。
自分の文章のリズムは何度も音読をして確認しているが、考えてみれば、日本語でも外国語でも「三」という数字を意識して書いたことはほとんどなかった。むしろ、正確さを期す意味で、思いつく限りの事例をあげていたように思う。
フランス語では列挙のことをrémunération というが、先日フランス語の先生に尋ねてみたところ、やはりフランス語でも「三の法則」が使われるとのことだった。概してフランス文学には一文が長いものが多く、主語と述語の関係を読み解くにも苦労をするのだが、この原則に沿って読むと多少は読みやすくなる。
コレットの『La Chatte(牝猫)』を例にとると
Il (=Alain) chercha des yeux la chatte et s’arracha de son fauteuil, épaule après épaule, et les reins ensuite, et enfin le séant, et descendit mollement les cinq marches du perron.
フランス語のet は英語のand に相当する接続詞だが、文中にはet が四箇所ある。では、事例が四つ列挙されているのかというと、そうではない。「三の法則」による並列は太字部分の肩、腰、尻である。
さらにもう一つ、この文章では①目で探した、②安楽椅子から引き離し、③ゆっくりとおりたという動作もまた「三の法則」に倣って並列されている。
もう一つ例をあげると、
とくに和訳は必要ないので省略するが、pour 以下が並列になっており、最後の一つがet でつないである。ここにもやはり「三の法則」が見られる。
もっとも、A and B, C and D、あるいはA, B, C and D という表現もあるから、あらゆるものが「三の法則」に従うわけではない。
短篇の名手であるサマセット・モームの『Rain』という作品に、次のような箇所がある。
… he (=Dr Macphail) was a man of forty, thin, with a pinched face, precise and rather pedantic…
短い単語(あるいは文節)であれば、上記のように四つ以上のフレーズを並べてもうるさい感じはしないが、先ほどの『牝猫』のような少し長めの文章だと、「三の法則」に従う方がバランスがよい。
このほか、標語やスローガンなどにおいても「三の法則」を見ることができる。
Liberté, égalité, fraternité 自由 平等 博愛
こちらは、ご存じフランス共和国の標語である。
つまり、「三の法則」とはライティングにおける一つのテクニックである。
このとき以来、私は「三の法則」を意識して文章を書くことにした。
上の記事から「三の法則」に該当するところを抜粋。
Olives、grapes、potatoes、という三つの単語を三回繰り返して書いたのだが、実をいうと、私が書いた原文では、
となっていた。それをイギリス人の先生が、
「面白いね。でも、こういうのはどう?」
と言って、最後の箇所にcow 牛という単語を挿入したのである。
ここにみられるユーモアは私たち日本人にも理解できる。とはいえ、この文章をどんな日本語にするかという話になると、案外に難しい。考え抜いた末、以下のように訳出した。
三つ目にオチを入れるという手法は、コメディーでよく使われる手法だそうで、これも前掲のWikipediaの記事に記載がある。
なるほど。
華麗なる三拍子のステップを踏んで、言葉のボレロを踊ってみてはいかがだろう。
アン、ドゥ、トロヮ!
<語学の散歩道>シリーズ(21)
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