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【創作童話】こぞうと将軍 〈其ノ三の二〉

<前回までのお話>
こぞうと将軍
こぞうと将軍<其ノ二>
こぞうと将軍<其ノ二の二>
こぞうと将軍<其ノ二の三>
こぞうと将軍<其ノ三>

* * *


さて、先を行く武蔵丸のあとについて、太郎と次郎と三郎の三人は、やがて隣府の町外れまでやってきました。

三人は旅人を装い、しばらく町をぶらぶらと歩いておりました。
するとそのとき、耳をピンと立てた武蔵丸が急に駆け出しました。
「おい、武蔵丸!どこへいく?」
太郎たちが慌てて追いかけると、城の裏手にある牢屋の脇へ出ました。
「なるほど。きっとこぞうはここに閉じ込められているのだな」
太郎はそう言いながら、さらに駆けていこうとする武蔵丸の首を押さえました。
「だめだ、武蔵丸。今は門番がいる」
声を落として囁くと、武蔵丸は低く悲しそうに鳴きました。

「さて、どうしたものだろう? あの牢を破るのはちとばかし難しいぞ」
門番が二人に、見回りが一人。牢の入り口では、頑丈な扉がしっかりと口を閉ざしています。
「きっと中にもまだ見張りがいるに違いない」
三人が途方に暮れていると、次郎の右の頬を舐めるものがおりました。
「うわ、誰だお前は!」

驚いた次郎が振り向くと、そこには真っ白な尻尾を左右に大きく振っている蘭丸の姿がありました。
「おや? 蘭丸が首から何か下げているよ」
三郎が首に結えられた小さな風呂敷包みを解いて広げると、中から布にくるんだ枯草が一束と手紙が二通出てきました。

それは、善次郎からの手紙でした。
三人は顔を見合わせながら、手紙を読みました。
「なるほど。さすが善次郎さまじゃ。手回しがよいの」
「よし、ここは一旦引き上げじゃ。闇を待とう」
「ではそれまでの間、市中見物といこうじゃないか」

こうして三人は、二匹の犬と連れ立って町へ出かけました。


一方、牢では先ほどから灰汁太郎と役人らしき男が、こぞうにウルエスの調合法を問い詰めておりました。

「おい、こぞう。いい加減にしないか。このまま口を割らなければ、明日には処刑だぞ!」
灰汁太郎が声を荒げると、こぞうはすかさず、
「私が処刑されれば、ウルエスの調合法は永遠にわからなくなるだけだ」
と、やり返しました。
「むむ… おのれ、こぞうの分際で」
「灰汁太郎どの、ちょっと」
側にいた役人は灰汁太郎の肩を叩くと、そっと通路の奥の方へ連れて行きました。

「灰汁太郎どの、くれぐれも手荒なことをしてはならぬとの命令じゃ。あまり乱暴なことはせんでくれ」
「しかし、このままでは…」
「何かこぞうに弱点はないのか?」
「ううむ…」
灰汁太郎はしばらく首をひねっておりましたが、ぽんと膝をたたくと、
「そうだ!こぞうの知り合いで茶屋娘の花という者がおります。この者をエサに使ってはいかがでしょう?」
「なるほど」
灰汁太郎が役人に耳打ちをすると、役人はさっそく牢を出てどこかへ行ってしまいました。そうして、自分はこぞうの所に取って返しました。


「さて、こぞう。好きなだけ黙っているがいい。明日にはお前の代わりに茶屋のお花が処刑されることになるのだからな」
「なんだって!お花ちゃんが?」
「そうさ。お前の強情のためにかわいそうなことだよ」
こぞうは青くなりながら、
「それが本当なら、お花ちゃんをここへ連れて来るがいい」
と、言い返しました。
「いま、お役人たちが村に向かっているところさ。まあ、明日の朝までじっくり考えることだ」
そう言うと、灰汁太郎はこぞうを残して去って行きました。


牢に一人残されたこぞうは、腕を組んで考えはじめました。先ほどまでの灰汁太郎たちの話からすると、ここは隣府の牢の中のようです。
「ウルエスの調合法が知りたいのだとすると、あの調合書は灰汁太郎の手元にはないということか」

こぞうは独りごちました。



やがて辺りは闇に包まれ、牢には松明が灯されました。
春とはいえ、外はまだ薄ら寒く、牢内はさらに冷え込みました。こぞうは壁にある小さな窓から外の様子を眺めておりました。

そのときです。
こぞうの顔に小さな石が飛んできました。
「痛い!」
こぞうが小さく叫んでもう一度外を見やると、塀の向こうの暗がりに、なにやら人の顔のようなものが見えます。目を凝らすと、どうやらそれは太郎のようでした。
「なんと、太郎さんたちがここへ!」
太郎は、手真似で少し下がれと言っています。
そこで、こぞうが牢の壁に身を寄せると、小窓から紙礫かみつぶてが飛び込んできました。広げてみると、善次郎からの手紙でした。
こぞうは手紙を読み終えると、門番に気づかれないようそっと小窓へ忍び寄り、外にいる太郎たちに合図を送りました。


細い月が、西の空へやや傾いた頃。

急に牢の周りが、春靄はるもやに包まれるように白く濁りはじめたかと思うと、あっという間に牢番三人の膝が崩れ、入り口の扉にもたれてすやすやと眠り始めました。
「今だ!急げ!」
太郎が低く囁き、牢の前まで駆け出しました。次郎は門番の袂から素早く鍵を抜き取ると、こぞうの牢部屋を目掛けて一目散に走りました。そして、帯を解いて二重に口の周りに巻きつけているこぞうを連れ出すと、太郎とともに裏の林へと逃げました。そこには武蔵丸と蘭丸を抱いた三郎が待っていました。
「さあ、急ぐぞ!」
こぞうが帯を締め直すのを待って皆が走り出すと、後ろの方で呼子の鳴る音が聞こえます。

「しまった!勘づかれたぞ!急げ、走るんだ!」

ところが、なにぶんこぞうは走るのに慣れていないため、まもなく息を切らし始めました。これ以上は走れないとこぞうが諦めかけたそのとき、一同は二又に分かれた道へ出ました。見ると、左の道には『進むな、危険』と書いてある立札があります。
三人が右の道へ行こうとすると、次郎が呼び止めました。
「待て!ワシに妙案がある」
そして、こぞうの方を振り返って言いました。
「お前の草履を貸せ」

こぞうは言われるままに草履を脱ぎ、次郎に渡しました。
「太郎、こぞうを背負って右の道を進んでくれ。ワシは後から追いかける」
次郎はそう言うと、道の真ん中にあった木にするすると登り、枝から枝へと、まるで猿のように飛び移って左の道の先へ消えていきました。

太郎は言われたとおりにこぞうを背負うと、三郎と武蔵丸、そして蘭丸を率いて右の道へと歩きはじめました。

しばらくして、次郎がようやく追いつきました。「なあに、ちょいとばかりお前の草履を履いて後ろ向きに足跡をつけておいたのさ」
と、片目をつぶってみせました。
こぞうが草履を履いたとき、遠くの方で一番鶏が鳴きました。東の空が少しずつ白みはじめています。
「急ぐぞ!」
四人は再び走り出しました。


一方、隣府では、たまたま通りかかった酔っぱらいの男が牢の前に迷い込み、人が倒れているのを見つけました。
「おや、お前さんたちも酒かい?」

それじゃあ、一緒に仲良く飲もうじゃないかと、一人で大声をあげて騒いでいるところへ役人が駆けつけました。役人は、牢番が三人とも眠り込み、入り口の扉が開いているのに気がつきました。

「何だ、この臭いは?」
役人は着物の袂で鼻を抑えながら牢の奥へと入っていきました。
「やや!なんと!」

なんとこぞうの牢部屋の戸は大きく開け放たれ、中はすっかりもぬけの殻になっておりました。
役人は大慌てで外へ飛び出ると、すぐに呼子を鳴らしました。
「こぞうが逃げたぞ!皆の者、であえ!であえ!」


すると、城の裏手の兵舎から番兵たちが次々に飛び出してきました。そのときです。牢の周りに集まった番兵たちの後ろで、
「牢に近づいてはなりませぬ!催眠草が!」
と、叫ぶ声がしました。役人が振り向くと、灰汁太郎が袂で口を抑えながら立っております。
「催眠草だと?」
「さようです。おそらくロウトウ*を使ったものかと」
「ロウトウ?」
「はい。わが国には自生しておらぬのですが、薬草園でこぞうが毒捜研のために栽培をしておりました。猛毒で、食せば激しい食中毒や幻覚を引き起こします。おそらく乾燥させたロウトウを燃やし、煙を吸わせて催眠効果が出るのをねらったのでしょう」
「ううむ…。ということは、お前の城主が背後におるのやもしれぬな」
役人が灰汁太郎の方を見ると、灰汁太郎は露骨に嫌な顔をして、
「急いだほうがよいでしょう。ことがやっかいになる前に」
「そうだな。皆の者、急いでこぞうを捕まえるのじゃ!」

番兵たちは、役人のひと声で一斉に城の外へ駆けていきました。


しばらくすると、二又の道へ出ました。右の道には『進むな、危険』という立札があります。
それを見た番兵の一人が言いました。
「左の道を行けば底なし沼があるはずだが」
「さては立札を間違えたか」
誰かが言いました。

「見ろ、左の道に草履の跡があるぞ!」
別の誰かが言いました。
皆は草履の足跡を踏まぬように道の端を歩きながら、底なし沼の淵までやって来ました。
足跡は、沼の淵で消えています。

「こぞうは沼に落ちたか」
誰かが言いました。
「かわいそうにな」
また別の誰かが言いました。
番兵たちはこぞうの運命を憐みながら、すごすごと隣府の城へ帰っていきました。その様子を林の中から見ていた男がおりました。

「ちがうな」
男は低くつぶやきくと、先ほどの二又の道へ戻って立札の跡を確かめました。
「やはりな。甘いぞ。私の目はごまかせぬ」
男の目が鋭く光り、そしてすぐに右の道を走りはじめました。


「ま、待ってくれ!もうこれ以上は走れん」
こぞうはとうとう道に座り込んでしまいました。
「がんばれ、こぞう、村まではあと少しじゃ!」
「も、もう、無理だ」
「情けないやつだ。日頃から花ばかり眺めておるからいかんのじゃ。ひとまず林の奥へ隠れよう」
追っ手が来るのを恐れた太郎たちは、こぞうを抱えるようにして林の中に隠れました。
「私たちの居場所を将軍に知らせた方がいい」
こぞうは袂から小さな木炭と紙を取り出すと、書き付けをして紙縒こよりに縒ったものを蘭丸の首に結えました。
「頼んだぞ、蘭丸」
蘭丸は、力強くひと声鳴くと、城へ向かって駆けて行きました。


「なるほど。そこだな」
犬の声を聞きつけた男は、道を右に折れて林の中へと入っていきました。

こぞうたちが息を潜めて隠れていると、背後から声がしました。
「見つけたぞ、こぞう」


四人が振り返ると、背が高く、切れ長の目をした浪人風情の男が刀を手にして立っておりました。

「やや!お前は誰だ?」

すると、男は静かに言いました。


「私の名は、佐々矢木ささやき小次郎*である」


<作者註>
*ロウトウ:ナス科のヒヨスのこと。スコポラミンやアトロピンを含み、服用すると幻覚症状や錯乱、眠気や言語障害を引き起こす。毒性植物のため民間での栽培・使用ともに不可。スコポラミンはフランスの人気ドラマ『アストリッドとラファエル 文書係の事件簿』、『バルタザール法医学者捜査ファイル』にも登場しましたが、本作はこれらのドラマとは関係ございません。
*佐々矢木小次郎:佐々木小次郎とは関係ございません。


ー つづく ー


次回の更新は、12/12(火)の予定です。


※このお話が埋まっている小さな沼はこちら↓




 


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