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SINIC理論の定義する社会と人間工学への期待

こんにちは、ロイです。先週から人間工学についてのノートを書かせていただいていますが、わずかながらリアクションを頂いており大変励みになります。この場を借りてお礼申し上げます。
さて、前々回は実例前回は社会心理学を交えながら人間工学が身の回りのどのような形で具現化しているのか、またその関連でどのような作用が見えているのかに少し触れました。これは少しミクロ的な視点で少し具体的な場面をイメージした解説をしておりました。
一方で人間工学自体には歴史があり時代の変遷とともに求められる役割も異なってきていると認識しています。工業の時代には機械操作におけるエルゴノミクスが追求されましたし、コンピュータの時代にはコンピュータとのインタラクションがテーマとなりました。今回は、この時代や社会という大きな流れの中で人間工学がどのようなテーマを持ち、どのようなことを実現してきたか、簡単に整理してみます。


未来の羅針盤、SINIC理論

さて、皆さんはSINIC理論をご存知でしょうか。SINICとは「Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution」つまり、新しい科学が新しい技術を生み、それが社会へのインパクトとなって社会の変貌を促すという理論で、メーカーのオムロンの創業者である立石氏らが提唱した未来予測の概念です。この理論は1970年の国際未来会議で発表された理論であり、スマートフォンはもちろん、インターネットがが生まれる前に作られたものであるにも関わらず現代に至るまでの大きな潮流をすべて予測的中されています。
以下の画像が有名ですが、原始社会から現代(最適化社会)までの流れを科学・社会・技術の三すくみによって影響を考え理論化しています。

SINIC理論
https://sinic.media/about/

今回はSINIC理論の解説記事ではありませんので詳細を割愛しますが、この理論の中で提唱される自動化社会、情報化社会、最適化社会、自律社会について人間工学でどのようなものが求められてきたかを整理します。

自動化社会(1945~1973年)

年代範囲をみて分かる通り、戦後日本が経済復興を目指す時代です。この時代が自動化社会である言われは次のエピソードがわかりやすいでしょう。こちらは解説しているサイトからの引用です。

自動化社会の構想を基に、1963年に自動食券販売機を開発して大丸百貨店京都店に納入、1964年には信号機を開発して京都・河原町三条交差点で導入実験に成功、1967年には阪急電鉄の北千里駅にて自動改札機の導入に成功、1971年には三菱銀行本店で世界初のオンライン・キャッシュ・ディスペンサーを稼働させるなど、人が行わなくても済む自動化のための新たな事業を様々な社会領域で生み出してきました。

事業構想:https://www.projectdesign.jp/201904/future-social-design/006212.php

オムロンと聞くと多くの人は「体温計」「体重計」をイメージしがちですが、実はこのような社会に影響を与えるものづくりをしてきた歴史があります。

前例のないものを人が扱うための支援

ここからは私の想像も織り交ぜながら少し考えを深めます。食券販売機にせよ、信号機にせよ改札機にせよ、全国民に取扱説明書が配布され、全員が均等に理解できるわけではありません。もちろん利用者の慣れという部分もありますが人間が使うことに難解で負担のあるものであったならば、きっと従来通り口頭で注文するオペレーションが採用されたことでしょう。そうならなかった背景には、人間工学的な視点があったものと思われます。つまり人間が特別な訓練を受けなくてもある程度の経験則によって利用しやすい体験設計が考えられていたのではないかと思います。当時の文献を遡り調べることができるのだとすれば、きっとそこには「自動化の効果を最大化するために、人の負担を減らすための検討が重要だ」と書かれていたことでしょう。
自動化社会は多くの人が初めて機械による自動処理に触れ、同時に人間が生活に機械を受け入れた時代、その背景には人間が受け入れられるための光学的検討があったのだと思います。
なお時代背景としてちょうどテレビが普及し視覚的に情報が得られるようになった時代でもありましたから、そういった部分で体験共有を受ける場面はあったのかもしれませんね。

情報化社会(1974~2004年)

さて、この時代は私も育ってきた時代ですからよくわかります。機械がコンピュータ処理に置き換わりインターネット文化が開花した時代です。この時代について、オムロンの資料には次のように書かれています。

1940年代に勃興した総合科学であるサイバネティックスやコンピュータ科学の発展が、新しい電子制御技術、プログラミングなどの種(シーズ)となり、パーソナルコンピューターやインターネットの普及を通じて、情報化社会が実現しました。一方、情報化社会が発達し、より多くのデータを正確に素早く分析・解析したいという社会の必要性(ニーズ)が、CPUやGPUなどの処理装置の性能を向上させ、ディープラーニングなどの人工知能(AI)技術の進化を促し、脳科学や認知科学の新たな展開を刺激していることも挙げられます。

https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar22j/OMRON_Integrated_Report_2022_jp_03.pdf

これを読まれている方の中にはAIが登場したのはごく最近のことではないのかと感じられる方もお見えでしょうけれど、これは研究と社会との時間差によるものと考えています。例えばARという技術はすでに2012年には登場していましたが、実際に私達が価値を感じ始めたのはその5年後あたりのことだったと記憶しています。AIも同様で研究ではかなり前から取り組みがされていました。

コンピュータの時代における人間工学

察しの良い方はお気づきかもしれませんが、人間が操作するものがパーソナルコンピュータになったことで、人間は機械と対話するためにディスプレイを見て、キーボードとマウスの入力デバイスをつかってコミュニケーションを取るようになりましたね。当然のことを言いますが、コンピュータごとに入力デバイスが大きく異なっていては操作できる人が育ちませんし、何よりミスのもとです。WindowsユーザーがMacをつかって誤操作してしまうのと同じようなことが発生します。したがって、この時代に求められた人間工学はHCI(Human Computer Interaction)の領域だといえるでしょう。実際キーボードはJIS規格で配列が決まっていますし、CtrlやFnなどの周辺キーの配列は多少違えどもノートパソコンもほぼ同じ操作ができます。
そうそう大きなトピックで言えばインターネットの普及に貢献したWindows95やXPもこの時代ですね。95ではシステマチックであったデザインもXPにはポップで親しみやすいものに大きく変わっていました。また視覚や聴覚障がいを持つユーザーの支援機能も追加されましたね。

最適化社会(2005~2024年)

さて、ちょうど今年までの約19年間は最適化社会を迎えることが予測されていました。SINIC理論の解説資料では次のように記述されています。

この理論では、現在は「最適化社会」にあたります。それまでの工業社会の価値観では効率や生産性、モノや集団が重視されてきました。(中略)
最適化社会は、社会の価値観の狭間で破壊と創造を繰り返し、最適化を進めていく混沌とした時代です。

https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar16j/ar16_27.pdf  より一部改変

少し分かりづらいので解説を加えると、最適化社会は価値の中心がモノから心へシフトする時代であると言えます。工業化・情報化によってモノが作られることによって豊かになっていった時代から、その中にある「コト」に注目が映っていきました。皆さんもう一度は聞いたことがある「モノからコトへ」という考え方です。
メーカーはモノをつくって売上を上げるというビジネスモデルを変え、会員化によってコト消費を目指そうとサービス作り・価値提供を進めていきました。もちろんコトというのは個人で趣向も異なるわけですから、データ収集や分析技術が発展し、個人に最適化されたサービ提供を目指すようになったという流れが生まれましたね。

個人への最適化を追求したハード/ソフトのインターフェース

この時代はまさにケータイやスマホなどのモバイルデバイスが広く普及した時代でもあり、人が場所を選ばず指先でコンピュータを操作できるようになりました。それによってこれまで対面で行われていたサービスやコンピュータ上で行われたサービスがアプリケーションとして手元に届くようになっています。またスマホについては人の行動を理解することにも繋がりました。

ウェブサイト上やアプリケーション上の行動を分析することでよりユーザーを理解しようとしたUX・UI改善の取組はもちろん、楽天やアマゾンなど、少しのUX・UI改善で大きな売上の差が生まれるような現象もあり、人間工学はソフトウェア上で大きな役割を持っていたと考えています。またどれだけスマホが便利でも使い方が分からなければ活用できないという点では、高齢者向けのらくらくスマホも登場していました。らくらくスマホではユーザーができるだけ迷わず操作できるようにアイコンをわかりやすくしたり、ボタンのサイズを大きくしたり、フォントを大きくして文字を読みやすくするなどの最適化が行われていましたね。

裏を返せば個人の動作をより細かく取得できるようになったことで、より細かな改善ができるようになったとも言えます。例えばこれまで30代女性と区分していたものが、30代前半・30代後半と分かれたり、そこに職種情報がつくことで嗜好の傾向が変わっていたりしています。これによって人間工学による分析の視点や観点は大きく転換したのではないでしょうか。

来年から始まることが予測されていた「自律社会」

さてここからは予測されている中では未来のお話です。最適化社会の次に来るであろう自律社会は当時の予測で2025年から始まるとされています。まずはこの社会の特徴について見てみましょう。オムロンによれば次のとおりです。

〈SINIC理論〉によると、現在は〈最適化社会〉の真っ只中ですが、次に来る新しい時代の兆しも、すでに見え始めています。キーワードとなるのは、「SDGs」「ESG投資」「エシカル消費」「シェアリングエコノミー」「ブロックチェーン」「リープフロッグ」など。これらを支えるのは情報であり、社会の中のさまざまな個々の情報を繋げながら、社会全体の最適化を促進し、次の〈自律社会〉が形成されていきます。
(中略)
〈自律社会〉への兆しは、先進国だけの話ではありません。アフリカなどこれまで電話網が整備されていなかった地域の方の間で、携帯電話の普及が一気に拡大したように、物事の進化が一気に進むリープフロッグも起き、パラダイムシフトは一斉に世界中で進み始めます。一方、最近では “スマホ脳”などという言葉にも表れているように、技術進化による人間の弱体化や、超高齢化による社会活性の低下など、自律社会の新たな課題も顕在化し始めています。モノの豊かさから、ココロの豊かさへシフトする中で、生活者が美術や工芸を楽しみ、芸術が復興するようなことも〈SINIC理論〉では予測しています

FUTURE IS NOW:https://fin.miraiteiban.jp/omron01/

また先程挙げていた資料でも解説があります。

自律社会ではモノだけでなく人間の知識や感情、心の重要度が増すため、知性や感性など人間にかかわる科学や技術の発展が求められます。IoT(Internet of Things)や人工知能による第4次産業革命の到来は、SINIC理論の予測と符合しています。

https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar16j/ar16_27.pdf

最適化社会においてモノ消費からコト消費に変わったことで、モノからコトへという流れがあることは紹介済みですが、コトとは経験や体験を指します。これは感覚的なものであり人間が物を得て潤うことよりも、心への刺激によって潤いたいと感じるようになってきたことを意味しています。つまり、自律社会は技術発展によって心の潤いを得られるような社会のあり方を追求するものですが、実はもう一つ重要な観点があります。

変わりゆく、人間と技術の関係

まずは以下の図をご覧ください。これは先程からあげているオムロンの資料のなかの一部分で、技術にフォーカスした整理がされています。

https://www.omron.com/jp/ja/ir/irlib/pdfs/ar16j/ar16_27.pdf

重要なのは下部です。自動化社会までは人間の行っていることを機械に代替することで社会発展を目指してきましたが、情報化社会においては人間が機械(コンピュータ)と協働することが重視されてきました。実際、私達はパソコンやスマホで手続きをしたり仕事をするのが当たり前になっていますね。
ですが、自律社会からは機械は人間の補完関係となることが予測されていました。これは先程の心の潤いの文脈において重要な要素です。例えば足が悪く動けない人にとってコンピュータを介して労働ができるということは重要な社会参画手段でした。しかしこれはコンピュータやインターネットが普及していない時代の感覚をベースにしたときに「ものがあれば達成できる」と感じる欲求に基づいたものです。もしこれがスタンダードになったとしたら、どうでしょうか。きっと当事者の方は「自分の足で歩いて仕事したい」と思うのではないか、そういう点でオムロンは「拡張」と表現したのだと私は考えています。※例示が必ずしも適切でない場合にはご容赦ください。賛否を論ずるものではありません。

人間拡張技術の到来と人間工学の役割

そしてこの拡張を代表するテクノロジー用語として人間拡張技術(Human Augmentation/Augmented Human)があります。人間の能力を技術によって能力を拡張して社会生活の質を上げるという考え方です。ただし、Augumantationの意味は「増加、増強、増大、添加物、拡大」となっていますから、あるものを増強するだけでなく、ないものを添加するという解釈もあります。したがって日本語訳の人間拡張という表現は、人間能力調整技術や人間能力最適化技術という意味合いがあるのだと考えています。ただしゴロがわるいので実用的には「人間拡張」という表現が適切です。なお、この表現は東京大学の暦本純一教授によって提唱されており、以下のような分類もされています。併せて暦本研究室の説明文も付け加えておきます。

Rekimoto Lab:https://lab.rekimoto.org/about/

医工学の分野では電子義足や人工内耳などの技術開発 が進展していますが、本研究室では人間とネットワークや情報技術との一体化に着目しています。これをオーグメンテッド・ヒューマ ン (Augmented-Human)と呼んでいます。その第一歩として人間の視覚能力をコンピュータによって拡張するAidedEyes、人間の手指動作を機能性電気刺激(FES)によって制御するPossesedHand、体外離脱視点を小型ヘリコプターで実現するFlyingEyes、人間と人間の感覚をネットワークで接続するJackInなどの研究を進めています。
「人馬一体」という言葉に象徴されるように、究極のテクノロジーは人間と相対するものではなく、人間そのものと一体化し、人間を拡張していくものだと考えています。従来のHCIが人間と機械との界面(Interface)を意識した研究領域だとすると、Augmented-Humanで着目するのは人間と技術との整合(Human Computer Integration)と呼ぶべき領域です。

Rekimoto Lab

これまでの研究は人間がコンピュータを使いやすくする、モノを使いやすくするという観点で作られていたものが、人間が装着して行動するものとなれば、より一層「人間との一体感」が求められると言えるでしょう。これはまさに人間工学の役割であり、自律社会における人間工学の役割は、人間と技術の融和部分にあると考えられます。例えば長時間使っても負担のないVRデバイスはどのように設計できるかという点はもちろん、人間の神経と機械が繋がって操作ができるようになったときに、より直感的に操作するための方法を模索するということも同様です。そしてこれを実現するためには人間の身体のより無意識な状態を心拍や皮膚伝導、脳波によって取得し人間の状態理解をする技術が発展するのだと思っています。実はこれに通じる内容が先程引用した記事の中でもありましたので、最後に紹介しておきます

“コンヴィヴィアリティ”、イヴァン・イリイチ氏が提唱した概念で、節度のある自立共生・共愉を表しており、<自律社会>のキーワードになります。その発展を加速させるのが、“精神生体技術”となります。これは、人間の心と身体の自律的なしくみに働きかけ、活性化させることで、生きる喜びを向上させる技術です。

FUTURE IS NOW:https://fin.miraiteiban.jp/omron01/

人間工学の行方

さて、SINIC理論の変遷にそって人間工学が求められてきた役割を解説しながら、今後到来する自律社会においてどのような役割を担うのか様々な意見や考え方、取り組みを引用しながら整理してきました。
大きく変化する点は最後のセクションで述べた人間拡張のような人間と技術が一体化していくトレンドであるということですが、言うは易く行うは難しです。私自身、人間分析の観点から人間拡張技術にも興味はありますが、機械のことだけではなく人間のこともより理解する必要があるものです。そういう点では過去記事で上げたような社会心理学が明らかにしてきた作用にも興味がありますし、人間と機械の両者への理解が重要だと考えています。

かなりの長編になりましたが、ここまで読んでいただいた方になんらかのプラスがあったことを願うのと同時に、リアクション・Xへのポスト等していただけると今後の励みになります。ありがとうございました。


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