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人間工学と社会心理学

こんにちは、ロイです。先日から人間工学の基礎理解や事例紹介を続けていますが、今日は少し異なる角度で切り込んでみます。おさらいですが人間工学の原点は次のようなものでした。

人間工学は、ヒトが仕事をするとき、最も適切で疲れることが少ない筋肉の使い方を科学的に追及することから始まりました。ヒトが重い荷物を運搬し、歩いて長い距離を移動する仕事もあります。動かないで同じ姿勢を続けることも、ヒトが疲れる要因となります。

日本人間工学会:https://www.ergonomics.jp/outline/role.html

人間がなにか仕事(タスク)をするときに、できるだけ負荷が低くなり続けやすくするための道具、環境、組織、操作方法などが追求されています。道具や操作方法というのはまさに人間が何かを使って行動することにフォーカスをしていますが、これと比較して環境や組織はかなり大きなテーマであることが想像できます。ただし読者の皆さんが経験してきた通り、身体的な負担だけではなく精神的な負担も作業環境に影響があり、気を許している仲間といる時間と初対面の人と一緒に過ごす時間とでは異なる疲れを体感することになります。

「個人」・「集団」の心理学=社会心理学

さて、このような集団を扱うときの心理的な変化について扱っているのが社会心理学です。なるほどアレかとなる方もいれば、それって何?となる方もいますから、定義を見ておきましょう。ここでは愛知淑徳大学が紹介している社会心理学の解説文をお借りしますが、社会心理学の書籍から2つの内容を引用している形です。

社会心理学とは
人間は日常生活の中で、常に互いに影響を与えあって生きている。そのような人と人との「相互作用」のあり方を研究するのが社会心理学である。相互に作用しあう過程で、人々はどのように行動し、どのように考え、どのように感じるのか、また、それはなぜなのか。社会心理学が追究するのは、こうした問題である。(安藤他『社会心理学』岩波書店 1995. p.2)

[社会心理学で]取り扱われる事象や事実[は]広域多岐にわたる。考察の対象には、個人、集団、組織、群集、大衆などの行動、それらの相互関係や相互作用、その歴史的・文化的所産としての制度、価値体系、言語、規範、監修、生活様式などが含まれる。(『新版 心理学事典』平凡社 1981. p.341)

愛知淑徳大学:https://www2.aasa.ac.jp/org/lib/j/netresource_j/pf/pf_SocialPsychology_j.html

解説の中でキーワードとなっているのが「相互作用」「相互関係」でしょうか。相互作用という点では、人間は誰かから刺激を受け誰かに刺激を与えていますね。相互関係というのは相互作用の連続によって形成される関係値を指しています。社会心理学に関する関連ワードは引用元のページに多数の記載がありますので興味のある方はそちらを御覧ください。

さて、人間工学の話にフォーカスすれば人がより低い身体的・精神的負荷でタスクをこなすためには組織や環境、文化面での検討が必要ですから、個人と個人、個人と集団、または集団と集団の間にある関係や作用というのは無視できないことになりますね。仮にある集団の中で見えない作用が発生しているとなったとき、その作用自体を理解する必要がありますから、集団での人間工学の適用には社会心理学は切っても切れない関係であることがわかります。

人間工学に関係がありそうな社会心理学の作用

そこで、ここでは人間工学と関係がありそうな社会心理学の2つの作用について触れてみることにします。全量ではありませんし、独断で抽出した2つですので、社会心理学を知るための足がかりとしてご活用ください。

グループダイナミクスとグループシンク

まずは定義を確認しておきましょう。グループダイナミクスの定義はリクルートマネジメントソリューションズの解説をお借りしました。

グループ・ダイナミックスとは心理学者のクルト・レヴィンによって研究された集団力学のことです。集団において、人の行動や思考は、集団から影響を受け、また、集団に対しても影響を与えるというような集団特性のことを指します。
社会心理学の一分野として、集団規範、集団目標の凝集力、集団の決定などの在り方などが研究されています。

https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000041/

ダイナミクスは力学を意味しており、グループダイナミクスは集団の中で生まれる力学があることを示しています。企業の中で理念経営と呼ばれるMVVを中心とした組織形成の手法もありますが、そのような組織の中にはまさにこのような作用が発生していることでしょう。

ではグループシンクについても見ておきましょう。ここではグロービス経営大学院の定義を借りました。ビジネススクールが解説していることからもわかるとおり、実際の経営の場でもよく起こっている現象です。

グループ・シンクとは、合意に至ろうとするプレッシャーから、集団において物事を多様な視点から批判的に評価する能力が欠落する傾向。
集団ゆえに陥りやすい問題の1つに、グループ・シンクがある。特に、集団の凝集性が高い場合や、外部と隔絶している場合、支配的なリーダーが存在する場合などに起きやすい。
グループ・シンクを避けるためには、異なった意見を十分に受け入れ、建設的な批判を重視し、選択肢の分析に時間をかけるなどの配慮が必要である。

https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11757.html

先程、グループダイナミクスでは組織の中に力学があるという話をしていますが、その中の傾向の一つであると言えます。理念経営のケースを用いれば、1つのMVVに対して合意されたメンバーのみで形成される同質性のある集団ということになりますから異なった角度の意見は1:多で少数派になることが予想されます。内容の如何によらず十分に検討されないこと自体で判断がより偏ってしまうでしょう。なぜなら理念経営においては理念自体を否定することは組織崩壊を招くことであり、ある種のタブーであると無意識的に理解される場合が多いためです。

エコーチェンバー現象

これはあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、実は我が国の情報通信を管掌している総務省が発行する情報通信白書においても紹介されるような現象です。ここでは総務省の解説箇所を引用しました。

「エコーチェンバー」とは、ソーシャルメディアを利用する際、自分と似た興味関心をもつユーザーをフォローする結果、意見をSNSで発信すると自分と似た意見が返ってくるという状況を、閉じた小部屋で音が反響する物理現象にたとえたものである

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114210.html

ソーシャルメディアを利用する際に同質性が高まり、類似の意見を持つ集団が形成される状況が生まれることを指摘しています。Facebookのような実名前提のSNSであればいざしらず、X(旧Twitter)のような匿名性の高いSNSでは自分の興味関心に基づいてフォロー行動が行われますし、同質性が高まることも理解しやすいですね。個人目線では無意識的なものですし、学術的にまとめられると不安は残りますが、マーケティング活動をしている企業からすれば同質性の高い集団があるということはこの上ないメリットになりそうです。なお、総務省の解説には次の詳説が続きます。

サンスティーン(2001)は、集団分極化はインターネット上で発生しており、インターネットには個人や集団が様々な選択をする際に、多くの人々を自作のエコーチェンバーに閉じ込めてしまうシステムが存在するとしたうえで、過激な意見に繰り返し触れる一方で、多数の人が同じ意見を支持していると聞かされれば、信じ込む人が出てくると指摘した。
また、サンスティーンは無作為に選んだ60の政治系ウェブサイトを対象に、各ウェブサイトのリンク先を調査した。その結果、反対意見へのリンクは2割に満たない一方で、同意見へのリンクは約6割と高くなっていた。さらに、反対意見へリンクがある場合でも、「相手の見方がいかに危険で、愚かで、卑劣であるかを明らかにするのが目的」としていた。そのうえでグループで議論をすれば、メンバーはもともとの方向の延長線上にある極端な立場へとシフトする可能性が大きいと指摘している。

https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd114210.html

自分が判断基準を持たない(知識を持たない)ものについて次のようなステータスをもつ対立する意見があったときに、どちらを信用するかといえば図Bになってしまうということでしょうか。ただし実際はもっと多様な意見があり、いいね=賛同というわけでもありませんから、このようなところで意識が誤作動しているという味方もできます。

図A
図B

私達は常日頃、何らかの信条に基づいて行動しています。昨今、人間工学のついて熱心に学んでいる私は人間工学の可能性について期待をしているわけです。一方で、Googleの検索サジェストには以下にあるような批判的な検索ワードもありますね。ただ私自身がそれを積極に見ようとするかといえばしていないということからも明らかで、少なからずエコーチェンバー現象を受けているということがあるのでしょう。大切なことはそれを抑止することではなく、可能な限り理解するということであると考えます。企業の意思決定でも同様ですが、「営業寄りの意思決定をする」ということが自覚できていれば「(普段は軽視しているであろう)技術側の意見をなるべく聞いてみよう」という行動が取れるかもしれません。

私達は無意識に影響を受けている

さて今回は人間工学に関係がありそうな社会心理学のワードについて解説をしてみました。考えてみれば当たり前ですが、人間の意思決定のすべてが何らかの根拠に基づいて行われているわけではありませんし、感情や直近の体験などの影響を大きく受けるわけです。
人がすべての意識をコントロールできない以上、私達は常に何らかの影響を受けているという前提で行動し、自己理解を進める必要があります。よく経営に行き詰まった経営者が座禅のような体験を通じてリセットをするという場面をすると耳にしますが、社会心理学に関連して捉えるならば「直近受けている影響をなるべく最小化して判断できるように、心身の状態を調整している」ということになります。迷いやすい、悩みやすい、理解しやすい・しづらい、考えすぎる、行動できないなど様々な影響を受けている私達が集団の中でやるべきは「どうしてそうなっているんだろう」を少しでもいいので振り返ってみることかもしれません。

なお、私はたまごっちの世話が下手すぎる経験を通じて「意識的に管理する」のがとても苦手だなと最近改めて気づきました・・・。

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