見出し画像

J-SOX2023年改訂で内部統制がやるべきこと Part.06 - 従業員にとっての内部統制 -

 2023年04月企業会計審議会(金融庁)において改訂版・内部統制報告制度(J-SOX2023改訂版)が発表されました。15年ぶりの改訂です。
 今回の記事では「組織内のその他の者」について説明します。J-SOX2023年の改訂ではこれについての改訂はされていないものの、今回の改訂内容全体を踏まえると全従業員も内部統制への関わり合いが濃くなっている状況になります。この点について説明します。
(*約8分程度でお読みいただけます。)



従業員は内部統制を理解しているか?

 今回の2023改訂版「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」(企業会計審議会・金融庁)(*以下「J-SOX2023改訂版」といいます)では、従業員に関する事項に改訂はありませんが、もちろん重要な役割に担っていることは確かなことです。さらに言えば、J-SOX2023改訂版の主要な改訂箇所を踏まえると、従業員の内部統制への理解度の深さと積極的関わり合いの強さが、会社の内部統制体制の確立と会社の価値の向上に大きく影響するかたちになっています。その点をみていきましょう。

 J-SOXでは従業員を「組織内のその他の者」と記しています。記載箇所は「内部統制の基本的枠組み」の「内部統制に関係を有する者の役割と責任」項です。

(5) 組織内のその他の者
内部統制は、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスであることから、上記以外の組織内のその他の者も、自らの業務との関連において、有効な内部統制の整備及び運用に一定の役割を担っている。

 従業員は「自らの業務との関連において、有効な内部統制の整備及び運用に一定の役割を担っている」としており、内部統制の登場人物のひとりとしています。この書面、つまり監査基準/実施基準(財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準/財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準)はあくまで評価監査の基準、評価監査を実施する際の基準ですので、監査の対象となる部門・従業員はその基準には直接関わり合いがありませんが、部門・従業員は会社の内部統制がどのような体制が整備され、実務と内部統制の運用にどのような関わり合いがあるのかを理解してもらったうえで “ 一定の役割を担っている ” と表しています。
 例えば、証憑は実務の実施状況の証跡/痕跡です。この証跡が正しく作成され、保存・保管されることで内部監査・内部統制の担当である皆さんは評価監査を実施できるわけですから、その作成・保管の当事者である部門・従業員への内部統制に関する内容の理解はもちろん必要なのです。またJ-SOX2023改訂版にも「内部統制は、組織の持続的な成長のために必要不可欠なもの」(出典:1.内部統制の基本的枠組み/5.内部統制とガバナンス及び全組織的なリスク管理)とあり、会社の持続的な成長は従業員に直接影響することですので、今後はさらに従業員の内部統制に関する内容の理解は必須になるかたちになります。

 さて、皆さんの会社では、従業員の皆さんに内部統制に関する内容の周知はできていますか?

 少なくとも部門長・管理職の皆さんは、社内教育の管理職研修でこの内部統制に関する内容の説明をお聞きになっているでしょう。全従業員に対しては、社内研修を実施している会社もあれば、管理職研修を受講した部門長・管理職から実務において指示・指導されることによって浸透していくケースもあるでしょう。

 いろいろなケースがあると思いますが、その内部統制の内容がどの程度理解され、浸透しているのか。またその理解度についてムラが無いか、正しくかつ深い理解なのか。これらの理解を踏まえて日常の業務を遂行しているか。このような点で、経営者の皆さんは頭を痛めているのではないでしょうか。



内部統制の理解は「目的」を知ることが大事

 内部統制に関する内容を社内研修でレクチャーする際に、誰が講師となって説明していますか。またどのような内容を説明していますか。

 IPO準備中の会社であれば主幹事証券会社の担当者だったり、上場後は専門知識を有する経営コンサルタントや監査役、内部統制評価責任者/担当者が説明しているでしょう。それでは、その講師はどのような内容を説明していますか。内部統制の全体像や関連法令、また当該会社の内部統制体制や業務フローとの関連性、証憑に関する説明等々、大変盛りだくさんの内容になるかと思います。ここでそのときのレクチャー内容を思い出してください。

 そのレクチャーの中に内部統制をなぜやるのか?つまり当該会社の内部統制の目的の説明はありましたか?ビジネスにおいて「なぜこれをやるのか?」という目的を知ることは、非常に重要で大切なことです。目的無くして「仕事だから」というのでは、理解の浸透は難しいでしょう。ISMSの場合は、このISMS認証が無ければ顧客との取引ができなくなる等営業活動に直接支障が出たり、ひいては会社の事業活動に大きな影響が出ることもあるので、半ば強制的にISMSマニュアルの周知徹底、遵守と完全履行を従業員に指示・命令しやすいかと思います。しかしJ-SOXについては、「財務報告に係る〜」と表記されていることから、従業員の皆さんとしてはあまり身近ではないという感覚になるかもしれません。かといって、従業員にガミガミと内部統制に関する説明と内部統制への理解を求めても、従業員に理解する意欲が少なければ浸透するまでは難しいでしょう。

 では、従業員の皆さんに内部統制を理解してもらう意欲を持っていただくには、どのようにしたら良いでしょう。今回はこの内部統制に関するレクチャーの講師を内部監査・内部統制の担当者が行うことを想定し、以下では内部監査・内部統制の担当者の立ち位置・目線に立って説明します。

 前述しましたように、内部統制に関するレクチャーでは内部統制をなぜやるのか?当社の内部統制の目的を説明する必要があります。極端に言えば、この目的のみを説明するだけで良いかと考えます。「内部統制とは・・・」という概念から説明するとかなり時間を必要とします。私のように内部統制が好きな人は何時間でも話したい気持ちです。

 内部監査・内部統制の担当者が従業員の皆さんに説明していただきたい内部統制の内容は、次のとおりです。


  1. 内部統制は上場会社として遵守しなければならないルールであること。

  2. 内部統制は組織(会社)の持続的な成長のために必要不可欠なものであること。

  3. 内部統制の評価監査によって改善すべき指摘が発見された場合は改善すること。

  4. 会社の内部統制に関するルールは常に改善していくものであり、全従業員は業務を漫然と遂行するのではなく、常にその改善を考えること。

  5. 以上の4点を行うことによって、会社は業務の有効性及び効率性、報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的を達成し、株主、顧客、取引先等ステークホルダー及び社会全体からの信頼を得るために日々業務に励み、業務の効率性のため研鑽すること。


 上の5点について順に説明します。
 まず1つ目。皆さんもご存知のとおり、内部統制は会社法、金融商品取引法に定められているもので、特に金商法では「有価証券報告書の提出義務を負う上場有価証券等の発行会社」つまり上場会社は例外無くこの内部統制システムを整備しなければならないと定めています。よって、上場会社である当社もこれを遵守すべきルールである、という説明になります。

 2、3、4つ目は、内部統制が法に定められているものという観点から少し外れます。
 内部統制の評価監査を行うことによって、改善すべき指摘は出るものです。その指摘が「開示すべき重大な不備」であれば大問題ですので、今回の説明から除外します。いわゆる重大とまでは言えない「不備」に相当する指摘の場合は、当該不備の事項について事業年度期末までに統制状況を改善し、その改善後に評価担当が再評価(フォローアップ)を実施します。この再評価によって内部統制の整備/運用状況が改善され「有効」とされる必要があります。この改善を検討していく過程で、内部統制構築の際に決めた整備内容よりももっと良い方法等を発見することができます。またこのような指摘が当期には無かったとしても、業務の効率性・効果の向上を図るためにも定期的に整備状況を見直し続ける必要があります。いわゆるPDCAサイクルです。この見直し続けることこそ、会社の持続的な成長ために不可欠な要素なのです。そのため従業員は日頃から各自が担当する業務および他部門と連携する業務について無駄は無いか、逆に必要である業務が漏れていないかを確認し、さらにより良い方法が無いかの改善を考えること、これを「研鑽」としています。

 5つ目は内部統制の4つの目的そのものです。内部統制は会社に対しこの4つの目的を達成することを求めており、これは株主、顧客、取引先等ステークホルダー及び社会全体からの要求でもあるのです。

 このように内部統制の目的を全従業員に対して説明することで、まずは会社が内部統制を行う目的、意義を周知することが必要です。そのうえで全従業員に、日頃の業務を誠実・正確に遂行してもらうことこそが「内部統制が有効である」ことの根本であることを理解してもらいましょう。


従業員に「内部統制は身近なもの」と理解してもらう

 私が内部統制に関するレクチャーを各所で行う際には、受講する従業員の皆さんに「内部統制は身近なもの」であることをまず理解していただくようにしています。

 例えば皆さんは家に帰るとテレビのスイッチをオンにして「今日はどんなおもしろい番組があるかな?」としばらくテレビの前に立つことがあるでしょう。そのときご自分に興味がある番組、普段から贔屓にしている俳優が出演しているドラマなどが放映されていれば、そのままその番組をご覧になりますね。逆に全く興味のない番組が放映されていたら次のチャンネルに変えるでしょう。これらは関心が無い、好きではない、身近な話題ではないことが理由でしょう。

 では、内部統制の話はどうでしょうか。

 大抵の場合は関心が無い/身近な話題ではないので、従業員に内部統制を理解してもらうこと自体、初手から無理な話しです。そこで、まずは「内部統制は身近なもの」であることを知ってもらうことからレクチャーをはじめます。

 ひとつの例として、上場会社では契約書締結の際に法務担当による契約書チェックを行なっています。この法務担当による契約書チェックはなぜ必要なのでしょうか?それは「法令遵守」(コンプライアンス)です。これは以前の記事「管理系部門がIPO準備でやること Part.03 - 法務編 -」で説明しましたが、法務の仕事に契約法務(契約書雛形の整備や関係法令との適合チェック。締結済みの契約の関係法令との適合チェックなど)があります。これは単に法務の仕事だからではなく、内部統制のうちのひとつ “ 法令遵守 ” のチェック機能として業務遂行している意味も含まれています。契約を締結することは営業部門、管理部門だけではなくどの部門でもあることです。つまり全従業員にとって業務上身近な業務です。まずは、内部統制が従業員ひとりひとりの身近にあって、しかもその身近であるがゆえに業務を遂行するうえで回避することができない内部統制なので、理解して身につけてくださいと説明するのです。おそらくISMSやPマーク(JIS-Q15001)に関する社内教育でも同様の説明をしているのではないでしょうか。いずれにしても「業務に直結すること = 身近なこと」と理解してもらうことが重要です。


 この理解のうえでもうひとつ理解していただきたいことがあります。それは、内部統制は会社の価値を向上させるものということです。これは以前の記事「J-SOX2023年改訂で内部統制がやるべきこと Part.01 - 改訂の概要から -」で説明しましたが、J-SOX2023年改訂は「会社の価値向上につながる、最高の好機に至るための好材料」で、今回の改訂ポイントを理解して会社の経営方針・経営理念に照らして熟考し、その会社の個性を含めてその会社の内部統制体制と内部統制に関する方針を打ち出すことができるのです。経営方針・経営理念は全従業員にとって重要なものです。これと内部統制が直結しているのですから、全従業員は当社の内部統制をよく理解して遂行することが求められます。まさに全従業員の日頃の業務遂行は、会社の価値を向上させることの一翼を担っているのです。このように見ていくと、従業員の皆さんは、ますます内部統制が身近なものに感じることができるでしょう。


 最近なって、ますます内部統制上の不備を理由とした決算報告の延期等の開示が増えています。会社が定めた業務フローを誠実・正確に遂行していなかった案件が会計監査や内部統制の評価監査によって検出(発見)され、その案件を改めて調査するとそこにごく一部の従業員による不正な業務処理が行われていた、というものが大半です。

 内部統制によって会社の価値を著しく下落させることは簡単です。逆に会社の価値を上げる(= 信頼を得る)のは相当の労力と時間を要します。内部統制によって会社の価値を上げるのも下げるのも、その労力と時間を直接費やす従業員なのです。まさに従業員が内部統制をよく理解して、誠実・正確な業務を遂行することこそが内部統制の根幹であり、監査基準にある「(従業員は)自らの業務との関連において、有効な内部統制の整備及び運用に一定の役割を担っている」の意味するところなのです。


 今回は「組織内のその他の者」従業員について説明しました。
 次回は今回の内容を踏まえつつ、最近の発生事実(不祥事等)の事例を取り上げます。従業員へ内部統制に関するレクチャーを行う際には、この発生事実の事例を取り上げて説明する方がわかりやすいです。
 ぜひ参考にしてください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?