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管理系部門がIPO準備でやること Part.02 - 経理編 -

 「管理系部門がIPO準備でやること」について、数回に分けて説明・ご紹介しています。前回は管理系部門全体編、以降は個々の部署ごとにPickupして説明します。
 今回は経理編です。
(*時系列ではないので、その点はお許しください。)
(*約8分程度でお読みいただけます。)




経理担当者の負担は重い

 IPO準備をする会社では、多くの社員がその準備に携わる・・・ハズですが、意外にも「一部分の社員」のみで準備を進めてしまうケースが多いようです。大抵の場合は、管理系部門の社員がメンバーのメインとなり、これを軸(中心人物)にして他部門を少しずつ巻き込んでいく、という感じでしょうか。

 このうち、もっとも負担が重くなってしまうのは、経理担当者ではないでしょうか。経理は会社の数字に関わる大きな働きを任されているので、IPO準備において財務報告に係る部分は重要ですから、経理担当者に大きな働きに加えてIPO準備タスクの働きが足されることは仕方ないかもしれません。ただし、ここで重要なことを見落としています。
 じつは経理には、直接IPO準備というよりも、上場会社として維持していくための事項にあたっていただく必要があります。例えば次の事項への対応が挙げられます。


  • 会社の会計処理内容を会計基準に厳格に合わせる

  • 財務会計を管理会計に移行する

  • 現在の会計処理状況について、監査法人(会計監査人)からの指摘事項を改善する決算(月次/年次)の早期化   など


 このうち4つ目の「決算の早期化」は、いずれの会社でも頭を悩ませることでしょう。いまIPO準備中の会社で経理を担当されている皆さん。どの会社でもこの点は悩んでいらっしゃいますので、決して御社だけではありませんので、ご安心ください。


 「決算の早期化」は、IPO前もそうですが、じつはIPO後も上場会社でも悩んでいる点です。例えば、会社のすべての業務について、ERP(総合基幹システム)で完全に管理されている会社であれば問題ないですが、そのような会社は稀な存在です。なぜなら、ERPを導入しようとすれば、初期費用、ランニングコスト(保守費用を含む)等の金銭的負担は高額ですし、導入時の既存システムからのデータ移行では、人的負担が重いので、IPO準備時期に並行してERP導入することは、現実的ではないと考えます。また、最近ではクラウド型ERPもあり、比較的金銭的負担は軽減されているものの、パッケージになっていますので会社のすべての業務をカバーできない点や、別のアプリケーションと連携してカバーしたり、 csv 等によるデータの連携(手作業)をするなど、やはり現実的ではないでしょう。(*IT統制の観点においても少々面倒な部分です。)

 このような状況ですと、やはり最終的には経理業務にしわ寄せがくることになり、このため決算の早期化が思うように捗らず、大きな悩みどころになってしまうこととなります。




「決算の早期化」の勘所 ① “ 待ち ”時間を解消する

 そうなると、やはりIPO準備時期は、経理担当者の皆さんに「我慢していただきましょう」・・・というわけにはいきません!このしわ寄せ放置して経理担当者に大きな負担を強いてしまうことで、経理担当者が退職する事態となり、管理体制の維持が困難となってしまいます。

 昨今の状況を見てみると、この点がIPOを目指す会社において、途中で断念される理由として大きな割合を占めています。その理由は次のとおりです。


  • 人材を募集しても集まらない(応募自体が少ない)

  • 上場会社の経理業務をこなせる人材が少ない
    (*重要ポイントです。のちほど説明します。)

  • 経理人材の年収が年々上がっている

  • 経理人材の回転率が高くなっている(定着率が低くなる)


 いずれの会社でも、経理担当者は必要です。日本全国の企業数は367万4000社(2021年06月時点・総務省統計局「経済センサス調査」より)あり、経理人材が引っ張りだこになるわけです。このような状況ですから、人材市場自体に経理人材が少なく、そのため年収は上昇傾向となります。

 さらに、上の理由の2つ目に挙げています「上場会社の経理業務をこなせる人材が少ない」について説明を加えます。


 経理業務においては、日常の経理業務(仕訳入力等)のほか、月次/年次決算業務があります。この決算業務では皆さんご存知のとおり、決算修正仕訳や財務諸表作成にあたり各種の補助資料(試算表など)を作成するなど、知識とキャリアを必要とする業務です。

 また、上場会社は適時開示する義務があり、金商法に基づく法定開示制度(有価証券届出書、有価証券報告書、四半期報告書など)と、証券取引所における重要な会社情報を上場会社から投資者に対して適時に提供(開示)する義務があります。これらの開示内容は大部分が “ 定量的 ” 内容ですので、これについても知識とキャリアを持った人材が必要となります

 このような知識とキャリアを持った経理人材は少なく、例えば上記の業務を個別に分業して担当することも考えられますが、内部統制の観点では、最終的にその決算内容をチェックして承認する必要がありますので、やはりこの知識とキャリアを持った人材が必要になってしまうのです。

 やはり、経理人材の不足が、IPO準備の足かせになってしまうのでしょうか・・・

 ここで、経理業務のうち、部分的ですが、少しでもIPO準備中の会社にアドバイスがあります。それは「会社自身で解決できる部分は、会社自身で解決させましょう!」です。先ほどご紹介しました、決算業務や開示に直結する部分の業務は、別の記事で説明しますが、今回は会社自身で解決できる部分について、説明とおすすめをします。

 以上のとおり、IPO申請までには相応の期間が必要となりますので、準備に携わる社員の皆さん、特に管理系部門の皆さんの負担は、重いものになります。

 どの部分か?
 それは「決算の早期化」の部分です。

 決算の早期化を考える際のポイントを、月次決算を例に挙げます。


【月次決算の早期化のポイント】  
想定:年売上高30億円前後、従業員数120名規模まで。

  1. 売上高は、第1営業日(最悪でも第2営業日)に確定させる。

  2. 仕入関係は、第5営業日までに確定させたいので、仕入先に対して第2〜3営業日までに請求書を到達させる。

  3. 人件費関係は、第1営業日午前中までに勤怠を確定させ、第3営業日までに給与計算の金額を確定させる。(賞与支給月の場合は、その賞与計算自体を月中に済ませる。)

  4. 諸経費の精算(営業移動交通費、消耗品購入など)は、第2営業日までに申請させ、第4営業日までに金額を確定させる。(*提出遅れを翌月に、というのは絶対におやめください。)


 以上の4つは、会社自身の努力で解決できる部分です。ですが、決算の早期化ではこれら4つが解決できれば、以下のようなスケジュールになります。

  • およそ第5営業日までには収支の確定が終わります。

  • カレンダー上では10日(およそ第6〜7営業日)あたりに開催予定の取締役会へ月次決算報告ができます。

  • もし第5営業日目に決算数値で修正が入るとしても、1日程度作業可能な時間がありますので、多少は余裕があります。

  • ここに四半期/年次決算時には会計監査人による会計監査(財務諸表監査)があります。およそ3週間ほどかかるとしても、開示までの45日ルールには充分間に合うものになります。

 皆さんの会社では、決算の早期化を考える際のポイントのうち、3と4が大きな問題になっていることでしょう。


 3の人件費関係は、通常の勤怠の締めに加え、例えば製造業やITのSI(システム・インテグレーション)開発を事業としている会社では、その開発にかかる人件費について製造原価、仕入原価として計上、または販管費や研究開発費として計上するなど、重い業務があります。経理としては、その重い業務が待っているのに、勤怠が締まらない、各プロジェクトでの業務時間が締まらないなど、重い業務のための材料が集まらないことにヤキモキしている。

 4の諸経費の精算は、使用用途によって仕訳計上自体は難しくないものの、営業移動交通費申請が遅い、消耗品の請求書到着が遅いなどで、いわゆる “ 待ち ” の時間が長い、という感じでしょう。

 3と4は、難しく考えてしまいがちですが、上のように分解すると、見えてくるものがありませんか? そうです。 “ 待ち ” の時間です。この “ 待ち ” の時間を、どれだけ短縮できるか。さらには “ 待ち ” の時間を無くすことが、決算の早期化の勘所です。


 私からのおすすめは「アプリケーションに頼れるものは、頼りましょう!」です。

例えば、勤怠管理では、アプリケーションのなかにはプロジェクト管理も並行して管理できるものがあります。また会計システムでも、諸経費精算については会計システムのモジュール機能を加えて、諸経費精算申請が最終決裁された時点で会計システムと連携することもできます。このように最近のアプリケーションは優れていますので、ぜひご検討ください。

 あとは、3では各部門から上がってくる月次勤怠の承認や、4では申請の承認という、上長の承認だけですね。これについては・・・アプリケーションには頼れず、心細いですが、各上長への ” 教育 ” だけが頼りになってしまいます。




「決算の早期化」の勘所 ②採用ではなく “ 教育 ”を重視する

 もうひとつの、決算の早期化の勘所として、これも会社自身で解決できることなのですが、かなり難しいです。それは、経理人材の社内教育です。自社で時間を掛けて教育し、上場会社の経理人材レベルに成長してもらうのです。これには時間を費用を必要とします。しかも、時間的には一朝一夕にはいかず、少なくとも事業年度3期以上を経験していただく必要があります。

 この時間的なものには、理由があります。

 さきほど「上場会社の経理業務をこなせる人材が少ない」と紹介しました。特に月次決算の業務は重要で、上場会社は四半期ごとに適時開示がありますが、あくまで開示が四半期ごとであり、月次決算の正確さがあったうえで四半期ごとの適時開示ができる、とお考えください。経理担当者は3か月に一度苦労しているわけではないのです。

 では、月次決算の業務はどうでしょうか。これも、日常の経理業務の積み重ねであり、これの正確さと月末に集中する業務の前準備(*業務の分散ではありません)をどのようにしていくかが重要なポイントです。




IPOのキーワード「桃栗三年、柿八年」

 最後の見出しに「桃栗三年、柿八年」としました。これには2つの要素があります。それは①IPO準備には時間がかかること。②かかる時間に比例して「実りは豊かに、味わいがある」ということです。

 以前の記事「IPOでの内部統制の大切さ - Part.01_内部統制の意味から読み解く」や「管理系部門がIPO準備でやること Part.01 - 管理部門全体編 -」ほかでご紹介しましたが、IPO準備には整備・運用とこれに評価監査予備実施を行うので、約2年間は必要となります。また前述しましたように、経理担当者の教育・研修期間を加味することや、IPO後の上場維持のことなどを考えますと、この「桃栗三年、柿八年」がご理解いただけるかと思います。

 また、経理担当者をIPO準備のメインメンバーに据えるのは、あまりおすすめしません。IPO準備は、定量的な面の作業より、定性的(例:資本政策、会社法/ガバナンス対応等)な面の作業の方が重いです。定性的な面は上場維持のための体制作りで会社経営の根幹に当たるものです。定量的な面はあくまで上場のための体制作りであり、「これができれば上場できる」という上場する要件を満たすための基準と見ることができます(*例:会計基準は日本基準=>上場要件を満たしている。)。


 IPOは会社の成長過程の「マイルストーン」であり、ゴールではありません。そのため、いろいろな準備の工程は「会社の成長」のために行うもので、IPOのためにやるものではありません。またやるべきではありません。この点を履き違えてしまうと、会社は時間をおカネを無駄にするばかりか、それ以上に人財(人材)をも無駄にしてしまいます。ここが、会社にとっての最大の損害になります。


 ぜひ、会社の成長過程における “ 見極め ” を誤ることなく、IPOに望んでください。





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