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世界三大芸術祭を見ても「こんなもんか...」と感じたアートの遅さ・つまらなさ・退屈さについて。でもその自由鑑賞性こそがスペクタクルを回避し、孤独を包み込むのでは、という考察

ドイツのカッセルで5年に1度行われる芸術祭「ドクメンタ」と、2年に1度行われる「ヴェネツィア・ビエンナーレ」を見るため、そして新作のパフォーマンスを遂行するため、8月から3週間ヨーロッパを1人で回ってきました。2年半ぶりの海外、ハプニングだらけでしたが、皆様からのご支援のおかげでなんとか無事帰国できました。

今回のnoteは最終章、ようやくドクメンタとヴェネツィア・ビエンナーレについて語ります。

何度も説明してますが、この2つは世界三大芸術祭に数えられていて、歴史もある重要な国際美術展です。これらに出展することは全アーティストの目標ですし、下見も兼ねて行ってやろうと!!!(もっと詳しい行くことになった経緯はこちら)

ちなみにドクメンタとヴェネツィア以外にも、この3週間の旅はほぼ毎日アートを見ていて、フランクフルトのシュテーデル美術館とシルン美術館、ケルンのルードヴィッヒ美術館、デュッセルドルフのK20とK21、ベルリン・ビエンナーレを回りました。

シルン美術館のアーノウト・ミック

そうなると人はどうなるかと言うと、軽く頭がおかしくなります。

最初のね、シュテーデル美術館からK21までは良かったんですよ。あ、ミリアム・カーンだ!なにこの作家はじめて見た。なるほどこういう見せ方があったか、みたいな。日本で見ることができない作家の作品とか見れて興奮。

ルードヴィッヒ美術館のミリアム・カーン

それがドクメンタの後半あたりからヴェネツィアにかけて「アートってつまんなくね…???」という疑惑に変わっていくわけですが、それについては後半に書くとして。

さて。満を持してドクメンタ15乗り込んだ初日の感想は「あ、けっこう微妙かも」だった。笑

今年のドクメンタの芸術監督はインドネシアの10人組のコレクティブ「ルアンルパ」が手がけていて、東南アジアや中東、アフリカなどいわゆるグローバル・サウスと呼ばれる、これまで資本主義の外側にいたとされる国や、先進国に搾取・植民地にされていた地域のコレクティブを中心に構成されてます。

だからなんか、こういう作品(?)が多かったですね。

インドネシアのコレクティブ TARING PADIがカッセルの子供たちと作った作品

スケボー教えますみたいなのとか。

タイのコレクティブBAAN NOORG COLLABORATIVE ARTS & CULTUREの《Skate to Milk》

子供が自由に絵を描けるスペースとか

100日間毎日各国の料理を無料でシェアして、そのレシピをアーカイブするとか。

バングラディッシュのコレクティブBritto Arts Trustの《The Social Kitchen》

「これはアートなのかい…?」「アートと呼んでいいのかい…?」と感じるような、アートというより、彼らにとって「生活」や「日常」の延長としてこれまでやってきたことを展示していて、俺たちは一体何を見てんだろう???という感覚。

個としてのアーティストではなく共同体、「これからの時代は"ゆるい繋がり"が大事だよね」を全体で体現してるイメージ(言葉が浅くて申し訳ない)

自分がシュテーデル美術館やK21で面白いなと感じたのは、やっぱりそれまでのアートの欧米中心主義・白人至上主義的な価値観に基づくからであって、ドクメンタでは「ホワイトキューブに出来上がった作品が展示されてますよ〜」的なのがあまりない。むしろ、会期中に参加者と現在進行形で作られている作品や営み(行為の過程)が作品だったりします。

個人的に面白いと思ったウガンダのRamon Film Productionの《 FOOTBALL KOMMANDO》B級超えてZ級映画なんだけど
演技を教えたり映画を作るノウハウを地域に継承していくプロジェクト 観てる時の会場の空気感良くてほっこりした

今年のドクメンタは欧米に寄りすぎたアートの考えから脱しよう(距離を取ろう)としていて、元ある価値前提で行くと面食らいます。だから賛否両論を生んでるのだと思うし、スローガンである「ノーアート、メイクフレンズ(アートを作らず、友達を作ろう)」に則るような、新しい関係性やコミュニティを作ろうとする試みは至るところで感じられました。

日本でも増えてる芸術祭を見てて「本質的に地域や地元住民に何が還元されているの?」という疑問が拭えないので、勉強になる部分多々ありました。

ディスカッションイベントもたくさんやってた

議論やノンクロン(インドネシア語でおしゃべりの意味)をしやすいように、しつこいくらいに椅子とテーブルが、円を作るよう配置されていたのが興味深かったです。

左が展示されている作品 誰がドクメンタ見に来た人で、誰が地元住民か分からない

会場にいたお客さんの8〜9割が白人の方々だったけど、今年のドクメンタにどういう印象を持ったのか気になるところ。周りでは「全然そそられない」と、いつも行ってるけど今年は行かないという人もチラホラいました。僕は今回が初めてなのでこれまでと比較できませんが、相当異色っぽかったです。

野菜や果物を無償で配っていたため長蛇の列ができていた(誰が?なんのために?)

とある作品が「ユダヤ人差別を暗示している」と批判を呼び、開始早々撤去されるなど、反ユダヤ主義をめぐる論争でネット上はギスギスしていたけど、現場は全然そんな雰囲気なくて、かと言って、思ったよりも「ノーアート、メイクフレンズ」も感じなかったというのが正直なところです笑 7月のプレビューではそれこそお祭り状態だったらしいけど、僕が行った8月下旬は多くのアーティストがビザ切れて母国帰ってしまったそうで。

あ、今回唯一の日本人作家として出展している栗林隆さんには運良くお会いすることができました。「6月に藝大で栗林さんの授業受けてドクメンタ行くことにしたんですよ!」と伝えたら軽く引いてたような気がしたけど、OKです。

日本のLiving room for Seedというコレクティブの活動報告会

そいで僕はと言いますと、そうしたドクメンタの空気感もあって、一旦作品観ることを諦めました。難しいこと考えるの辞めようと。カッセルの地元住民っぽい人たちが日向ぼっこしながらコーヒーやビール飲んでるの見て、郷に従いましょうということで(?)、会場の色んなところでソロキャンプみたいなことしてました。飽きたら作品観て、疲れたらまた椅子座ってボーッとして。

なにをしてんだろう。ドイツまで来て。

こんな感じで、のんびり5日くらいかけて全ての作品観て、ドクメンタ15を後にしました。

次に(スケジュールの都合で全て回りきれなかったけど)ベルリン・ビエンナーレ、そして皆さんのご支援のお陰でヴェネツィア・ビエンナーレに行ってきました。

ベルリン・ビエンナーレにて 移民をテーマにした作品

ドクメンタとあわせてこの3つに共通していたのが

・グローバルサウス
・移民/難民
・脱植民地主義
・ジェンダー
・エコロジー
・国際展初参加の作家(=世界では無名)

もう世界は今こんな感じですという。これまでの西欧中心に世界を捉えていた視点から離れようとしているのがめちゃ伝わる。

ベルリン・ビエンナーレにて アフリカの農業労働とカースト制度をテーマにした作品

ほんでね!やっとタイトルの話なんですが、僕が今回の旅で一番感じたのは

「アートってつまねぇな」

「三大芸術祭でもこんなもんか」

ということです。でもこれ(否定も若干含んでますけど)おおむね超肯定的な意味です。詳しく語らせてください。

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