宿直について~元葬儀社社員が語る仕事の現実~
『世の中は、どこでも24時間動いているんだなぁ』
ふとこの間、そんなことを考えてしまいました。
それを考えるきっかけになったのは、大晦日から元日の夜中にかけてです。初詣に向かう人たちの様子を、YouTubeで配信されているライブ映像を見ていましたら、世の中が24時間動いていることを実感できました。
ライブ映像を見て、先述したことを考えていましたら、ふと葬儀社に勤務していた時のことを思い出しました。
葬儀社の業務の中には「夜間宿直業務」というものがあります。
夜間宿直業務(以下『宿直』と表記します)とは、葬儀社の事務所などに一晩泊まり込んで、夜間の搬送・葬儀依頼に対応することです。厳密には意味が異なりますが、僕が勤務していた葬儀社では「当直」「宿直」と呼んでいました。
葬儀社以外でも、警察や病院、老人介護施設などでも宿直は行われています。業務内容は違いますが、泊まり込むんで夜間の対応を行うという点では同じです。
葬儀社の社員が毎日交代で誰かが実際に泊まり込んで、実際に搬送依頼や葬儀依頼があった時には、搬送車で病院や施設にお迎えに行ったりします。人はいつ亡くなるかというものは、本当に読めないもので、たとえそれが夜中の2時であっても明け方5時であっても、依頼が入るときは入ります。
依頼が入ったら、当然のことですがお迎えに行かなくてはなりません。
想像するだけで大変そうだと思いますが、その実際はどのようなものだったのか。
僕の実際の経験を交えながら、お話したいと思います。
依頼が入るかどうかは、最後まで分からない
搬送・葬儀依頼は昼間と同じように、電話を通して依頼が入ります。しかし、僕が勤務していた葬儀社では、昼間とはちょっと違う対応になります。
それは、搬送・葬儀依頼の第一報の電話を受けるのが、コールセンターだということです。
昼間に電話で依頼が入った場合は、事務所にいる社員が対応します。その時にお悔やみの言葉を述べ、必要な情報を聞き出します。
必要な情報とは、次のものになります。
・連絡者の名前(電話を掛けてきた人。絶対に確認する)
・亡くなった方の名前(絶対に確認する。可能なら漢字も)
・続柄(父や母など)
・電話番号(主に連絡者の携帯番号)
・お迎え先(病院や介護施設が多い。稀に警察署)
・お連れ先(自宅なのか式場に直接入るのか)
・お迎え時間(死亡診断書か死体検案書が無いと運べない)
・宗旨宗派(仏式、神式、キリスト教など宗教を確認する)
そこまで聞き出しましたら、一度電話を切ります。それからドライアイスや地図等を準備して、お迎えに向かいます。
夜間では、電話が事務所ではなくコールセンターへと転送されます。
そこでオペレーターが対応し、上記の事柄を聞き出します。
オペレーターはそれらの情報を聞き出してから、専用の用紙に記入して、それを事務所にFAXで送ります。
それからオレペーターが宿直用の業務携帯に連絡し、宿直している社員に依頼があったことを伝え、FAXの内容を確認します。オペレーターから内容を確認して引き継ぎ、宿直の社員が再び連絡者に電話をします。
引き継いだ内容に間違いが無いことを確認してから、実際にお迎えに向かいます。
このように、昼間と夜間では対応が少々異なってきます。
そして搬送・葬儀依頼が実際に入るかどうかは、全く分かりません。
全く依頼が入らない夜もあれば、2~3件も入る夜もあるためです。2~3件も依頼が入ったら、もう大変!!
とてもじゃありませんが、寝る暇が無くなってしまいます。
そのため、1件も入らずに朝を迎えて転送を解除し、宿直用の業務携帯を置けたときは、ホッとしたものでした。
宿直に入る前にすること
宿直に入る前には、やらなければならないことが2つあります。
・葬儀受付状況を本部にFAXで報告する。
・事務所の電話を転送設定にする。
この2つです。
葬儀受付状況は、もしも式場に直接入りたいと依頼があった時に、コールセンターのオペレーターが「どこの式場なら直接入れるのか」を確認するために必要となります。
もしも通夜が行われていたり、葬儀の予定が入っている式場なのに、そこに入れると思って受け付けてしまったら、大変なことになります。間違いなくクレームになりますし、第一印象は最悪です。上手に引き継ぎができたとしても、最初にやらかしているため、喪家からの不信感を払しょくすることはベテランでも至難の業です。
そうしたトラブルを未然に防ぐためにも、事務所と本部、コールセンターで情報共有をしないといけません。そのために、FAXで葬儀受付状況を日々報告するのは、大切な仕事です。
これは主に定時となる、17時頃にFAXを送って報告していました。
また、コールセンターでは葬儀についてのお問い合わせを受けることもあります。
その際にも、葬儀受付状況のFAXは役に立ちます。
・喪主の名前や故人様の名前(別人の葬儀に行くと大変なため)
・葬儀の日程(通夜、葬儀、出棺の時間についての問い合わせが多い)
・宗旨宗派(仏式か神式かで作法が違うため)
・お供え物(生花や果物籠盛)を受け取るか否か
・香典を受け取るか否か(香典辞退の場合があるため)
・参列は可能か否か(家族葬で身内限定だと一般参列NGなことがある)
・問い合わせに応じて良いか否か(葬儀の内容によっては密葬もある)
葬儀に対する問い合わせの内容は、主にこれらです。
こういったことを確認して、問い合わせてきた方に案内します。
なので、葬儀受付状況の報告はとても大切です。
もう1つが、事務所の電話を転送設定にすることです。
転送する時間は、だいたい定時~定時後30分以内に行います。コールセンターに転送されるように設定したら、念のために事務所の電話を鳴らします。
そこでコールセンターに繋がれば、転送設定は完了です。
コールセンターに転送を開始したことを連絡して、電話を切ります。
その後は、コールセンターが電話を受けてくれます。
何か問い合わせが入ったり、搬送・葬儀依頼があったら、コールセンターから宿直用の業務携帯に連絡が来ます。
宿直する社員は、宿直用の業務携帯を常に持ち歩いていれば、ずっと事務所に詰めている必要はなく、眠ったり食事を買いに行ったりもできます。
宿直の間の過ごし方
宿直の間は、搬送・葬儀依頼が入らない限りは、比較的自由に過ごすことができます。
事務所の建物には、宿直室があり、そこにはベッドとテーブルとテレビが置かれています。もちろん冷暖房も完備されていますので、夏のうだるような暑い日も、冬の凍えるような寒い日も安心です。
宿直する社員は、宿直室に一晩泊ることになります。
僕は宿直の日は、モバイルPCや歯磨きセット、寝巻用ジャージなどをスポーツバッグに詰め込み、それを持って家を出ます。そして宿直の時間になりますと、スポーツバッグを愛車から下ろして宿直室に持ちこみます。
そこでテレビを見たり、PCをカタカタして小説を書いたりしながら過ごします。
なお事務所の近くには、普段から利用しているスーパーがあり、夕食はそこで半額になった弁当や総菜を購入して食べていました。コンビニも近くにありましたので、食事には困りません。
それらを宿直室に持ちこみ、テレビを見ながら食べていました。
そして僕の場合は、夜の10時ごろになりますと、早めに就寝します。
普段からこんなに早く寝るわけではありません。もしも夜中に連絡が入った場合、少しでも寝ていないと辛いためです。またもしも運転中に眠気に襲われて事故でも起こしたりしましたら、目も当てられません。
仕事をこなすためにも、もしもの対応をトラブルなく進めるためにも、少しでも寝ておくのは大切なことです。
しかし、熟睡できるわけではありません。
夜中に度々目が覚めては、宿直用の業務携帯を確認したり、事務所に行ってFAXが来ていないか確認したりしました。最初のうちは宿直用の業務携帯に着信があって目が覚めましたが、数か月後には事務所のFAXが受信した時の音で目が覚めるようになりました。
また、事務所と宿直室は通路を挟んで向かい側にありました。そのため、通夜があって誰かが戻ってきますと、足音で目が覚めることもありました。
宿直明けの過ごし方
宿直明けの日は、宿直した社員は自動的に休みになります。宿直は身体的にも精神的にも辛いので、明けの日は休みと定められていました。
僕の場合は、宿直明けの過ごし方は3通りでした。
・帰って休む
・スーパー銭湯に行ってゆっくりする
・喫茶店で朝食を食べてから、帰って休む
まず一番多かったのは、そのまま帰って休むことです。
朝食は前日にスーパーかコンビニで購入したものを食べ、帰ってからはPCをカタカタして小説を書いたり、眠ったりして過ごしました。
宿直を始めた頃は、疲れや緊張からか、眠っていたはずなのにまだ眠いということが多く、帰ったらお昼ごろまで寝ることがありました。数か月後には身体が慣れてしまったのか、睡眠時間が短くても、帰ってから眠ることは少なくなりました。
起きてからは、家事をしたり買い物に行ったり、趣味をしたりと休日にしかできないことを行っていました。
スーパー銭湯に行ってゆっくりする時は、まず家に戻って着替えます。それから必要なものを持ち、スーパー銭湯に向かいます。
これは業務に慣れて余裕ができてから、始めました。宿直している間は、お風呂に入ることができません。もしも入浴中に搬送・葬儀依頼が入ってしまうと、すぐに電話に出られないためです。冬場ならまだしも、夏場は汗をかくため、どうしても汗臭くないか気になります。
宿直明けの休みが平日でしたら、スーパー銭湯の料金も安くなることが多く、施設によっては平日限定のお得な料金メニューもありました。平日の午前中からゆっくりと温泉に浸かっていますと、すごく気持ちがいいものでした。
「世の中の大半が仕事をしている中、ゆっくりと温泉に浸かってふんぞり返れるなんて、実に贅沢だ。……い、いやそうじゃない。これは次の仕事に備えた休息だ、休息!(汗)」
こんなことを考えたりしながら、スーパー銭湯でのひと時を思う存分に楽しみました。
そして時には、喫茶店で朝食を食べてから帰って休むこともしました。
全国どこに行っても、朝早くから開店している喫茶店があります。特に愛知県発祥で全国チェーンになった、コメダ珈琲店はモーニングサービスもしているため、朝が早いです。
僕はコメダのモーニングが好きなので、宿直室で朝食を食べなかった日などは、宿直を終えるとそのまま車を走らせてコメダに向かいました。そこでブレンドコーヒーを飲みながら、トーストとゆで卵を朝食に食べながら過ごします。
新聞やスマートフォンのニュースアプリでニュースを見つつ、コーヒーを飲んでいますと、自分がデキるビジネスマンになったような気分になりました(笑)。
朝食を食べた後は、家に帰って休日を過ごします。
いずれにしても宿直明けの休みは、身体を休めるために設けられていました。僕もそれを念頭に置き、休みだからといって、決して遠出をしたりはしませんでした。
宿直の変化~外部委託が始まりました~
僕が宿直をするようになってから2年近くが経った時に、宿直に変化がありました。
夜間の搬送・葬儀依頼を、外部委託することになったのです。
搬送専門業者と契約を結び、夜の7時30分~明け方6時までの間に入った搬送・葬儀依頼は、搬送専門業者さんが代行してくれることになりました。
これはとてもありがたいことでした。夜の7時30分までに搬送・葬儀依頼が入らなければ、その後はゆっくりと過ごすことができるようになったのです。
もちろん、搬送専門業者さんが業務に慣れるまでは、共に搬送・葬儀依頼に同行しました。搬送・葬儀依頼以外の問い合わせが入った場合は対応することもあるため、宿直用の業務携帯は手放せません。しかし、夜の間の搬送・葬儀依頼を代行してもらえるだけでも、身体的にも精神的にもかなり助かりました。
そして始まった外部委託でしたが、それからさらに方針が変わりました。
原則として「宿直廃止」の方向に動いていったのです。
上の人の考えとしては「夜間の搬送・葬儀依頼を外部委託してしまえば、宿直している人はやることないよね? だったら宿直廃止して宿直手当も廃止すれば人件費削減になるよね?」ということだったのだろうと思います。
しかし、外部委託してもそれはあくまでも夜間の搬送・葬儀依頼だけであり「宿直用の業務携帯を持ち歩かなくてもいい。業務も含めた完全な宿直廃止!」という、というわけではありませんでした。
僕としては、外部委託するよりも社員が宿直をしていたほうが、人件費削減の点では軍配が上がると思います(外部委託先に支払うお金が必要ないため)。上の人が何を考えてそう決めたのかは、分かりません。働き方改革だとか言っていましたが、どう見てもそれにかこつけて「何かやった感じ」を出したかっただけに見えます。
本当に宿直を廃止するのであれば、宿直用の業務携帯も持たなくていいようにしてから、宿直を廃止するべきでした。
退職した今となっては、もう関係の無いことなので、どうでもいいことなのですが……。
宿直手当は美味しい
なお、宿直は1回につき5000円の宿直手当が支払われていました。
宿直は多くても月にだいたい3~4回なので、単純計算で15000~20000円ほどの収入になります。これは搬送してもしなくても支払われるため、なるべく搬送が入らないといいなと、僕だけでなく先輩方も思っていました。
搬送・葬儀依頼が入らなければ、事務所に泊まり込んで寝ているだけで5000円貰えるためです。しかし、搬送・葬儀依頼が入りますと、それが複数回あっても宿直手当が増えることはありません。搬送してもしなくても、貰える宿直手当の金額は、宿直1回につき5000円で固定です。
夜の間に何もなければ、宿直手当は美味しいものでした。
宿直の怖い話
葬儀という仕事柄と、事務所が古い建物だったためか、お化けや幽霊を見たことはありませんが「理屈や科学でどうしても説明できない不思議な体験」をしたことはあります。
https://note.com/rutokun/n/nc5f742f46ef5#SllhJ
以前のnoteにも書きましたが、夜中に人の気配を感じることは本当によくありました。
10時頃なら、通夜から帰ってきた先輩だと納得できましたが、これが夜中の3時とかだと、本当に怖いです。
侵入者かと思って確認しますが、もちろん廊下に出ても事務所を見ても、誰も居ません。そもそも入り口に鍵をかけていますから、入ることは不可能です。
これは僕だけでなく、先輩の何人かも経験しています。
他にも上司が見たという「事務所に向かって行く謎の女性」や「いつの間にか点いている照明」など、理屈や科学でどうしても説明できない不思議な体験は何度かありました。
今は完全に廃止されたのか、それともまだ宿直用の業務携帯を手放すまでには至っていないのかは分かりません。
しかし、そんな宿直について今でも時々、こうして思い出します。
それではっ!
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