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3月3日——雛人形と母娘

毎年3月になると決まって母からLINEが来る。

「今年もお雛様、出したわよ」

我が家の【雛飾】は祖母の代からあるアンティークだ。小ぶりながらも立派な御殿とぼんぼりがしっかり付いている。所々壊れてしまい色褪せてきているけれど、いつだか母が「このお雛様もそろそろ処分しようか」と言ったとき私が「いつか私が貰い受けるから絶対に捨てないで」と言った記憶がある。古風で美しい【雛人形】

そして【雛祭】が終われば「お雛様ちゃんとしまっておいたわよ」とまたLINEが来る。【桃の節句】を過ぎてもお雛様を飾っていると、その家の娘はお嫁に行くのが遅くなるらしい。母は私が早く嫁げるように案じて【雛納め】をしてくれたのだ。

ありがとう、お母さん。おかげさまで——

今年も3月3日がやってくる。私の左手薬指には プラチナの輪が光っていた。

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市販の「五目ちらし」の素を炊き立ての白いご飯に混ぜながら、しまった、と思う。いくらとサーモンのお刺身を買おうと思ったのに忘れてた。けどいっか、三つ葉もあるし卵もある。もみ海苔がなかったから代わりに塩昆布を入れておこう。

程良くお酢の効いたちらし寿司、いくらでも食べられそうだ。

今日は桃の花を愛でる日であって、桃を食べる日ではない。そう分かってはいても、スーパーの棚にあった桃ゼリーに何だか手が伸びてしまった。いいじゃないか、ハロウィーンにかぼちゃプリンを食べるのと何ら変わりはしない。【菱餅】があれば買っても良かったかな。あと【白酒】の代わりに甘酒も。

はまぐりのお吸い物の代わりには松茸風味のインスタント。簡単でも風流ならそれでいい。

【雛あられ】はパステルカラーの甘い粒よりも、お煎餅のほうが好きだったな。

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まもなく【啓蟄(けいちつ)】【雪解】【桃の花】が終われば【桜】の季節がやってくる。

——始まりの季節、か。

週末はウエディングドレスを合わせに行く。実感はそれほどなくとも、人生の第2フェーズが始まろうとしていた。

葛飾北斎《桜に鷹》天保5年(1834)頃

参考文献
『俳句歳時記 春 第五版 角川書店編』
(角川ソフィア文庫)

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