見出し画像

小説:「一寸先は光りと望み」第1話-①

【あらすじ】
バラエティショップのコスメコーナーで働く三空光みそらひかりは、仕事も家庭も順風満帆な一児の母。化粧品には、気持ちや日常までをも彩ることができると信じ、同僚やクレーマー、母親に連れられてきた男子学生、婚活中の女性たちの人生に花を添えていく。
ある日、「恋に効くもの、ありませんか?」とうつろな目で前田望美が声をかけてくる。彼女の様子が気になりながらも、丁寧に応対した光。
それから数週間後、電車に乗ろうとホームに向かう光の耳に、電車の急ブレーキ音と悲鳴が届く。視線をやるとそこには、取り押さえられる望美の姿。すぐに駆けつける光。
 望美はなぜ、飛び込もうとしたのか?光は彼女の人生に彩りを与えられるのか?


【第1話】「知らない世界は想像力でカバー」

 明日は、人気ブランドの新作発売日だ。
営業時間終了後、スタッフ一同、掃除や他の商品のメンテナンスを倍速で終え、新商品の陳列に従事する。
 改めてテスターを見て、思わず見とれてしまいそうになった。
  今回の新作は、光りになる明るく淡い色と、影になる彩度の低い色のアイシャドウが8色並んでいる。美しい日本の四季をテーマにしていて、1つのパレットに春夏秋冬をイメージした色が入っている。これらの色は、清少納言の『枕草子』から着想を得たそうだ。

春は夜明け。
―曙色といわれる淡い黄赤色と、夜の余韻を感じさせるような深い栗色
夏は夜。
―月明りのような淡い黄色と、明日の晴天を予感させる夜空のような濃紺
秋は夕暮れ。
―夕日のような淡いオレンジと、少し灰色が混じったような濃い茶色
冬は早朝。
―チラチラと光る雪のような白と、炎のような深い赤茶色

 キャッチコピーは「光と影で魅せる余裕」。各季節、2色ずつであるのは、目の上全体を複数の色で埋めるのではなく、あえて余白を生むことで余裕までもたらす、という狙いがあるらしい。また、光があるから影ができる。両方ないと成立しない、良い時も悪い時も同じ現象にすぎない、という意味が込められているそうだ。
 ただ、小難しいことや季節ごとの組み合わせに捉われることなく、自由に、好きに使ってほしいともPR担当者は熱弁していた。

 誕生してからまだ1年に満たないブランドだというのに、人気は上昇の一途を辿っている。今回も情報解禁されると、瞬く間に各SNSで拡散・共有され、限定ということも手伝って発売前からお祭り騒ぎだった。
 ここにも、「入荷と発売日は同じなのか」、「取り置きはできないのか」、「どれくらいの個数を販売するのか」等、電話やメールの問い合わせが相次いだ。
 うちのようなバラエティショップで扱う商品は、予約や取り置き等は行っていないので、いつもこの手の質問にはテンプレートのように、「大変申し訳ございませんが、公平に皆様へお届けする為、いたしかねます」と答える。

 いつだったか、「どうしても欲しいんです!この前も、その前も、買えなくて……」という電話を受けたことがあった。声色から、静かな痛みと切実な思いが受話器を通して伝わってきて、私は何も言うことができなかった。
店舗でも、限定品や人気商品の問い合わせを受けることは多い。在庫切れや入荷待ちをお伝えした時の、お客様の残念そうな顔を見ると、胸が痛い。

 新作が発売される商品のブランドは、「Imagine」という。流行に敏感な世代から、ビートルズの有名な曲を連想する世代まで、幅広く届けたいという想いがあるそうだ。今回、日本の四季や平安文化をコンセプトにと謳いながら、そこは海外頼みかい!とツッコミたくなるが、何事も矛盾しながら、影響を与え合っているのかもしれない。
 ただ、そのブランド名通り、「想像してみて」というなら、そっくりそのままお返ししたい。商品を手に入れたいすべてのお客様に届けるためにはどうすればいいのか、購入できなかったお客様の残念な気持ちも、想像してみて、と。お客様視点で想像すると、こう思う。
 一方、近年は質の良いコスメが手軽な価格で手に入りやすくなり、競合も激しい。すると、いかに注目を集めるか、購買意欲を掻き立てられるか、というところも狙っていかなくてはならない。だから、限定販売という戦略も、企業側からの視点で想像すると仕方ないのかもしれないと、こう思う。

 ガタンッという音に、我に返る。
 次の瞬間、「Imagine」の商品を乗せたカートがぐらりと揺れた。後輩スタッフの石川さんが何かにつまずいたのか、転びそうになっているところだった。
 商品が揺れて落ちそうになっているのを横目に、石川さんは「あっ」と小さく声をあげて、とっさに後ろ向きになり、エプロンを広げた。ドンっとお尻から落ちる。
 異変に気付いた周囲が彼女に注目する。
「……良かった……落ちてない」
 ホッとした様子で、広げたエプロンの中に収めた商品を見る。愛しい我が子を衝撃から守る、母親のようだ。
「石川さん、大丈夫?!」
 何人かが走り寄り、声をかける。「いたたた」と苦笑いで立ち上がり、お尻をさすりながら、
「すみません。この子たちは、無事なんで……」
 力なく笑う石川さんの顏色が少し悪く、なんだかいつもと違う様子に感じた。
 周りはそれに気づいていないようで、「もう、本当にコスメ愛が強いんだから~」なんて言って笑っている。
 気のせいか?本人はこのブランドの誕生前から思い入れがあるようで、明日の新作の為にも張り切ってポップの準備などもしていたので、水を差すようなことは言わない方がいいかな、と私は気にしないよう努めた。


つづく→小説:「一寸先は光りと望み」第1話-②|花里瑠璃子 (note.com)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?