見出し画像

学校に行く人のほうが行かない人より偉いのか

9歳の息子が、11月の中旬から、ぱったりと学校に行かなくなった。

もともと学校が好きなタイプではなかった。日本で通っていた学校は、田舎のごく小さな学校で、ほのぼのとした雰囲気を息子も気に入っていたけれど、それでも時々月曜日になるとお腹が痛くなることがあった。

インドに来てから、多国籍の子どもたちが通う学校に通い始めた。最初は楽しんでいたけれど、学年が上がって担任の先生が変わり、授業の内容も高度になると、ときどき学校を休む様になった。

それでも友達はいい人たちばかりで好きだったようだし、なんとか通っていたのだけれど、空気が悪くなってしばらく学校がお休みになったあとの月曜日、この日はまるで駄目だった。なんとか連れて行こうと説得をしても泣いて動かず、ようやく玄関に向かったと思ったら地下に隠れていた。

その日から息子は、学校に行かなくなった。


学校が嫌になったワケ

聞けば、とにかく違う言語(英語)での難しい内容の理解が追いつかなくてわからなくてつらい。先生も宿題を出す割にきちんと採点しないし、無責任。一人ひとりの友達はいい人が多いのだけれど、クラスの雰囲気ががちゃがちゃうるさくて、声も大きいし、文房具などをよく盗まれたりする。

…というのが主な理由のようだ。それは、なんというか納得だ。では日本人学校に替わったら解決なのだろうか、と聞いてみた。

すると、

日本の学校は、わかりきったことを無意味に何十回もやらなくちゃいけないからそれはそれでいやだ。見てよこれ。(日本人向けの日本語学習教材)

と訴えた。だから日本人学校に変わって果たしてきっぱり解決なのかどうかも自信がない、とのこと。

それも納得だ。彼が見せてくれたプリントは、答えが全部+1ずつしていくように並んでいて、考える必要のない、なんていうか、意味あるの?って思えるものだった。(いやもちろん、基礎を理解するために必要なのかもしれないけど…実際そうやって諭してやらせてきたんだけど…)

納得してしまったので無理に学校に通わせる事もできない。かといって家でだらだらしているのもどうかと思うので、妹が学校に行っている間はゲームやテレビは見ないこと、そして学校に行かない時間を自分でその日ごとにどう過ごすかきちんと決めて動くこと、という約束をした。

そして、学校に行くことは実はとってもラクチンな方法だけれど、みんなと違う行動をすることは、責任も発生するし、実はずっと難しい道なんだよ、ということも伝えた。

旅に出る

その後日本人学校の体験入学も経て、今後どうするか結論を出すまでの間、母と息子で旅に出ることにした。どこに行きたいか、と話をしたら、英語がうんざりだから日本語が喋れるところがいい、ということになった。もちろんそんな場所は日本しかない。

というわけで、息子付きとはいえ、私がチビを置いて旅に出るなんて多分めったにできないことなので、せっかくなので便乗してずっと会いたかった人に会ったり、行きたかった場所に行く日本旅を計画した。

画像1

息子には旅をする間、毎日日記を書き、noteでアップすることを約束した。自分の考えを整理するためにも文章にすることは大事だし、noteでアップすることで色んな人の反応を得られるのも面白いだろう。何よりも息子は字が汚すぎる。手書きで書くよりデジタルの方が断然良いのだ。

そしてできるだけコストを抑えて旅を続けるために予算と収支の管理をお願いすることにした。使う公共交通機関や、途中ヒッチハイクをする場合の高速道路のインターチェンジを確認したりもした。

私自身、9歳のときにはじめての一人旅をした。一人旅は私にとってとても大きな経験だったらしく、旅の前後で字の筆跡がずいぶん変わっていて驚く。あきらかに旅のあとの字は、丁寧でどっしりとした、少し大人びた字になっていた。そして覚えているのは、「学校だけではない、こんな世界があるのか!」という視界がひらけるような感覚を得たことだ。

その後、地元の中学にいかず、別の中学への進学を希望した理由の一つに、この9歳のときの旅があるのは間違いないと思う。

話がそれたが、そんな自分の経験をふまえて、息子にも、今回の旅を通じて学校だけじゃない、広い世界を知ってほしい、と思った。そんな思いを込めて、当時私が一人旅で訪れた岩手を、そしてその当時お世話になったおじさんとおばさんを尋ねることにした。

学校に通っている方が偉いのか/仕事をしている方が偉いのか

できる限り旅の準備を息子と一緒にしたし、旅を楽しみにしつつも、私がプロデュースした旅が果たしてきちんと息子の琴線に触れるものになるのかどうか、ハラハラもしていた。

ところが、夫はずっと苛立っていた。多分、息子が学校にいかなくなってから、ずっと夫はイライラしていたし、息子に対してとても冷たかった。

「学校も行かないで家でフラフラしてるんなら、手伝いぐらいしろ」というようなことを口走ることもあったし、「出て行け」と声を荒げることもしばしばで、私はそれをじっと見ては心を痛めていた。まあ実際、これはイラっとするよな、というダラダラした息子に原因があることもあったのだが。

家族で旅行に行くときはほとんど夫がすべての手配をしていたし、障害児がいる我が家では、コストを抑えることよりも、いかに快適に過ごせるかということを優先した。

今回は私と息子ですべてを手配しなければならないし、低コストに抑える工夫をいろいろと考えなくてはならず、それは夫に教えてもらいながら、自分たちで考えてやってみよう、と息子とは話をしていた。

しかし、夫にいろいろと教えてほしいのに「自分たちでやるんでしょ」「自分たちの旅でしょ」と突き放され、なんだかしょんぼりした寂しい気持ちになった。私は必死で2週間かけていろいろなところと連絡をとりながら準備をした。もちろん私と息子の旅ではあるけれど、息子は夫と私の子どもだし、息子が良い経験をできるように相談に乗って欲しいと思っていたのに、なんだか寂しかった。

画像4

そうして出発前夜、牛のうんこを踏んだ息子がその足をウーバーのタクシーの中でこすりつけたことに夫は激怒し、息子の旅の準備の相談にも門前払いで、ついに私は爆発した。

「なんでそんなに冷たいの?私達の子どもが大事な旅に出ようとしているのに。」(うんこ踏んだぐらい笑い飛ばせよ!)

ちなみに出発前夜、私は熱を出して体調は最悪だった。喉が痛すぎて本当は声だって出したくないくらいだったけれど、叫ばずにはいられなかった。

「こっちは子ども3人の世話をしながら仕事いかなきゃなんないし、他の子どもたちだってちゃんと学校に通うのに、おまえたちは遊びにいくようなもんじゃないか。日本人学校にかえるのでいいなら、それでいいじゃないか、旅行なんてやめて学校いけばいいんだよ。」

※注)もちろんお手伝いさんとドライバーさんのヘルプはフル稼働。

夫は捨て台詞の様に言った。

ガーン。

そもそも、家族で旅行に行くのは「遊び」でいいのに私と息子が旅行にいくのは「遊び」じゃなんでだめなのか。本気の「遊び」をなめんなよ。その旅の準備を2週間せっせこしてきた私の仕事をすべて否定されるような発言は気に食わない。そして、学校に通う妹はよくて、今の学校はしばらく行かないことにして自分の道を模索する長男を見下す発言も聞き捨てならない。

まあ仕事してご飯を食べさせてくれているのは実際夫なので仕事してる方が偉い、というのはなかなか否定しにくいけれど、

だた一般論として、収入が安定した仕事についた人が、そうでない人より偉いとは個人的にはあんまり思えない。主婦だって、報酬はないことが多いけれど、ちゃんと仕事をしている。

夫、息子と面と向かって話したときは、「学校行きたくないなら行かなくていいし、自分の道を探すのなら応援している」と冷静に話していたはずだし、「旅をしてくるのはとてもいいね」と口ではいっていたはずのだけれど、どうやら腹の中ではやっぱり学校に行ってほしいと強くと思っていたようだ。

画像3

私は学校に行きたくないと息子がいうなら、それはそれで別にいいんじゃないかと純粋に思っていた。むしろ今の学校に通いながら、毎日べそをかきそうになりながら、1時間も2時間も勉強する(まだ日本なら3年生なのに)のを見るのはちょっとかわいそうだった。

学校に通う意味というのは多分人それぞれだし、勉強をする意味というのも、勉強したい内容も多分、人それぞれだと思う。

私はというと、学校が好きで好きでたまらないタイプだった。とにかく学校に行くのが楽しくて、みんなと毎日学校で笑い転げたり歌ったり作文したりするのが大好きで、熱が出ると学校を休むのが嫌すぎて、なんとか体温計の温度を下げようとしたクチだ。先生にも友達にも恵まれていた。嫌なことがあっても、それを解決できる環境だった。勉強すること自体も純粋に楽しいと思ったし、勉強をすることで見えてくる景色がかわっていくのが面白かった。

それでもやっぱり学校の窮屈さというのは時折感じていたし、9歳のときにした旅では思いっきり視界がひらける経験をした。だから、息子がどういう選択をしようと、理由があって、そこに意思があって、世界が広いことを知っていれば、まったくもって良いと思っている。

夫は、息子が学校にいかなくなったことを、なかなか腹の底では受け止めきれていなかったようだ。はっきり言って、中学卒業して放浪の旅にでた夫と息子はそっくりなんだけど、自覚がないのか、はたまた似ているからこそ受け入れるのが難しいのか。

いざ出発

もちろん夫とは朝仲直りしましたよ。(夫婦の愛をなめんなよ。)

お手伝いさんがいるとはいっても、やっぱりフルで仕事をしながら子どもたちと生活していくのは不安があるだろうし、てんぱってついイライラしちゃうのもわかる。頑張れ夫。ありがとう、夫。そして、家に残る子どもたちと、お手伝いさんズ、よろしく頼みます。君たちも一回り大きくなるんだよ。

息子が旅先でいろんなものを見聞きし、色んな人と話をしてくることが、何よりのお土産のはず。目をこじ開けて、耳をかっぽじって、旅をしろよ、息子。(おいおい、任天堂スイッチをリュックに詰め込むんじゃないよ、旅先でそんなことしてる暇はないだろう、お前には!)

まあでも、学校のような場所でしか得られない経験があるのも事実だと思うし、母としては毎日学校に通ってくれたほうがラクチンなので、学校に通ってみるという結論をだしてくれたら嬉しいのは確かなんだけど、そのためのプロセスを、ちゃんと自分で確認してからすすんでほしい。

画像3

旅の様子は息子がnoteで記録していくので応援よろしくお願いします。

息子の今日の記事ははこちら

 


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ごちそうさまでーす
26
インド在住4児の母。2013〜2015年TEDxSakuを運営。重症心身障害児として生まれた第三子のインド生活と、学校をサボりがちな長男の自分探しについて主に執筆。時々自分の過去をトレイルしつつ、健康とアートをテーマに社会を考える。 rui.0909@gmail.com

こちらでもピックアップされています

妄想連載「ハーフボイルド家族」
妄想連載「ハーフボイルド家族」
  • 48本

ハードボイルド、とまではいかないけれど、ちょっと変わった家族の記録。ぶつかったり離れたり、時々進むけど、しょっちゅう後戻り。 自由と正義を掲げた船に乗り込んだ私と4人の子どもたちは、荒波に揉まれつつ、それぞれの根っこを形成しながら、自分の生き方を模索する。ボロボロだった私は、いつのまにか夫と一緒に船の舵を取り、時には率先して行き先を決める。知らずしらずのうちに、もっと知らない世界、もっと尖った生き方を求める船の旅を、私は家族の誰よりも楽しんでいた。 ポンコツ船は、2018年秋、6人の家族を乗せ、海を渡ってインドにやってきた。私達家族の、この不思議な変化の軌跡を記録していく。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。