見出し画像

近未来SF連載小説「惚れ薬アフロディア」No. 10-1 邪悪な美(1)

Previously, in No.1-9(全12回程度の予定):

     *     *     *

アムステルダムの中央駅を出て左のほうへ進んだところにある「飾り窓地区」、別名レッドライト・ディストリクトの赤と黒で飾りたてられたいかにも淫靡な雰囲気のカフェ。入り口には "GESLOTEN"、オランダ語でCLOSEDの意の札が下がっていたが、中からうっすらと光が漏れていた。

大麻の煙がただようカフェのさらに奥の小さな部屋に、3人の男がいた。

部屋は狭いながら、暖炉があり、アンティークの書斎机とソファセットがあった。3人はそれぞれ、ウィスキーかワインの入ったグラスを片手に葉巻をくゆらしながら話していた。

「なるほど、君たちのプランの大筋はそういうことか。来年中に各新興国で独立の是非を再度問うレファレンダム実施を発表させて、実施までに世論をうまく形成する」

「はい、閣下」

1人だけ50歳台と思われる男が、他の70歳は越えているとみえる2人のうちのひとりに答える。

「閣下はやめてくれよ、飾り窓地区には場違いだな」と閣下と呼ばれた老人が笑う。

「曲がりなりにも君は国王に次ぐ存在だったからなあ。私は、EU議会の副議長どまりだったが」

そう言って葉巻をくゆらしたのが、EU議会の保守派の重鎮、議員を退職してからは保守派のフィクサーのように暗躍しているフランス人M。

閣下と呼ばれたのは、ブリテンの保守党元幹部で2030年代にリリーフのように半年だけ首相の座にあった元首相S。二人とも1980年代生まれの古いタイプの政治家だった。

「君はロバニエミ会議にも来ないが、このペドロはね、2050年のベストセラー『新国家論』著者の未来学者としてはかなり名が知れたマルティネス博士だよ」

「よく存じてますよ。私は会議はダボスで卒業、もう表向きの政治の場には顔をださないことにしているんだ。

マルティネス君の、EU進化論というか、地域統合で、「通貨発行」、「軍備」、「徴税・歳出予算」などが統合化された統合の最終ステージでは、それら国家としてのかつてのエッセンスがコンピューターの基本機能のOSのようにブリュッセル主導できちんと動いているので、「文化」とか「愛国心」というユーザー・インターフェイスには自由度があってよい、しかしながら、その自由度もどこかで線引きが必要、という本での主張には賛同するね」

「ありがとうございます。やはり、過去2000年くらいの歴史の中で、不幸にも自らの文化が封印され異なる文化に同化を強いられたことがある民族にとっては、独立のレトリックが熱狂的な支持を得るのはもっともなことで、それが私が本で『理想に浮かれた熱狂』と呼んだ2040年代で、その後には『醒めた頭に二日酔いの頭痛が襲ってくるに違いない』と警告していたのが、まさに起こりつつあるのが今の2050年代と言えます。

かつて禁止され失われつつあった母国語を喋りたい再現したい、それは当然の民族としての欲求です。それは、ぜひいったん十分に味わってもらえばいい。

例えていえば、初恋を知らずに大人になってしまった人間に、方法があるならその甘美な恋心を味わってもらうのは悪い話じゃない。

でも現実には、もともと母国語とはいえ新たな言語での教育制度の再設計と運営は大変なことだし、一般大衆は民族の言葉で歌を歌ったり祭りで集ったりは楽しくていいけれど、今さら日々の生活も慣れ親しんだ言語から変えるのは面倒というのが現実だと思うんです」

「まあ、予想できたことではあるな」Mはフランス語訛りの英語でつぶやくと、ふっと葉巻の煙を吐き出す。

「母国語と愛国心、何百年も何千年もかかって醸成される基盤。これは、中央アジアのEU加盟国ジョージアに滞在して感じたのですが、あの国は2000年以上ローマやペルシャやトルコやロシアに蹂躙されながらも、独自の言語と文字をいまだに保っている。ジョージア人は当たり前のように自らの文化を守っている。極東アジアの日本も、国民は意識しなくとも、あって当たり前の空気のように国そして同胞に対する愛があるようで、私なりの『線引き』は独立国家たるもの母国語が自然に定着していることというのが結論なんです」ペドロは言う。

「それでM君、今日の我々の極秘飾り窓会談の主題はなんなんだい?」Sが聞く。

「カタルーニャ。。。」Mが顔をしかめて言う。

ペドロが続ける。

「カタルーニャは前世紀の終わりの20年くらいのスペインの自治州の頃からそれなりに母国語教育をやってきていた。それよりも、スペイン語とフランス語の間のようなカタルーニャ語とスペイン語の親和性が高く、バイリンガルを自称する人も多かった。独立後まだ4年ですが、あの国は着実にカタルーニャ語率を上げてきています。現政権も経済危機にみまわれているにしては高い支持率を得ています」

「プチドモン」Mが吐き捨てるように言う。

「あいつの爺さんにはわれわれも手こずったなあ」とSもうなずく。

「孫も生意気な奴だが、世論調査するとカタルーニャだけが独立継続派が大多数になっている。他の国は、まだまだ我々がちょっと工作すれば独立状態からの脱却をめざす再統合派の独立EXIT派が巻き返せるんだが」

「独立からのEXITか。INDEPE-XIT、インデピジットとかいってるやつだな。オキシモロン、自己矛盾の表現だが、BREXIT、英国EU離脱を思い出すなあ。それで、どうしたらいい?」Sが二人の顔をみる。

「Mがよく知っているように、私は元MIー5の政治工作ストラテジストのXという凄腕のやつを庇護下に置いている。政治信条などまったくない、政治工作が楽しい愉快犯みたいなやつで、仕事は一流。野放しにして反体制に金で利用されると非常に危険なので、私が抱えて体制維持側につけているんだがね。

Xは、これまでも、政治家の女性スキャンダルから、収賄事件のでっちあげ、派手な都市部でのテロ、誘拐、いろいろやってきている。毒殺もやるし、このあいだは新型の小型プラスチック爆弾の話を新しいおもちゃを得たように嬉しそうに話していた。危ない奴だ。

まあ、21世紀だからね、ドンパチ、暗殺は古いし、へたすると、逆効果で、変な政府の陰謀論や死者が英雄視されたりするんであまりお勧めしない」

「もったいぶらないでくれよ。新興国リーダーへの工作の相談をしたら、いいアイデアがあると言っていたじゃないか」MがSに言う。

「あまり詳細はいえないが、工作実行の候補として、我々としてはこの上もない非常におもしろいアセットが確保できているんだ」

Mは葉巻を持った左手で、ペドロに席を離れるように促した。

     *     *     *

Sは話を続けた。

「このアセット、今、身元調査の最終段階だが、おそろしいくらいに任務にぴったりの条件がそろっている。

ひとつに、欧州とはまったく関係がない出自。ふたつに、理想のスリーパー・セル、つまり、普段は無害な一般市民として潜伏して生活し、ひとたびアクティベートさせると我々が100%制御できる工作員として使えること。そして3つめとして、このアセットは既にターゲットに非常に近い立場にあるということ」

「どこなんだい、アフリカか?はたまた南太平洋の小国出身か?ヒントで地域を教えてくれよ」

「地域をいわなくても、このヒントで君なら国がわかるだろう。

地球上でこれまでの歴史で一番成功したコミュニズム社会を実現した国。

資本主義国家なのだが国民の平等意識が強い。

社会主義をうたいながらも弱肉強食の中国や北朝鮮なんかよりもずっとコミュニストな国。我々が生まれる10年前の1970年代にフランスや南欧が目指したゆるやかなユーロ社会民主主義なんかよりもっと国民が政府と社会におんぶにだっこの国。

急速な経済成長したが、ジニ係数で測って所得格差が英米のように格差が広がらなかった。毎朝、大企業の社長が社員といっしょに朝の体操したりするパターナリスティックな会社経営、新卒採用、終身雇用、年功序列の国。

でも、あまりにも横並びのコミュニズムがはびこって、それが政治的リーダーシップのでてくるのをさまたげて、21世紀、デジタルIT化で後れをとり、新エネルギー革命では取り残され、高齢化に対応できず、経済は長期停滞。2030年の世界経済恐慌の後は通貨が暴落して、今や先進国へミドル・スキルの出稼ぎを送り出す大国となった国といえば?」

「フィリピンといいたいところだが、それは、日本だね。うちの孫の家の家庭教師兼メイドは日本人なんだが、個人個人は素晴らしい。職人肌でとてもいい仕事をする。仕事ぶりは信頼できるやつらだ。20世紀は集団としても強かったが、いまや政治が三流でリーダー不在で迷走している」Mは言う。

「この日本人のアセットは、プチドモンの親友に近い。とても自然な形で」

「さらにちょっと説明するのが複雑になるんだが、当初我々も眉唾で慎重にチェックが必要だったんだが、たとえて言えばね、ジキルとハイドはジキル氏が意識して薬でハイドに化けてたんだが、このアセットではね、同じ体にジキルとハイドが人格分裂で共存していてジキル氏はハイド氏がなにしているかまったく知らないんだ。

こんな完璧なスリーパー・セルはないね、かなり特殊ケースだが。善良なジキル氏は工作員のカバーとしてでなく普通の人として普通に生活していて、隠れている邪悪なハイド氏を我々が必要に応じてアクティベートさせている。今のところは、主人格が夜中ノンREM睡眠に入ったところでスマホでコードとなる音をならして別人格をアクティベートさせて訓練準備、打ち合わせはすべてスマホで形跡をまったく残さないようにしている」

「そんなことができるんだ。。。でも、いまどき、人が死ぬテロはいかんな。なにかスキャンダルをでっちあげるか、リーダーたちのぶざまな姿をマスメディアに晒して支持率を下げるか。いくつかシナリオを考えさせてくれ」

「いかようにでも対応できる。。。ひとつね、アセット自身からちょっと不思議な要求があって、それで我々もちょっとレッドフラッグたてたんだが、身元調査でそれも完全にクリアできた。。。任務執行への法外な金銭的見返りとかうるさいこと言わなかったんだが、なんとね、ひとつだけ条件として、工作員としてのコードネームを自ら指定して要求してきたんだ」

「007じゃあるまいし、スパイ小説の読みすぎなんじゃないかい?だいじょうぶかね」

「『EB』というコードネームがいいって言うんだ」

「Europe - Britain じゃないだろうな?欧州政治安定の為の君と私の暗躍を暗示してるような。それはちょっとばれると後々問題だな」

「違うんだ。。。

Evil Beauty、邪悪な美、の略だというんだ」

「なんだそれ?、それこそなんかの小説のスパイみたいだな。女性なのかい?」

「身元調査させたが、SNSで使ったハンドルとかでもないし、彼女にかんするビッグデータにいっさいでてきていない単語だったから、OKとした」

「そうか、変ではあるな。でも、案外いいな。邪悪な美か。。。

あのプチドモンをうまく窮地へと陥れてくれそうな、ワルで、いい名前だ」

(No. 10-2 「邪悪な美(2)」に続く)

今後の連載予定:
No. 11 「絶壁の教会(ガステルガチェ)」
No. 12 「エピローグ」


この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません。医学的な知識はまったくでたらめで、SFなので政治的な内容はまったくの妄想で幾ばくかの根拠もありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?