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【連載小説】スモール・アワーズ・オブ・モーニング(4)第四章 ちょっと愛をください


強烈な熱帯のスコールはいつもあっけなく終わる。

ロシェルは、茫然と立ち尽くすサチの前に歩み寄る。


そっと彼女をハグする。


そして日本語で言う。

「あなたは悪く無いの」

「あの人が病気なのよ」


激しい落雷と雨を降らせた黒い雲は、もう南東の方の海の上へと移動している。

ペントハウスから遥か遠くにそれが見える。

あっちがビンタン島だったな、とシンイチは思い出す。

嵐の去った、高層ビルと緑の島シンガポールでは、トロピカルバードたちが清々しい朝の始まりを告げ始めた。


無言のマル。


失語症のように口を閉じて、いつもの軽いジョークが出てこない。

沈黙。
 


教授ダニーは思った。

実はアネッサも同じことを思っていた。

奇しくも、トシも、ヒロシも、シンイチも。ナガトまで同じことを思っていた。

「。。。そうだよ。。。バンドだよ。ギグだよ。デッカいステージだよ」
 
惨劇からの救済手段が、神からの啓示のように見えてくる。


ミッション・フロム・ガッド、神からのミッション。

光が差してくる。


ダニーが言う。

「(こんな時に唐突に変なアナウンスだけど、半年後の夏の第一回ビアーフェスでの演奏に我々ブラザーズインブルーが選ばれたんだ。
 
10以上のバンドが3日間競う。でっかい本格的なステージ。

ギャラも出る。そしてバックステージではなんと世界のビールが飲み放題らしい!
 
。。。やろう!やらない手はないだろう!

でも、これから猛練習だよ。恥ずかしい演奏はできない。

。。。マル、あのフェンダーは買え替え時だった。

すぐに新しいベースをひとつ買ったほうがいい。)」

そう言うとダニーは笑う。
 

その笑い声に、トシが、いつもに増して破顔一笑して応える。

「(ハハハハハ、ビール飲み放題、天国じゃん。理想のイベント)」

「(ビールの神は我らを見捨てなかった、アーメン)」珍しく、ナガトも軽口を言う。


北緯1度の太陽は朝9時にはもうジリジリと暑い。

空に虹が?とシンイチは見渡したが、残念ながら、豪雨の後でふんだんな湿気と朝の太陽はあったものの、角度のせいか、都合よくきれいな虹が見えたりしてバンド再生の門出を祝うことはなかったのだが。
 


いろいろとがたがたしたが、「新生」ブラザーズ・イン・ブルースは惨劇から3週間ほどして、本格稼働へと動き出した。

タイミングよく現れた、フランス人のホーンズの存在が大きかった。

トランペットのルーディとバリトン・サックスのクリストフはリハに現れると、即、バンド入りが決まった。

二人はフランス人6人でやっているポップスバンドのメンバーだったが、かけ持ちでぜひやりたいと。

二人が来た日が、最高に晴れ渡った日で、ペントハウスからはシンガポールの南の方のインドネシアの島が遠くに見えていて潮風が気持ちがよかった。その場で演奏に加わって、ビールを飲んで打ち解けると、長年の旧友みたいないい感じに。会うべくして会ったやつらという感じであった。

ふたりとも楽譜は初見でばりばり吹ける。幼少人時にクラッシックの訓練を受けている。楽器も、ルーディは小学校のときに親に買ってもらったトランペットを今でも大事に使っている。仕事はIT会社の財務担当だが、奥さんが台湾人でアジアはけっこう長い。

クリストフのバリトン・サックスはなんと彼のおじいさんのものだったもの。自分でサックスを分解して組み立てられる、技術屋みたいな男。仕事はやはり半導体の技術者とのことでメカとか好きらしい。シンイチ思うに、音楽好きには2つパターンがあって、音楽が好きで楽器はなんでもいいんだというタイプと、楽器からはいってその楽器が好きで音楽のジャンルはとくに問わないというタイプ。あきらかにクリストフは後者のタイプ。

ハート型をした東京23区くらいのサイズのシンガポール島の真ん中あたりに、セラングーン・ガーデンという地域がある。そこにフランス人学校リセ・フランセーズがあるのでフランス人がたくさん住んでいて、一種の小さなフランス村みたいになっている。ふたりとも、そこからタクシーを相乗りしてリハにやってくる。

1月に、サチのフランス人の旦那の香港転勤が決まる。3ヶ月後ということだったが、半年後のビア・フェスタにはでれないということで、バンド引退を申し出る。いろいろあったしな、とナガト。

代わりに、アミンという20代のユーレシアンのシンガポール人の男がはいることになる。普通の大学でて銀行勤めを1年やったがピアノ愛が高じてモスクワに2年留学。今はギグをやりながらピアノを教えて生計をたてているという。プロなので、なんでも弾けてしまう。サチが手こずったレイ・チャールズのテイル・フェザーのイントロも耳コピーでなんなくこなした。


鬼教授ダニーのもと、練習は週2回、土曜日のペントハウスと、新たに水曜夜8時から2時間のスタジオ練習も加わる。

スタジオはゲイランというかつての赤線地域にある歓楽街にミュージシャンが経営している格安のを使うが、6畳くらいの部屋に10数人がはいると、おしあいへしあい、酸欠状態だが、飲食禁止にもかかわらずこっそり持ちこんだ缶ビールを飲んだりして盛り上がっている。ルーディの提案で、ホーンセクション練習も別途やることになる。

レパートリーもどんどん増えていった。

映画ブルース・ブラザーズそしてその続編の映画に登場する曲はほぼすべてカバーして、さらに映画の後にも継続して活動しているブルース・ブラザーズ・バンドがコンサートでやっていた曲や、オーティス・レディングとかソウルの有名な曲も加えられた。

土曜午後のペントハウスでの練習には、娘のマリサとゴールデンのしょうゆを連れて片隅の椅子に座って本を読みながら聴いているロシェルの姿があった。

トランペットのルーディのたっての願いで、ミニー・ザ・ムーチャーという映画の挿入曲のひとつもやることになる。これは不思議な曲。歌詞は意味不明、さらにボーカルの大御所キャブ・キャラウェイが、ハリハリハリアー、ウリウリウリオー、とか摩訶不思議なコール・アンド・リスポンスの掛け合いを観客とやったりする。

シンイチは、あ、この唄、たしか米国留学時の学校の学芸会でこれを替え歌にして先生をおちょくる出し物があって大受けしてたっけ、と思い出す。米国の定番おもしろ替え歌みたいなものか。ボーカルのブルースが、ハリハリハリハリアーとえらく盛り上げてくれる。職人芸の上手さ。ジャパニーズたちはひそひそと、はりはり鍋くいたいな、でもクジラはやばいよな、とか関係ないことを話してはいたが。


2月の旧正月が終わって雨季が終わったかなという3月、太陽の照りつけは日増しにジリジリと焦げ付くような熱さを増している。湿気100%の淀んだ空気の中、ルーディの哀愁あるトランペットが響くと、一瞬、東南アジアの熱帯の島が、アメリカのミシシッピー河河口の南部の街に変わったような錯覚を受ける。ルイジアナあたりの場末のバーで流れるような音が、30階のペントハウスからアジアの夕空へと流れていった。

あの事件以降、歌姫アネッサは30階ペントハウスの常連になる。フル・レギュラーとして、オリジナルが女性ボーカル以外でも、すべての曲で歌ってもらうことになる。


アネッサ・ベーカー、30年ちょっと前に、シンガポールでイギリス人の父親とマレー系シンガポール人の母との間に生を受ける。音楽好きの両親の影響で、子供の頃から歌が好き。それが高じて、いまは会社勤めをしながら、セミプロ的にライブハウスで歌っている。

歌手だと誰が好き?とシンイチが聞くと、返事の中で、アレサやチャカ・カーンらソウルの大御所の他に、意外だったのはジュリー・アンドリュースの名前があったこと。え、あのサウンド・オブ・ミュージックの?と聞くと、そうだという。子供の頃、ディズニー映画のサントラが好きで今でも好き、というのもちょっと意外だった。たしかに、どっしりした体格から絞り出すようにでてくるブルージー歌声のなかに、ときどき、高音で透き通った伸びやかで素直な声も交じる

アネッサの本格的な参画で、ブラザーズ・イン・ブルースは今や、男女ツインボーカルの、ブラザー&シスター・イン・ブルーと化していたが、そんなことは誰もなにも言わないくらい、しっくりとバンドに溶け込み、音楽的にぐいぐいと引っ張る存在になってきていた。


シンガポールは200年前の19世紀初頭に、イギリス人ラッフルズがこの島の交易港としての立地に注目して島を支配していたサルタンから島を買取って都市建設したことで近代史が始まっている。その都市建設の過程で、中華系、マレー系、インド系の多くの移民がやってきた。ある意味、アジアでは唯一の「移民の国」。

欧州人とアジア人の混血、日本でいうハーフ、シンガポールで言うユーレイジアンはその歴史の中で生まれ、現在では3万人ほどがセンサスで自らをユーレイジアンとしているという。ジャズやブルースは、アメリカという新大陸でヨーロッパのハーモニーとアフリカのビートが出会って生まれた混血音楽であるが、そのブルースがこのアジアの片隅で、人種混成部隊のバンドによって愛でられ演奏されている。まさにアネッサ自身が、そんな混血さを象徴している存在ではあった。そして、その飛び抜けて明るい性格が、バンドに花を添えていた。
 



シンイチには幸いなことに、日本のゴシップ誌が、あの天敵、グローバル人材指南師の元国連職員の元作家のスキャンダルを暴き始めた。

妻子もいるのに、留学支援のお客の母親と不倫密会していたらしいが、その不倫相手がけっこう有名な元アイドル歌手だったからスクープになってしまった。

週刊誌はおもしろおかしく、残酷にも、彼のエリート然とした人生をほじくりまわす。国連には勤めていたのはウソではなかったが、職場のセクハラ疑惑で懲戒免職だったのがわかったり、イギリスの大学院を卒業していたのはウソではなかったがそれは田舎の学校で、その後に夏に2週間だけとったオックスフォードの夏季短期講座をあたかも最終学位のように書いていたりが指摘されたり。

しまいには、とある英語での討論会でとんちんかんな発言をしている動画がみつかったりと。シンイチは記事を読んでて、ちょっとかわいそうになったが、競合の化けの皮が剥がれてくれたおかげで、地道にやってるこっちが見直されて商売的には助かるかなと安堵する。

相手の意見をまったく理解できてなかったのが、とんちんかんの原因。やっぱり外国語って喋るのよりもまずは聞いて理解するほうが大事だよな、とシンイチは思う。日本人はよく、自分は読んだり聞いたりは大丈夫だが喋るのが苦手とか言うが、聞いて相手の言っていることを理解して言いたいことを整理すれば、おのずと効果的な発言はできるはずだよなと思う。まず聞かなきゃ。外国では自分は自分はと遠慮なく発言しないとだめだというアドバイスは大きな間違いだよなと。

急に辞めたマサシのビザをキャンセルしたり、会社に義務がある出国の税クリアランス作業をやっている際に、おかしなことに気づく。3万シンガポールドル、240万円くらいが不思議な名目で経費支出されたことになっている。経費精算はマサシ。さっそくマサシに電話するが音信無く、メールにも返事がない。

仕方ないので弁護士に相談すると、これはよくある経費不正、訴訟を起こしてもいいが弁護士費用で150万円、勝訴しても取り立てられる可能性は低い、刑事事件にしても金は戻ってこない。
やれやれ、240万円は自分の経営者としての勉強の授業料のようなもんかと諦める。
 


6月の大イベント、第1回アジア・ワールド・ビア・フェスタにむけて、バンドの練習は続いていた。世の中では、前年の11月に驚きの当選を果たしたトランプが大統領に就任して、なにかとニュースを賑わしていた。

そんな3月のある日、マルは咳き込み、38度ほどの発熱。軽い肺炎だったが熱が下がって症状も収まったので、バンド仲間とボートキーのパブで夕食をとって酒を飲んで帰ろうとすると、ちょっとろれつがまわらず、ふらっとしている。

ナガトの機転で、これ、まずいやつですよ、とタクシーで救急をやっている大病院へと行く。診断はTIA、一過性脳虚血発作で、なんらかの原因でできた血栓で脳が詰まって、脳梗塞の一歩手前のようなことになっていたらしい。
インフルエンザのようなウイルスにかかって、それが何故、血栓につながったのかは医者も首をかしげていたが、不幸中の幸い、すぐに病院にいったおかげで大事にはつながらなかった。

麻痺のようなものもまったくなく、その週の練習では、むしろベースがうまくなったんじゃないか?それ、いいウイルスかも、と、みなに冷やかされたりしていたが。
 


「嗚呼、可愛いベビーよ、ハートに火をつけて~」トシがドラムをセットアップしながら唄っている。

「おいおい、トシ。それ、同じギブミー・サム・ラビング でも、サザン・オール・スターズのやつな」とマルがつっこむ。

「知ってますよ~。ダダダダダ、のほうだよな、おれらのブルース・ブラザーズのやつは」

ナガトは、ほっとしていた。こじれた浮気痴話ばなしの騒動がどうにかおさまって、また昔通りのゆるーい感じが戻ってきたことを。

唯一の違いは、今度は練習に気合いがはいっていること。3ヶ月後に迫ったビアーフェス出演のために、厳しい練習が続いていた。教授ダニーはがんがん曲を追加してくる。

ギミー・サム・ラビングはロック調の曲で、たしかに、ダダダダダ、ダダダダダというベースが唸るイントロで始まる曲。歌詞はこんな感じで意味不明だがなんだかかっこいい。うがった読み方をすると、愛の行為そのものを唄っているような(あれ、たしかに体温あがるしな)。
 
「俺の体温は上がっているし、足も床についてるぜ
いかれた奴らがもっと欲しいから、ドアを叩いている
なかに入れてくれ、ベイビー、おまえがどんななんだか知らないが
でもな、気張らなくていい、ここは熱いから
そして、俺達がうまくいってよかった
ほんとによかった
ギミー・サム・ラビング
ちょっと愛をくれよ
ちょっと愛をくれよ、毎日な」(抄訳)
 
「リスペクト」は、アレサ・フランクリンで有名な名曲。

この曲、ブルーズ・ブラザーズ映画でも続編の2000年版のほうででてくる。

オリジナル映画のシンクが、こんどは20年後の続編ではリスペクトっていうメッセージに。なかなか奥が深い。よく考えてね、から、ちゃんとリスペクトしてね、への昇格。円熟期あるいは倦怠期夫婦関係への警告のような。
映画では、アレサや他のメンバー同様に20年分年とったルー・マリーニがサックスで合いの手をいれる。ジェイクことジョン・ベルーシはドラッグで80年代に死去しているので、ジョン・グッドマンに代わる。

「あなたが欲しいもの、ちゃんとわかってるわよ
あなたが必要なもの、ちゃんとあるわよ
私のお願いは、家に帰ってきたら、ちょっとはリスペクトして欲しいの、
ほんのちょっとでいいのよ、ほんのちょっと
R-E-S-P-E-C-T、私にそれが大事だってわかってよ
R-E-S-P-E-C-T、忘れずにちゃんとやってよね」(抄訳)
 
「ゴーイング・バック・ツー・マイアミ」はちょっとロック調の楽しいソウルの曲。サックスのアドリブソロと、けっこう長いドラムソロがある。ドラムが珍しくフィーチャーされる曲。途中、合いの手で、バンドメンバーが、「ガッツ・ガッツ・ガッツ・ゲッバック(戻んなきゃ)」というのをいれる。

ジャパニーズたちは、合いの手を、「ガッツ・ガッツ、石松~」とこっそり替えて唄って密かににやけていたり、「トシ、ドラムソロ激しすぎて、誤飲(ごいん)バックツー天国、にならないようにね」とか言ったりしていた。たしかにトシ、60越えると、誤飲・誤嚥には要注意ではある。


ホーンセクションの4人の息もぴったりだった。年は、アラサー、アラフォーに、50代二人。楽器も違えば、国籍やトシなどいろいろ違ったが、なんだか長年の旧友のように気があった。

教授ダニーが、それをみていたのか変な提案をしてきた。ホーンセクションは一言返事でOKした。それは、映画でカントリーウエスタンのギグを乗っ取ったブルースブラザーズが仕方なく、往年のカントリーの名曲「スタンドバイ・ユアマン」をなさけない振り付きで唄うシーンがあるが、それをホーンの男4人が楽器を置いて並んで振り付き合唱で再現することに。そのなんともまぬけな唄が、なぜかバンドメンバーには大好評であった。
 


乾季で気温が体温近くまで上昇していく、5月から6月のシンガポールの一番暑い時期が来て、あっという間に、ビア・フェスの日が近づいてきた。バンドの体温もぐーんと上昇してきていた。
 


「(これ結論、民事訴訟しても、訴訟費用のほうが横領額なみになるし、勝訴しても差し押さえる資産もなさそうですね)」弁護士がシンイチに言う。

「(まあ、刑事告発して、二度とシンガポールにこれなくするとかはできますがね)」

いやはや、泣き寝入りか。まあ、あいつの行った先のスキャンダルに揺れる競合から客が戻ってきているから、それでよしとするか、とシンイチは思う。

そういえば海外で起業するっていったら、尊敬する初老のビジネスマンに言われたっけ。「海外で、インド人に騙され、ユダヤ人に騙され、アラブ人に騙され、それで一人前のビジネスマンになるって昔は言ってたもんさ。君も十分騙されて、修行を積んだらいい」

日本人に、それも信頼していた部下に騙されるとは、情けないな、と思う。今や業務によってローカルをパートタイムでは雇うが、再び創業時のような基本ひとり事務所となってしまったが、また心機一転がんばろうと思った。自分には家族もいるし、楽しいバンドのやつらもいるし、と。
 



そしてやってきた、待ちに待ったイベント、ビア・フェスが。

金曜から日曜まで3日間の、ビール好きには夢のイベント。

世界中から100社以上のビール会社が結集して、ブースをだして味を競う。来客はビール3杯込みの入場料を買って会場にはいると、広い敷地に3つのパビリオンがあって、それぞれで生演奏がタダで聞ける。ロック、ブルース、ジャズ、ヒップホップ、ダンス音楽。様々なビールがあり、様々な音楽がある。チキンウィングとか焼き鳥とかいろんなツマミも売っている。

会場は、シンガポールのど真ん中のマリーナ地域にある、観覧車シンガポール・フライヤーの真下。世界でも唯一夜間に都市公道で実施されるシンガポールF1ではピットとなる特設会場の敷地である。

空を見上げると、夜には照明で色とりどりに照らされた観覧車がゆっくり回っているのが見える。観覧車といっても、それぞれの観覧車に10人以上入れるような部屋が回っている感じ。一周30分ほどのライドでは、貸し切って飲食を楽しみながらシンガポールの夜景を堪能できる。

我らがブラザーズ・イン・ブルーは、その特設会場のひとつのパビリオンで、2ステージ、全12曲を演奏した。

あらためてメンツを紹介する。

マル(ベース兼バンマス、日)、ダニー(リード・ギター、豪)、ヒロシ(リズム・ギター、日)、ブルース(ボーカル、豪)、アネッサ(ボーカル、星)、トシ(ドラム、日)、アミン(キーボード、星)、シンイチ(サックス、日)、クリストフ(サックス、仏)、シュー(トロンボーン、馬)、ルディ(トランペット、仏)。総勢11人。

あれ、シンイチをバンドに誘った野球コーチ、ダンサー兼ブルースブラザーズの兄弟の片割れはどうなった?実は彼は転勤で最初の数回のギグだけで引退していたのであった。語り部が言及するのを忘れていた。それに、星とか馬とかどこの国だ?と疑問あるだろうが、シンガポールとマレーシアのこと。馬来西亜の馬、新嘉坡はなぜか新でなく星で略す。



演奏の盛り上がりは、機会があれば別途動画でご紹介するとして、ここでは、パフォーマンスはえらく盛り上がって大好評だったとだけ記しておこう。

本格的なステージで、本格的な装備で、複数の証明やミラーボールに照らされて、華やかなステージだった。ステージからみると、観客が前のほうで総立ちで踊っているのが見えた。真夏の盆踊りのような、野外フェスのような、素晴らしい盛り上がりだった。


教授ダニーの知り合いの主催側のシンガポール人ダニエル・ラムが、演奏が終わった後の楽屋に来て、興奮気味にバンドメンバーに言う。

「(おまえら、凄いよ。こんな大人数で多国籍のバンド、ほかにないぞ。楽しいし、盛り上げてくれるし、なにより演奏のレベルも高い、大好評だよ。これぞ、シンガポール、いろんなもんが交わる、南の交易港町のバンドっていう感じだよ!ありがとう!でてくれて本当にありがとう!ビールがんがん飲んでくれ!)」

言われなくても、タダで飲み放題のビールは既にがんがん消費されていた。


ステージ脇では、かなり酔っ払った英国人おやじがバンドメンバーをつかまえて言う。

「(おいブルース・ブラザーズ、おまえら最高!楽しかったよ!コミットメンツって映画知ってるか?アイルランドでブルースバンドおっぱじめるやつだよ。今度はあれやってほしいな。ムスタング・サリ~♪って知ってるだろう?)」なんて、リクエストしながら、絡んでくる。
 


バックステージでは、もうひとつ、秘めやかなイベントが起こりつつあった。

リズムギターのヒロシが、ガールフレンドのインドネシア系シンガポール人のヤスミンの前でひざまずいて、なにかを始めようとした。もちろん、バンドのメンバーみんなが見守る中で。

ポケットから出した指輪のケースをあけて、それを見せながら言う。

「ドゥーユー・マリーミー?」

もちろん、イエス。

二人はキスして抱き合う。それを、大きな拍手と歓声が包んだ。
 

(最終章へと続く)

(注) スモール・アワーズ・オブ・モーニング(英語):夜明け前、明け方。 

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとはこれっぽっちも関係ありません

(タイトル写真はリアルのBrothers in BluesのBeerFestでのステージから )


全5章 at :


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