ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 11.終わらない歌

 それなのにある日突然アカウントが凍結された。本物の美樹本アカウントを見ると、プロフィールに「俺の偽物がいるので注意してください。皆さんで通報しましょう」とあった。一人で通報し続けたのだろうか。
 美樹本を人気者にしてやろうという僕の好意が踏みにじりやがって。なぜかついでに僕のメインアカウントとサブアカウントまで凍結になってしまった。メインは復旧できたが、サブはそのまま削除されてしまった。

 僕のアカウントはともかく、フォロー1000人超えの総発言500強の美樹本宣伝アカウントがあっさりと消えてしまった。
 僕の力のなさを呪った。こんなにおもしろい人が世に出られない不条理を呪った。最高に面白い人間がくすぶっているのになぜ誰も見つけてやらないんだ。美樹本は雑談スレッド如きで終わる人間ではない。日本中に、いや世界中にその面白さを伝えたい。
 僕にできることはなんだろう。考えた。考え続けた。必死に頭を使った。
 僕は過去の膨大なスレッドを見直し、美樹本洋介とはどんな人間なのかとテキストに整理した。美樹本の過去のブログは閉鎖された上サービス自体が終了になっていたので発掘はできなかった。美樹本が書き込んだすべてのスレッドを確認するまではできなかった。月刊美樹本は何度も書いては消されをしていたので残っていないものもあった。SNSの僕と美樹本のやりとりは残っていたが同じことの繰り返しなので使いようがなかった。とてつもない量の資料が集まった。
 膨大な資料をまとめて長編小説にするために、それまで書いていた小説を放棄した。2年以上一文字も文章を書かず書きたい欲求を抑え込んだ。どこで公開するかもじっくりと考えた。もちろんそのあいだも美樹本の僕への怒りを消さないために匿名掲示板で挑発し続けた。
 美樹本が僕に全力を出してくれているのだから、僕もそれに全力で応えなければならない。
 書き込みだけを並べても誰も読まないだろう。それを一本筋の通った物語にする必要がある。なぜ美樹本はこんな風になってしまったのか。なぜ僕はこんな風になってしまったのか。僕は美樹本になにをしたのか。僕は美樹本になにをされたのか。キーボードを叩き続けた。美樹本を有名にしてやりたい、その一心で深夜過ぎるまで資料を読みキーボードを叩き、流れを考え流れを変え、美樹本洋介物語を毎日書き続けた。実際は10年続いている争いを5年に短縮し登場人物も極力減らしできるだけわかりやすく簡潔にまとめる。まだ美樹本を知らない人のために。知ってはいるがなぜ今のようになったのかは知らない人のために。世界中の人へ向けて。
 世界的クリエイター、アメリカで知らないものはいない、埼玉を代表する天才画家、救国の大元帥、埼玉で伝説的にモテた男、次期天皇、その妄想を現実のものにしよう。僕と力を合わせれば、いつか叶うだろう。
 美樹本が妄想を繰り広げ、それを僕がまとめる。今までのように二人三脚で。
 僕の思いに応えてくれたのだろうか「皆さん、れつだん先生@精神障害者生活保護受給者のSNSと小説を世界に広めていきましょう。広める方法は簡単です。家で家族に、職場で同僚に、学校で同級生に、近所の噂好きのおばさんに、友人知人に、「ネット上にはこんな狂った人間がいるんだよ。知ってた?」と宣伝しまくりましょう。これだけで、れつだん先生@精神障害者生活保護受給者が世界中に知られ地獄行きになります」と丁寧にURLまで添えて月刊美樹本のトップページに表示されるようになった。美樹本の宣伝にもなるのでどんどんやってもらいたい。
「れつだん先生@精神障害者生活保護受給者のことを手紙にまとめて記者クラブに送りつけた。あとそれ以外のメディアにも送る予定」どんどんやってもらいたい。
 ブログの事業所データに美樹本洋介の自己紹介が掲載された。
 デザイン系の専門学校を卒業後20代で就職するも女性社員にモテすぎて男性社員から強い嫉妬を受け、陰湿な誹謗中傷を受け続け退社に追い込まれてしまいました。女性の中で働くことへのトラウマが生まれました。それ以来30年近く誹謗中傷、迫害、いじめを受ける人生となってしまいました。

 取引銀行が追加され、事業内容も変わっている。
 取引銀行 たくさん。
 事業内容 電子書籍及び紙の書籍の出版、文章だけで食える小説家の育成、絵だけで食える画家の育成、小説・絵画両方を行えるプロフェッショナルの育成、非文学小説の執筆、非商業主義絵画の制作、クリエイティブオフィサー(インフォメーションデザインに重きを置いたグラフィックデザイナー、店舗運営・営業アドバイザー業、IT導入アドバイザー業、就労者の育成・指導・啓発、日雇い派遣会社の企業顧問及び相談役――総じてサービスデザイン業)
 注意点 東京都内の企業とは一切関わりを持ちません。

 僕がまとめている間も月刊美樹本は更新され続け、それが雑談スレッドに貼られ、美樹本は笑われネタにされ叩かれていた。
 雑談スレッドで唯一美樹本や美樹本の作品に肯定的だった日払い君が、突然月刊美樹本で名指しで批判されるという衝撃的事件が起きていた。朝起きて目をこすりこすりの僕の背筋が伸びた。
「俺が格安で売ってやったスマートフォンを使わずいつまでもガラケーを使い続ける日払い君を着信拒否にした。匿名掲示板依存症を治すには最新のデバイスを使わねばならないという俺の助言が無駄になってしまった。雑談スレッドを廃止せよとの呼びかけにも無視で、俺の親切心が潰されてしまった」
 ムーヴが美樹本に直接「もう匿名掲示板は相手にしないでください。雑談スレッドが荒れると鬱陶しいので」とお願いする事件が起きた。美樹本は「匿名掲示板の薄汚いゴミどもが俺を誹謗中傷するのが悪い。それを止めろ。雑談スレッドに書き込まなければいいだけだろう」と聞き入れてくれなかった。
「美樹本の小説も絵も低レベルなのになぜあんなに偉そうなのか。人格に障害があるのでは」と言い続けていたNJに「NJは60過ぎの爺らしいが、孫を自転車の後ろに乗せて一緒に駄菓子を買いに行くのが一般的な60歳であり、創作文芸板で涎を垂らして、「文学が、小説が、俺の小説は凄いんだ」と狂ったように繰り返す60歳は終わっている」と50歳の美樹本が言ってしまうという珍事件も起きてしまった。
 出版社ブルーロベリアの最初の本が出版され、月刊美樹本で大々的に宣伝したのに雑談スレッドでさっぱり話題にならないという事件も起きてしまった。
 美樹本がフォークリフトの免許を取得たと発表した。これから倉庫アルバイトの時給が1450円になると嬉しそうに報告し、年収1000万円のなんの楽しみもないサラリーマンより自分の人生のほうが豊かで素晴らしいとなぜか高収入サラリーマンが馬鹿にされるという事件も起きてしまった。

 毎日家に帰ってから寝るまでずっと書き込みをまとめ小説にし続けた。1話ができれば即座に投稿サイトで公開した。PVは伸びず雑談スレッドでしか話題にならなかった。もちろん、僕と美樹本の争いを知らない人が読んで楽しめるものではないとわかってはいたが。
 ロクデナシというタイトルをつけた。書いて公開を繰り返している間、美樹本もブログで「れつだん先生@精神障害者生活保護受給者が新しい小説(笑)を書いたようです。皆さん応援してあげてください。私は読みませんが(苦笑)」とURL付きで宣伝してくれた。正直宣伝効果はなかったが、美樹本が面白くないと思っているのは伝わった。自分の過去数年間の書き込みをまとめられていい気はしないだろう。
 しかし連載が進みそれなりに話題になってから、美樹本はブログで僕や雑談スレッドへの攻撃を終了した。いくら僕が名無しで美樹本を攻撃しようが一言も反応してはくれない。

 ロクデナシが僕と美樹本の不毛な争いを終わらせることになってしまった。
 れつだんや雑談スレッドをチェックし恨みつらみを長文で書いたところで、敵の小説のネタにされるだけだということに気づいてしまったのだろう。屈辱的だろう。自分のほうは絵も小説も起業も同人誌もなにもかも一切進んでいないのに、敵は自分をネタにしたものを書き上げた。相手すればするほど小説にされてしまうだけだ。
 ブログでは、どこへ行ったなにを食べた仕事をした、埼玉県の政治家に思うこと、時事ネタ等々を週に1度更新するだけとなってしまった。記事を読むと、日に日に美樹本の活力が失われているのを感じる。
 あれだけ絶賛していた肉体労働も「倉庫アルバイトという地獄の牢獄に強制的に閉じ込められて創作活動ができずに困っています。ここから脱出するためにお金が必要です。全世界の皆さん、私に寄付してください」と泣き言を言い始め、最終的に昼休みに職場から逃亡するに至った。「春までに借金を返済し夏に分割で250ccバイクを買う」と宣言した2週間後の出来事だった。50歳で非正規の肉体労働は僕の想像以上に過酷なものだっただろう。デザイン系の専門学校を卒業しておきながら倉庫アルバイトを10数年続けざるを得ない現状に納得がいかない思いもあっただろう。
 美樹本はなにもかもブログで実況中継をしてくれるので、職場から逃亡したことも記事に書き雑談スレッドで話題になった。50にもなってなにをやっているんだという意見があったが、僕は美樹本を可哀想だと思ってしまった。わざわざ自分から敵を作り自分を追い詰め破滅へと向かう美樹本に同情心を抱いた。僕は生活を保証されている。短時間の福祉作業所へ通えばあとは自由だ。美樹本は毎日の肉体労働で体は追い詰められ自由な時間もなく創作も計画も進まない。僕の両親と同年代の男がどうしようもなくなり追い詰められた結果、昼休みに職場から逃亡するなんて考えただけで胸が痛む。
 ロクデナシを書いたことで僕の美樹本への復讐は終わったのだろう。そしてロクデナシを書いたことで美樹本の心を折ってしまったのだろう。あとは勝手に堕ちていくだけの美樹本を眺めていればいい。雑談スレッドで美樹本を馬鹿にして煽るより、趣味を楽しみ明るく生きている様子を見せつければいい。

 なにもせずただ生きる。それが美樹本への最高の復讐になる。
 美樹本が僕を忘れ自分の人生を生きるのであれば、僕も美樹本を忘れ自分の人生を生きるだけだ。
 精神的肉体的金銭的に余裕ができればまた僕を誹謗中傷すればいい。僕を刑事告訴すればいい。僕の生活保護を停止し閉鎖病棟に閉じ込め破滅に追い詰めればいい。
 ただそれがロクデナシ第二章になるだけだ。
 僕の小説のネタのため、死なずに頑張って狂い続けてほしい。
 続きを書くことを楽しみにしている。
 僕たちの歌は終わらない。

 完

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