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第20話 リハビリ12 2021年8月13日 さようなら、外脛骨

 高校生の後に入った80前後の爺さんが、構って欲しいという気持ちを隠さずに女性看護師や介護士に話しかけているのが好印象。

 昼食前にリハビリ。左足に重りを載せての筋トレ。右足に重りを載せてみると左よりも軽く上がる。「これだけ左足の筋肉が落ちてるってことですよ」とのこと。
「あ、今日は一人で来たんですね」と言われる。昨日一人で来ていいと言ったことを忘れているようだが、もちろん指摘はしない。毎日たくさんの人をリハビリしているからいちいち覚えていられないのだろう。
 終わる際に「来週誕生日じゃないですか。ここでお祝いしますよ」と言われてときめく。もちろん社交辞令だとはわかっているが、万が一億が一兆が一あるかもしれないと期待してしまう。なぜ自分に期待してしまうのだろう。道端に落ちている犬の糞以下の自分に、なぜ? 諦めきれていないのだろうか。精神衛生上にもよくないとわかっている。精神の安定のためには自分に期待するのはやめるべきであるとわかっている。わかっているのに諦められない。
 カレーに辛子明太子を入れるのが大好きだという女性がいるかもしれない。食事をしながらのスプラッター映画鑑賞がたまらないという女性がいるかもしれない。

 ベッドに飽きたのでデイルームで読書する。街を見下ろしながらの読書はとても爽快だ。しかし大声で電話をする韓国人中年女性と同じく大声で電話をする広島訛りの車椅子中年女性が気になる。通話はデイルーム以外禁止なのでそれについてはなにも思わない。通話が30分、1時間と続くことに驚く。そんなに話したいことがあるのか。僕のスマホには月に一度母親からの短文LINEが届くのみで、誰ともやり取りはしない。電話番号とメールアドレスを変更したが誰にも教えていないので、誰からも連絡が来ないというだけの話なので自慢にはならないが、もう一つ自慢ついでに言うと人と喋りたいことがない。
 韓国語はさっぱりわからない。韓国のヒップホップと思えば楽しい。広島訛りは佐藤さんという人物を電話相手に説明している。佐藤さんは山口県出身で父が船の設計士である。母は出産時に亡くなった。3歳の時に父が再婚し妹が生まれる。両親は厳しく学校の成績で一番にならないとテレビ見せてもらえなかったという。
 電話相手は男性のようで、広島訛りの説明の合間に「そうなんだ。へー。凄いね」という相槌を繰り返している。
 うーん。謎だ。
 誰からも連絡が来ないとは前述の通りだが、それに加えると、突然の電話には一切出ないと決めている。事前連絡もなにもない電話は相手の時間を奪う。しかもそれがどうでもいい内容であれば僕は激怒する。激怒はしないがすぐに切る。電話というのはこちらの状況を一切考えてはくれない。読書をしていたり買い物中だったり、映画に感動して泣いていたりその他諸々、関係ない。だから僕は電話には出ない。しかし電話はかかってくる。だから電話番号を変更し誰にも教えないことで突然の電話がかかってこないという状況を作り上げた。
 だから僕は広島訛りの相手の男が1時間以上どうでもいい一方的な喋りを聞き続けているという状況が理解できない。理解できないから批判をするというわけではないが、なんの意味があるのだろう。佐藤さんとやらの説明を受けている時間、自分のやりたいことができただろう。
 唯一の可能性は、広島訛りとセックスがしたいから無駄な会話を聞く、だろう。広島訛りは太っているが年は30前後と若い。セックスをするために無駄話を頑張って聞き続けている。95%そうだろう。
 謎が解けたのでベッドに戻り飯を食ったり読書をしたりして、売店で買ったピンクのコップがないことに気づく。ベッド周辺を探すがない。車椅子でデイルームに戻るがない。300円もしないコップを持っていく人がいるのだろうか。看護師に聞くが預かっていないという。
 今日一日はずっと女性看護師の尻ばかりを見ていた。中学生の頃幼馴染の「胸と尻がよい」という論に僕は「脚以外価値なし」と反論し議論は白熱した。以来ずっと脚派であったが、30歳になると尻ばかり見るようになってしまった。外を歩いている間、バスや電車に揺られている間、ずっと尻を凝視している。もちろん胸や脚も凝視するが、尻凝視の割合が高い。
 今なら幼馴染に「僕も尻がいいな」と言うのだが、地元の友人の連絡先はすべて削除したので直接伝えることができないのが残念である。

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