ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 10.君のため

 話は戻る。
 美樹本が警察署へ行った。風説の流布だ、名誉毀損だ、誹謗中傷だ、プリントアウトした、とんでもない剣幕で春日部警察署へ行った美樹本を、僕は自分の経験から「匿名掲示板でなにか言われたからって警察署へ行っても別になにもならないよ」と雑談スレッドに書き込んだ。名無しも、なぜ急に警察署へ行くと息巻いたのかよくわかっていないようでスレッドは困惑に包まれていた。
 4時間後、月刊美樹本に「春日部警察署へ行ってきた」という記事が上がった。内容は「春日部警察署の人間は市民を守ってくれないという結論に至った。匿名掲示板を見なければいいと言われて俺はとても傷ついた。その上、精神科へ通院したことはありますかと言われた。俺が、「ありますけど、で、それがこれとなんの関係があるんですか」と反論すると苦笑いされた。春日部警察署の警官は一般人を見下して笑いものにする、という結論。俺が春日部警察署へ行ったという記録自体は残ったので、匿名掲示板住人=頭のおかしな奴らというプロファイリングデータが春日部警察署のすべてのパソコンに浸透しそれが警察庁や宮内庁に届く予定なので、今後は匿名掲示板で俺を攻撃すると、「警察庁や宮内庁から怖い人が来るんで、覚悟しといてくださいね」とだけ言っておく」
「埼玉県の知事になるつもりはないが、春日部市の市長にはなってやってもいい、と考えが変わった。市民を守る気もやる気もない春日部警察署を作り直す必要がある。選挙資金はれつだんからの損害賠償で、それで市長選に立候補しようか。「美樹本さんなら間違いなく当選ですね」ということだし。あと、弁護士は有能な人についてもらう必要があるが金はないので、裁判が終わったあとれつだんから支払うようにすれば、成功報酬で弁護士費用が賄えるから1円も使わずにれつだんを隔離できるんだよな」
「報告と宣言。匿名掲示板はもう見ない。スマホとパソコンを匿名掲示板が見られないように設定した。小説も書かず何年も俺への誹謗中傷。さすがに俺も、「俺ももう50だし、そろそろ自分のためだけに時間を使わないとな。別に、れつだんとか名無しの人生がどうなろうと知ったことではないんだよな。これからは無関係でいこう」という結論に至った」
 雑談スレッドが爆笑に包まれた。僕も腹を抱えて笑った。今まで言われたことを帳消しにしたいぐらい笑った。笑いを狙っていないのにここまで人を笑わせる文章を書く。たしかに文章の天才だ。
 翌日も更新は続いた。

「今日の朝、また匿名掲示板を見てしまって反論文を書いてから気づいたのが、「ああ、しまった。俺はなにをしているんだ。また匿名掲示板の相手をしてしまった」と気づいて後悔した。このあいだ面談した人妻のクライアントに聞いたのが、「匿名掲示板で俺をストーキングし続けているれつだんって知っていますか」という。「聞いたこともないし、知らない。美樹本さんってネットでストーカーされてるんですか? 私の友達もストーカー被害者です。美樹本さんも負けないでくださいね」という言葉を貰った。やはり匿名掲示板は狭いコミュニティで、終わったコミュニティで、掃き溜めのコミュニティ。まともな人、普通の人は見ない、書き込まない。どういう人がまともか、普通の人かというと、真面目に働いて真面目に創作し真面目に生きて若い女性から、「感受性が若い、素敵、こういう人を恋人にしたら幸せになれるだろうな」と褒められるような人間のことをまともという」
「月間5000PVのホームページ運営者で世界的クリエイターの芸術家で救国の大元帥で世界の上位レベルと親しいある私の下で私の創作技術や人生の歩みかたを直に教わりたい20代の女性を、秘書として雇うことにしました。ギャランティーは出ないのでボランティアですが、間近で私の仕事を見て直接指導を受ける経験はお金には変えられません。10代後半から20代前半で1日6時間ぐらいを予定しています。写真つき履歴書をメールアドレスへ送ってください」
「出版社ブルーロベリアで作品を発表したいという10代後半から20代前半の女性を随時募集しています。なぜ若い女性オンリーかというと、「若い女性は年をとった女性や男と違って、創作に対して真摯」だと思ったからです。さまざまな場所で若い女性とクリエイティブコミュニケーションをとりましたが、本気でやりたいという熱意を持った人がとても多い。新人賞や紙の出版などはもう時代遅れなのです。電子書籍の同人誌の時代です」
「れつだん先生@東京都大田区在住精神障害者生活保護受給者の小説と美樹本洋介@ブルーロベリアの小説を読み比べて、小説家としての質の違いを感じ取りましょう。そして美樹本洋介@ブルーロベリア@日本の初代大統領の発言や作品について語り、議論し、そこになにが描かれているのかを学びましょう」

 いつの間に日本の初代大統領になったのか。
 月刊美樹本の更新が待ち遠しくて仕方がない。朝起きて開いて、夕方また開いて、内容を読み笑って雑談スレッドの反応を楽しむ。
 美樹本の無敵さ、自己正当化、全能感、全肯定が羨ましい。あまりにも自分を持ち上げるその作風に、いちいち突っ込むのも野暮に感じてしまう。美樹本の脳内では事実なので誰がなにを言おうと揺るがない。
 雑談スレッドに美樹本へのかなり厳しい中傷が書かれる。そういう笑えない流れになるのを阻止するため、自分のSNSを貼りつけ、れつだんのほうが頭がおかしい狂った人である、というれつだん批判の流れに変える。
 美樹本が反応しやすいワードを散りばめて書き込む。
 美樹本と呼び捨てにするのではなく、美樹本さんや美樹本先生と呼びかける。れつだんがこんなことを言っていましたとSNSを貼りつける。月刊美樹本の内容を肯定する。匿名掲示板を批判する。美樹本の味方になる。
 妄想、病気、有言不実行、童貞、50で倉庫アルバイト、無能、匿名掲示板中毒、無能、れつだんストーカー、統合失調症、不細工、そういう書き込みがあれば、すぐそのあとに「まーた名無しのれつだんが美樹本を誹謗中傷してるのか」と入れることによって、美樹本は自分への悪口がすべて名無しのれつだんの書き込みだと思う。
 美樹本を見事に乗せて反応を引き出せば僕の勝ち。無反応なら僕の負け。美樹本一本釣りゲームと称し毎日雑談スレッドで続けた。月刊美樹本の内容を雑談スレッドにコピー&ペーストする際も、名無しや固定ハンドルネームが反応しやすいように抜粋、推敲する。

 唯一その流れに乗らなかったムーヴを乗せるため、まともに絡んだことのなかったムーヴのSNSをブロックし僕えの怒りを工作した。ムーヴは名無しの僕に「もう美樹本粘着はやめろ」と言うようになった。僕の書き込みではないものもれつだんがやったと言われるようになった。
 もちろん僕は否定も肯定もしない。美樹本を匿名掲示板に縛りつけるために必要だからだ。美樹本とれつだん二人の名前が出続ける限り美樹本はここを見続けることを知っている。閲覧と反応をやめようと設定しようが削除しようが結局閲覧し反応してしまう。無間地獄だ。
 僕や雑談スレッドへの恨みと妄言は止まることはない。自分のおかしさに気づくこともない。出版社や起業も始まることはない。月刊美樹本での「れつだんが、匿名掲示板が」を続ければ続けるほど自分の夢が遠ざかり時間が無駄に消費されていくことにも気づかない。自分は被害者でれつだん匿名掲示板が加害者であるという認識を改めることもない。無間地獄だ。

 僕が消えたあとも無間地獄が続けばいい。美樹本はみんなの美樹本であるべきだ。5年後10年後も匿名掲示板が存在する限り続くことを目指して。
 ただ、物足りなさを感じる。こんなに面白い人間を創作文芸板だけに閉じ込めておくのはもったいない。美樹本洋介@ブルーロベリアをもっとたくさんの人に知ってもらいたい。僕にできることを考える。
 勢いのある板に月刊美樹本の内容を貼りつけてスレッドを立てた。空振り。
 SNSで自動的に美樹本の発言を投稿するBOTを作った。美樹本の発言は無駄が多すぎて長過ぎるので、それをSNS用に140文字に減量する。定期的に「出版社ブルーロベリアでは作家の育成を行っています。世界的クリエイターの美樹本洋介@ブルーロベリアに創作指導を受けたいかたはbluelobelia.jpまでご連絡を」と投稿し、作家志望やインターネット投稿作家だけをフォローし続けた。フォローを返してくれたかたにもダイレクトメッセージで出版社ブルーロベリアの事業内容を送りつけた。
 事業内容 電子書籍及び紙の書籍の出版、文章だけで食える小説家の育成、絵だけで食える画家の育成、小説・絵画両方を行えるプロフェッショナルの育成、非文学小説の執筆、非商業主義絵画の制作。
 月刊美樹本にこう書かれているので、変に弄ったりはしない。読めば読むほど味が出る見事な事業所データだ。

 SNSの自動つぶやきツールに入力するネタは美樹本自身が日々作り続けてくれているので、僕の仕事はほとんどない。

 手紙送りつけ芸。
「ライトノベルを読んで激怒した。女性の性を売り物にしたふしだらな内容で、そのアニメも女の子のパンチラや下着姿などのオンパレードで、この出版社も堕ちたかと残念な気持ちになった。すぐにこの出版社に、「どうも、美樹本洋介@ブルーロベリアですが、貴社の作品とアニメを見た。とても残念な気持ちになっている。低俗な作品を世に出し低俗な金を得て低俗な廃人を量産していてもなにもならない。気合を入れ直してちゃんとしたものを作るように」と手紙を送ったので、女性は安心してください」

 僕へのお願い。
「れつだん先生へお願い。東京から出ていってください。れつだん先生の異常な人格異常な性欲異常な人間性、れつだん先生の異常性が俺のクリエイティブエナジーを崩壊させている。このままだとれつだんの吐き出す関西弁ウイルスで東京人が死滅する。俺は埼玉県在住で抗体持ちなのでウイルスにはかからないが、関西弁ウイルスで東京人が苦しみ発狂するのは見たくないので。お願いします。土下座でもなんでもします。東京から消えて下さい。実家で引きこもってそのまま死んで下さい。二度と俺の前に出てこないで下さい。もう限界なのです」

 なんだかよくわからないもの。
「倉庫の仕事を辞めることにした。なぜかというと、「職場が東京にあるため、東京の鬱屈したマイナスエナジーで俺の創作意欲が削がれてしまう」と思ったからだ。俺が作品を発表できないと世界中のファンが悲しむから。長年続けた仕事だが辞めざるを得ない。仕事を終えてバイクで田舎の美しい風景の中を走っていると、さわやかな風に包まれ生まれ変わったような気持ちになった。これは、東京の貧民窟でおんぼろアパートに住み、つまらない本を読了して汚い金で餌を買う家畜人生を歩むれつだんには一生かかっても感じない気持ちだ」

 忙しいアピール。
「いやあの、俺、1日8時間週6で働いてるんですよ。福祉作業所でよだれを垂らしながらぼーっとして、帰って白目剥いて、「俺はつらいのに美樹本は成功者でむかつく、陥れてやる、足を引っ張ってやる」と繰り返しているネットゾンビと違って忙しいのです。れつだんの生活保護を停止するプロジェクトは続いていますが、今すぐ福祉課へ行くことはできません。働いて小説書いて絵書いて、それだけで1日が終わるのです」

 切手3枚で。
「匿名掲示板を消滅させる案を思いついた。しかも費用は切手3枚だけ。文部科学省と宮内庁と防衛省に、「あ、美樹本ですが、お久しぶりです。いい加減、匿名掲示板を野放しにするのはやめたほうがいいですよ。今すぐ動きなさい。いつまで私を殺し続けるのか」と手紙を送るだけ。さ、送ってどうなるか。数日後には匿名掲示板は消滅し、自動的にれつだんも消滅することになるでしょう」

 女子高生へのラヴ・メッセージ。
「女性の味方美樹本洋介@ブルーロベリアが提案する、女子高生が安心して生活できる世界の構築について。底辺肉体労働で奴隷労役をしている男がうようよしているスラム街東京へは近づかないようにしなさい。女子高生というだけで近づいてホテルに連れ込んで多数で輪姦してレイプされて誰の子かわからない子どもを生んで一生が終わります。私のような才覚・才能溢れるフェラーリエンジン搭載の美男子が認められないというのは東京の人間に足を引っ張られているからで、そういう苦労が10代からずっと続いていました。特に2000年前後の私の脳への直接的電子攻撃で精神薬漬けにされたことは忘れられません。アメリカ全土で大人気になってから、美樹本は危険人物だとマークされるようになったからでしょう」

 新人賞否定。 
「宣言。俺はれつだんと小説で勝負するつもりはない。なぜかというと、「文学を読んで文学を書いた気になってるれつだんと勝負するだけ時間の無駄なんだよな。俺の勝利が確定しているからやるだけ無駄だよな」ということなので。それに俺は、新人賞に応募して一次通過しただの落ちただの言ってる低次元のダンゴムシゾウリムシには無関心、無関係なので。俺は俺の小説を書き投稿サイトに出してファンの人たちと乾杯するだけ。やることをやってそれを続ければ、見ている人はいる。ただそれだけなのです」

 れつだんを助けたい。
「あー、ひとつだけ。俺がれつだんに毎日メッセージして追い詰めてブロックされたっていう話は捏造で、嘘八百です。俺はれつだんを真人間に変えようとした。これはまあひとつの実験なんだけど、匿名掲示板と精神疾患に脳が犯された犯罪者は俺の力を持ってしても変えることはできなかった。それ以降は情報を追っていないので知らないが、未だに匿名掲示板でよだれを垂らし白目剥いて、「美樹本はー美樹本はー俺のほうがすごいいいい」と繰り返しているみたいですね」

 一般人には触れられないすごいもの。
「えーっと、残念ですが、匿名掲示板の君たちには見えない場所で絶賛されているという事実を突きつけてやりましょうかね。表のインターネットしか知らない情報弱者には一生わからないでしょうが、俺の高性能パソコンは君たちに見えない裏のすごいインターネットに接続されていて、そこで俺の小説や絵や動画は大絶賛の嵐なので、残念だけど。世界中からファンレターが届いているので、残念だけど」

 俺はまともである。
「はい、残念ですが、俺は病気ではありません。仕方なく薬を飲んでいますが、コントミン1錠だけ。ジプレキサを処方されて無理やり飲まされて、俺の美しい感受性や天才的発想、人を感動させる色使いとか文章のきめ細やかさが殺されかけて、「精神科医って信用できない人たちなんだな。俺とは関係ないよな」というカテゴリに入りましたが。障害者手帳は持ってますが、いろいろ割引されるから仕方なく持っているだけです。テキストだけで俺の病気を診察した気になってる馬鹿どもは滑稽です」

 美樹本天皇。
「最近宮内庁の人から、「美樹本さん、次の天皇陛下になりませんか。女性天皇や女系天皇で揉めるとよくないので、美樹本さんに天皇陛下になっていただけると話は早いですし、美樹本さんの素晴らしい遺伝子が天皇家に入るって素晴らしいことですし」と言われました。まー、いいけど、今はちょっと忙しいんでと断りました」

 精神的童貞。
「デマへの訂正。れつだんが、美樹本は女性経験なしだの童貞だのデマを流し続けてるみたいだけど、デマなので女子高生の皆さん注意してくださいね。俺は昔風俗のボーイをやったことがあるんだけど、そのとき風俗嬢からモテにモテて、一度個室で、「美樹本さん、私の気持ちわかってますよね」って手を握られたことがあって。そのときは俺もまだ若かったので愛ってのがよくわからなくて逃げてしまったけど、そういう心と心のやり取りが理解できないから、「何人の女とヤったかと自慢している性欲異常者@れつだんは、精神的童貞であるんだよな」と言い続けなければならないだろう」

 ネットでモテにモテた自慢。
「1995年の時点で、インターネットはこれからすごいことになると気がついた先見の明の塊である20代後半の俺が、パソコンを買ってプロバイダと契約しADSLでワールドワイドと交信し、さまざまな女性たちと文字と文字のやり取りの結果、「美樹本さん私と付き合ってください、美樹本さんの子を生みたいです」と言われ続けた。俺は一人の女性を愛せない立場なのでそれを丁寧に断り、匿名掲示板に流れ着きそこで文士を集め同人誌を立ち上げた。が、匿名掲示板には書けるふりをする壊れた人間しかいなかったので、即座に、「もう関係ない、見ない、勝手にやってくれ、知らないし」というわけで、今になる。すぐに気づいたので俺の精神が汚染されることはなかったが、若い女の子は汚染されて消えていった」

 責任転嫁。
「俺が雑談スレッドを見ないようにするための提言。精神障害者しかいない雑談スレッドは、メンタルヘルス系に移転したほうがいい。そうすれば俺が見ることもなくなるし、無駄な時間無駄なパケットを費やすこともなくなるので、一石二鳥というか。どうせ創作もせず真面目に生きることもせず、「美樹本! 美樹本!」を繰り返す認知症患者しかいないスレッドがどうなろうと知ったことではない。俺の足を引っ張るのをいい加減やめろ」

 れつだん監視。
「えーっと、「れつだんって本名で登録しないといけないSNSをれつだん名義でやってることに今気づいたんですが、皆さんで通報してアカウント削除に追い込みませんか」という提案。ここを見ているブルーロベリアのファンの皆さんで力を合わせればれつだん排除ができます。平和な世界を取り戻しましょう」

 れつだん追い込み。
「俺の作品は高校生へ向けて書いているので、れつだんみたいな30過ぎの無職の出来損ないの障害者が読めないのはおかしいことではない。若者の人生の支えになる作品を常に作り続けている。行く先を迷ったときに美樹本作品が一歩踏み出す勇気に変わる。れつだんとSNSで繋がっている人たちに匿名掲示板の書き込みを送りつけたらどうなるか、想像してみた。あ、これでれつだんの人間関係は完全に終わるんだと気づいてしまった。実行のため俺のファンはれつだんの書き込みをメールで送ってくださいね」

 こういう内容が美樹本洋介@ブルーロベリア名義で2時間に一度の頻度で自動的に書き込まれる。とても満ち足りた気持ちになる。美樹本の面白さをわかってもらうために、過去の発言を登録し続けた。

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