おやじパンクス、恋をする。#031
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
赤いカーテンは引かれていたが、そこにできたちょっとした隙間から、部屋の中がかすかに、いや本当にかすかにって感じなんだけど、何とか伺うことができた。
涼介はあのバカの車の前で五階を見上げた時、隙間がまだあるってことまで見えてたんだそうだ。
「だってカーテン閉まってたら、エスパーとかでもねえ限り何にも見えねえじゃねえか」と、事前にそこまで確認していた事を自慢するように涼介は言ったが、「でも、いつ閉められるかも分かんねえよな」とボンに突っ込まれると、「念力で阻止する」とか訳分かんねえこと言いやがる。それこそエスパーじゃねえかよバカ。
まあ、実際いつ閉められるか分かんなかったが、とりあえず隙間はまだ健在だった。だけど、そこにはあのバカはおろか彼女の姿も見えなくて、誰もいねえ狭いワンルームが、DVDを一時停止したみたいな妙に心もとない感じで見えてるだけだった。
「ほら、いねえじゃねえかよ」とタカ。
タカはどうやら、なんでか知らねえけど、もうこの話を終わりにしたいらしい。一番厳つい身体して、実際ケンカになりゃかなう奴はいねえんだけど、タカってのは妙に平和主義的というか、揉め事を避けたがる男だ。前に理由を聞いたことがあるが、教えてくれなかった。
「まあ、気長に行こうぜ。コーヒーでも飲んでよ」と言いながら、ボンはタバコを二本取り出し、一本に火をつけて、もう一本は左耳に引っ掛けた。ヤツの癖だ。
「そういえばよ、彼女はなんで、一人で住んでたんだ?」と涼介が言う。「ガキの頃からそうだったつってたよな?」
「ああ。だけど、詳しいことは分かんねえよ。さっき言った通り、親は別のところに住んでるって、たまに会いに来てくれるって、彼女はそう説明してたけどな」
「離婚したって、子どもはどっちかについてくもんだしなあ」とボン。
ああ、あらためて考えてみりゃそうだよな。何で彼女は、一人で住んでたんだろう。
「病気とかじゃねえの?」とタカ。
「両親揃ってか?」と俺が突っ込む。
「いや、でも可能性としてはなくはねえよな。二人して交通事故にあって、大怪我して入院してるとか」と涼介。
「それだと時々会いに来るって話と矛盾するじゃねえか」とボン。ううむ、そうだよな。
「海外で働いてたりしてたんじゃねえの、親父もお袋も英語ペラペラみてえな、で、日本に帰ってきた時に会いに来るとか」涼介が言う。
「ああ、なくはねえよな。そういうのも」とボン。「でも、そんなスキルがありゃ金だってたんまり持ってんだろ。可愛い娘のために、お手伝いさんの一人や二人雇っていくもんじゃねえの」
「まあ、そうだよな」涼介が頷く。「でも、あり得なくはねえだろ」
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