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第2話『ギンガムチェックの神様』 【4】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。

第2話【4】

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「ほんっとろくなことしないな、あいつ」

「な……」

「鬼頭さんって、高橋さんの後輩なんだっけ」

キャップの男が言う。こいつは確か、保科。

「後輩だなんてやめてよ、あんな勘違いバカは後輩とも思いたくないわ」

「……」

今度は俺が黙る版だった。高橋が鬼頭部長の先輩? ……いや、だからといって現役の役員にこの物言い、頭がおかしいとしか思えない。

「あ、俺、そろそろ行くわ」

呆然と立ち尽くす俺の前で、保科が荷物をまとめ始めた。そしてどう見てもビジネス用には見えないカジュアルなリュックを背負い、イヤホンを耳に入れながら扉の方に歩いて行く。

「あ、あの、ちょっと!」

なぜ声をかけたのか自分でもわからなかった。だが、このまま蚊帳の外なのには耐えられない。こいつらは多分、俺のことを知らないのだ。俺が20人以上いる同期の中で唯一の営業一部配属だったこと(島田は多分、何かの間違いで入っただけだ)、それからずっと、高い売上を保っていること。そういうことを知らないから、こんな態度に出ている。

立ち止まった保科が振り返り、言った。

「……なに?」

なに、と言われればよくわからない。だが、このまま終わるわけにはいかない。

「俺も連れてってください」

気付いた時にはそう言っていた。そうだ。さっき宇田川所長から、メンバーにアポに連れて行ってもらえと言われたのだ。それがここで俺が聞いた唯一理解できる「指示」だった。

「は? なんで?」

隠す気もないのか、はっきり眉間にしわを寄せて保科は言った。

「宇田川さん……室長にそう指示されました」

「はあ?」

その時、背後から高橋の声がした。

「いいじゃない、連れてってやんなよ。まあ、こいつの取材が参考になるとは思えないけど」

取材?

保科はこれから取材に行くというのか。

ということはこの人は、原稿を作る制作マンなのか?

そう考えると微かな納得感があった。

制作マン。つまり。求人広告のデザインやライティングを專門で請け負う職種。

AA本社にも原稿をつくる制作チームがあった。営業部とは違うフロアにあって、やりとりをするとしても電話かメールが多かったからあまり知らないが、クリエイティブ職だからというよくわからない理由で、彼らには確かにスーツ着用の義務はない。だがいくらスーツでなくていいとは言え、その格好で行くのか? いや、それ以前に、こんな社会性のない人間に取材などできるのだろうか。

「参考にならないんじゃなくて、できないの」

保科が俺越しに高橋に言い返し、「あら、それは失礼」と返ってくる。

保科はちっと舌打ちをして、俺の方を向いた。それからふと気付いたように、言った。

「あれ……あんた、営業マン?」

「え? ……ああ、そうですけど」

「そっか、じゃあ、行くか」

保科はいきなりそう言って、にやりと笑った。

なんなんだ、さっきまでは嫌がっていたくせに。

「先方、随分と怒ってるみたいだからさ」

「……は?」

「営業って、そういうの得意なんだろ。よろしく」

第2話【5】につづく

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