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おやじパンクス、恋をする。#044

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

 やがてあのバカが戻ってきて、「じゃあ、俺はこれで」とか言って、肩にジャケットを引っ掛けて靴を履き始めた。

 一瞬、このまま帰らしちまっていいんだろうか、やっぱ一発くらい殴っといた方がいいんじゃねえのかって思ったんだけど、考えてるうちにバカはさっさと出て行ってしまった。

 ガチャンって派手な音を立てて閉まった扉を、俺はなんとなく無言で見てた。そして、自分が扉の「内側」にいるんだということを、ここが昔あのレストランから覗いていた部屋の中なんだということを、今更ながらに不思議に思った。

「一本ちょうだい」

 振り返ると、彼女がボンのラッキーストライクを一本抜き取るところだった。ボンがニヤニヤしながらジッポーで火をつけてやる。

 彼女は三角座りをして、女の子が紅茶を飲んでるみてえな感じで、ちょぼちょぼとタバコを吸った。俺は何となく彼女が、若返った感じがした。いや違うな。若返ったっつうか、幼くなったみてえな。

 あのバカがいなくなって、姉貴的な立場から解放されたのかもしれねえ。何しろここにいるのは彼女と同年代のオッサンばっかしだ。まあ、だいぶパンチは効いているけども。

 とにかく俺は、俺と彼女がまだ中学生だった頃の時代に、タイムスリップしたみたいな感じがした。あるいは、その三十年間が今の風景に重なって見えるっていうか、三角座りでタバコを吸う彼女が、妙に身近な存在に思えたんだよ。

ーーもしよかったら、あたしと友達になってくれないかな。

 あの時、俺と彼女が一度だけ言葉を交わしたあの時、彼女はどんな気持ちでいたんだろう。この部屋に一人で暮らしながら、どんなことを考えていたんだろう。

 そんな事を思っていると、なんか切ねえ気分になってきて、また、その彼女がこうしてすぐ傍に存在しているってことに対する驚きっつうか喜びもあって、なんか四十代のオッサンが吐く台詞じゃねえけど、胸がいっぱいになってきたんだよ。

 だからタカが「これからどうすんだよ」と言った時、自分でもビックリするくらいに自然にこう言ったのさ。

「俺の店で飲もう。君も、よかったらどう?」ってさ。


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