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おやじパンクス、恋をする。#012

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

 高くて、ちょっと掠れた声。

 俺は目を凝らしたが、やっぱり眩しくて見えない。仕方なく俺は、その女の子を中心に半円を描くような感じでカニ歩きで移動して――今思えばその動きもなかなかにキモかったろうな――とにかく女の子の後ろに回って、つまり俺が太陽を背にするようにして、あらためてその顔を見た。で、「あっ」と思った。

 その子は間違いなく、あの子、だった。レストランの窓から見える、赤いカーテンの部屋に住んでいる、あの子だよ。

 太陽に照らされてピンク色になった彼女の顔。初めて間近で見る、彼女の顔だ。

「あんた、いつもあの店からこっち見てたでしょ」

 えっ?

 突然のことに、俺、当たり前だけどテンパったよ。あ、あ、あ、とかイカれた野郎みたいになって、何も言えなかった。

 そもそも、なんで彼女がいきなり現れるのかが分からなかったし、その彼女がどうやら自分を知っていて、しかも、レストランから盗み見していたことまでバレてて、それを責めるような口調で指摘されているわけだから、まあ、テンパらない方がおかしいよな。

 あと、思った以上に彼女が可愛かったことも、俺の混乱を大きくしてた。

「あれ? わかんないかな。あんた、土曜日に来るでしょ、あのレストラン」

「う、うん」俺が頷くと、女の子は笑った。

「やっぱり。よかったあ」

 それまでのどこか高圧的な態度とはまるで違う、無邪気な笑顔。そばかすの浮かんだ頬、白人みたいな目鼻立ち、えくぼ、つやつやした髪。なんていうか、すべてが完璧に見えたよ。そんな可愛い子が現実に存在して、それが目の前で、俺と話しているってことが信じられなかった。これは夢の中の出来事なんじゃねえかって真剣に疑うほどにさ。

 それに、いまなんて言った?

 よかった?

 よかったって言ったのか?

 彼女はイタズラっぽい上目遣いで俺を見て、「同じ中学って知らなかった?」と聞いてきた。

「同じ中学?」相手の言葉をオウム返しするしかない俺、まるでタカ。

「そう、あんた二小でしょ、あたし中小」

 その言葉を聞いて、俺は事情を理解した。

 確かにあのレストランがあるのは中小、つまり中央小学校の校区だ。で、俺は二小、すなわち第二小学校出身。そしてそのどちらも、同じ中学に行くのだ。彼女が俺と同年代だとしたら、確かに同じ学校に通っていてもおかしくはない。だけど、彼女を学校で見たことなんてなかったはずだけど。

「まあ、学年も違うし、いろいろあってしばらく学校休んでたから、見たことなかったかもしれないけど」

 ああなるほど。そういうことか。

「ちょっと前にあんたのこと見かけてさ、どっかで見た顔だなって思ってた。で、思い出したんだ。ああ、あいつだ、レストランのあいつだって」

 言葉はちょっと乱暴だけど、その表情はすごく懐っこくて、少なくとも俺のことを嫌っている顔じゃなかった。

「き、気づいてたの?」

 俺は恐る恐る聞いた。すると彼女の顔が曇った。あ、ヤバイ、なんかいけないこと言ったかなって焦ったけど、そうじゃなかった。

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LOVE IS [NOT] DEAD. 目次へ


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