おやじパンクス、恋をする。#002
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
ボンもタカも涼介も「なんだ、どこ行くんだよ」って聞いてきたけど、いいからいいからつって、とりあえず何か軽く腹に入れようつってコンビニに入って百円おにぎりを人数分買った。
こいつらと出会ってもう二十年近くになるんだが、長い付き合いってのは気持ちの悪いもんで、ボンはシーチキンマヨネーズ、タカは梅、涼介は具は何でもいいけど手巻き寿司タイプのやつって、それぞれの好みまで嫌でも覚えちまう(ちなみにカズはおにぎりよりフライドポテトの方が好きだ)。
俺らはそれぞれ好きなおにぎりを歩き食いしながら駅に向かって歩いていった。
それにしても、こいつらとこれまでに何千時間一緒に過ごしてきたか分からないが、話すことがまるで尽きやしねえ。
今日の話題は専ら、ボンが最近ハマってるっていう裁縫についてだった。いや裁縫て、と最初は大笑いしたもんだが、実際に奴が作ったものを見てみると、なかなかどうして悪くない。
裁縫っていうよりはいわゆるリメイクとかDIYとかそういうもんで、タータンチェック柄のケツ当てとか、Tシャツを切り刻んで他の生地とかCLASHのワッペンとかと縫い合わせた服とか、スプレーとかアクリル絵の具とかで絵を書いて額に飾ったやつとか、つうかもうそれ裁縫でも何でもねえじゃんとか思ったけど、意外とセンスあるんで驚いた。さすが洋服屋の雇われ店長なだけはある。
そんな話をしながら駅までブラブラと歩いた。
おにぎり食ったから正直腹の減り具合はかなり緩和されたけど、まあだからっつって別にやる事もないわけで、どうせ夜になりゃ俺の店に来てまた飲み直すんだろうし、それまでの時間潰しってことで、その懐かしきレストランに行くって案は何の反対意見もなく採用されたんだ。
随分昔のことだし、潰れちまってる可能性だって低くはないだろうが、まあ、なきゃないでいいんだよ。別にそこで飯食う事に大した意味もねえっつうか、単にノリで言ってるだけなんだから。
で、駅にくっついてるバス乗り場に行って、百貨店帰りらしい上品なナリのお婆ちゃんにベンチの席を譲ったり、停留所のそばの喫煙所でタバコを吸ったりしながら、バスを待った。
俺の生まれ育った町までは車で二十分くらい。ノロノロ運転のバスでそれくらいだから、まあ、そこまでの距離じゃあねえ。
しばらくしてバスが来て、酔っぱらい四十男四名、仲良く最後列に陣取った。
久々に乗ったバスは、窓がでっかくてテンションが上がる。まるで透明な箱が浮きながら移動してるみたいで、いつも見ている街の景色もどっか違って見えてさ、妙に楽しくなってくる。
バス乗り場でベンチを譲ってやったお婆ちゃんも乗ってたんだが、ガキみてえにはしゃぐ俺たちをどう思ったのか、降りる前にわざわざ俺らの所まで来て、一人一つずつ、飴くれたよ。たぶん何日も前から鞄の中に入ってたんだろう、溶けかけててフィルムがベッタベタになってたけど、ありがたくいただいた。
婆ちゃんはバスを降り、そして外から俺らに向かって手を振ってくれた。もちろん俺らも振り返した。タカなんてバスが出発してからもバックガラスに張り付いて婆ちゃん見えなくなるまでずっと振ってたな。マジで小学生から脳みそが発達してねえんじゃねえかって、俺、真面目に不安になったよ。だって、四十三だぜ。初老だぜ。
まあそんなことを思いながら俺たちはバスの旅を楽しみ、やがて目的のバス停に到着したわけさ。
「で、いったいどこに連れてこうっていうんだよ」
バスを降りるやいなやタバコに火をつけた涼介が言った。
「レストランだよ。ガキの頃、よく来てたんだ」
つられるように俺もタバコを咥える。
「レストランだあ?」
「美味い店だったぜ、マカロニグラタンが特に」
「それ何年前の話だよ」とボン。
「何年前って、そうだな、中学、いや、もしかしたら小学生の頃かな」
俺が言うと涼介が大げさに身体をのけぞらせる。
「はああ? そんなの三十年以上も前じゃねえか。よく覚えてんなお前」
考えてみれば親父の異動で実家が引っ越して以降、この町に来ることはほとんどなかった。
覚えがあるようなないような、そういう道路や建物の中を歩くのは、変な気分だった。酔ってるからかもしれねえけど、なんか妙に感傷的な感じになってくるっつうか、ふと涙ぐんでしまいそうになる。これがオッサンになるということかもな。歳くうと涙腺が緩くなるって言うし。
でも、そんな俺のナイーブな精神状態をぶち壊すように、ボンがあっさりと「何もねえな」とか言いやがる。
「ああ、何もねえ」とタカも同調する。
「お前、つまんねえとこ住んでたんだな」涼介はもっと露骨だ。
だがよく見てみれば、なんてこった、こいつらの言う通りだった。センチメンタルフィルターを外して見れば、全くもって何もない、つまんねえ街なのだ。
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