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第3話『息子にラブレターを』 【14】/これからの採用が学べる小説『HR』

この小説について
広告業界のHR畑(求人事業)で勤務する若き営業マン村本。自分を「やり手」と信じて疑わない彼の葛藤と成長を描く連載小説です。突然言い渡される異動辞令、その行き先「HR特別室」で彼を迎えたのは、個性的過ぎるメンバーたちだった。彼はここで一体何に気付き、何を学ぶのか……。
*目次*はコチラ

第3話【14】

見ていてハラハラする。室長の質問はあまりにストレートだ。確かに俺も、「機械を作る」ということがよくわかっていなかったが、だからといって嘘つき呼ばわりするなんて。まるで、思ったことをそのまま口にする子どもみたいじゃないか。

高本はイライラした様子で、「だから……」と頭をゴシゴシと掻く。どう説明すればいいのかを考えている様子だ。

「あんたの言う通り、ベースになる機械はメーカーから買うさ。だが、当たり前だが工場によって環境は違うよな。作るスピードも、作る量も、作る物もバラバラだ。ここまではわかるか」

「ええ、わかります。ネジと一言で言っても、太いものもあれば細いものもある。そういうことですよね」

「ああ。だから、自分たちの工場に合わせて、細かく調整していかなきゃならないんだよ。メーカーから買ったそのままの状態で使えることなんて滅多にない」

「ははあ、なるほど。その調整作業をあたなは、機械を作る、と表現した。具体的にどういうことをするんです?」

「そんなのいろいろだ。ネジの締め具合を変えたり、部品を付け替えたり」

「なるほど」

「ハードだけじゃない。ソフトの調整も重要だ」

「ソフト?」

「プログラムだよ。機械に対する命令だ。自分たちの思い通りに動いてもらうには、内容に合わせてプログラムも書き換えていかなきゃならない」

「はああ、なるほどなるほど。……でも、ハードにしろソフトにしろ、それはメーカーさんにお願いすればいいんじゃないですか? 最初からこういう部品をつけといてください、こういうプログラムをつけた状態で売ってくださいって」

高本は首を振る。

「日本の機械メーカーはそういう調整をあまり好まない。販売先の要望にひとつひとつ応えてたら大変だからな」

「ふーむ。そういう苦労が、こういったテープなんかに現れているわけですか」

室長は機械に貼られたカラーテープの一つを指差す。高本はチッと舌打ちし「まあな」と答える。素人がわかった口を利くな、とでも思っているのだろう。ただでさえ俺たちの印象は悪い。

「でも、じゃあ、その調整作業が終わったら、いよいよ人間は必要ないんじゃないですか? 後は機械に任せて、お茶でも飲んでたらいいじゃないですか」

ああ……どうしてそういう言い方を……。俺が何を言う間もなく、高本は「んなわけねえだろ!」と声を荒げる。

「おや、なぜです?」

一方の室長は涼しい口調で聞き返す。高本も室長のことがだんだんとわかってきたのだろう、怒りというより呆れた表情を浮かべ、「だから……」とこめかみを掻く。

「だから……不具合が起きることだってあるし、だいたい機械につけてる加工部品は摩耗するんだ。場合によっちゃ何時間かごとに交換しなきゃいけない。作る部品が変われば、機械のセッティングだって変わる。直接的な処理をするのが機械とそのプログラムだというだけで、製造工程の全体を管理してるのは俺たち人間だ」

「はああ、なるほど。勉強になります」

室長はそう言って、大げさに頷く。だがすぐに別の方向を向き、「あ、あそこに何人かいますね」とズカズカ進んでいく。慌ててついて行くと、確かにそこには5名ほどの人が並んで作業をしていた。よく見れば全員が外国人である。

「彼らは何をしているんです?」

「分別だよ」

「何と何を分別するんですか」

「簡単に言えば、不良品をより分けてる。0.1mmみたいな細さの部品だと、どうしたって不良品が出るからな」

「そうなんですか? 日本の製造業は不良品ゼロにこだわると思ってましたが」

「そりゃ、納品段階じゃそれが当然だ。だが、製造段階で不良品ゼロというのは言うほど簡単じゃない。そもそもウチの場合、作ってるものが小さすぎるんだ。0.3mmくらいまでは何とかなるが、0.1mmになればもう肉眼じゃ何も見えねえ。ああやって顕微鏡で見ながら1つ1つをチェックしないと、どういう傷がついてるかもわからない」

「彼ら、日本人じゃないですよね」

「ああ。ベトナムから来てる。皆、真面目でいい子だ」

どこか誇らしげなその口調に、思わず高本の顔を伺った。初めて見る、嬉しそうな表情。自慢の部下たち、ということなのか。

「なんでまた、ベトナムの人を?」

ベトナム人が働いていることは、病院で社長からも聞いた。そして高本は社長と同じようなことを答える。

「……日本で技術を学んで、ベトナムに戻ってそれを活かして働くってプロジェクトがあるんだよ」

「ああ、なるほど」

「オヤジがそれに協力してるもんだから」

「……オヤジ?」

室長が聞き返すと、高本はハッとしてこちらを向き、それから眉間にしわを寄せ、言い訳のようにチッと舌打ちする。

「だから、社長だよ、社長」

高本は社長のことをオヤジと呼ぶらしい。そういえばさっきは、奥さんのことを「おっかさん」と呼んでいた。これだけ小規模な会社だと、社員もこれほど家族的な関係になるのだろうか。

だが、それにしてもオヤジ、おっかさんというのはすごい。改めて考えてみれば、高本の社長や社長婦人とのやりとりは、雇い主と社員というより、親子のようでもあった。一瞬、本当の親子の可能性を考えたが、あり得ないとすぐに思う。あの小柄な夫婦からこんな大男が生まれるはずもないし、顔立ちも全然違う。そもそも中澤と高本で名字も別だ。

だが、それにしても。

本当の親子でないにしろ、高本という男がこの会社の中枢にいる人間なのは間違いのないことのように思えた。社長が高本を「中澤工業の芯」と呼ぶのもわかる。

だが、だからこそ、疑問は大きくなった。

ーーなぜ社長は、それほど高本の「退職」にこだわるのか。

第3話【15】 につづく


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