おやじパンクス、恋をする。#018
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
そうだ、そうだよな。
涼介ってやつは頭のネジが何本かぶっ飛んでるっつうか、いっつも冷めた態度で口調も冷静なくせに、些細な事でキレて大暴れしたりする。
こいつらのバンドが一度大きなフェスに呼ばれたことがあったんだが、打ち合わせの席でプロデューサーをぶん殴って話をおジャンにしたのも涼介だった。
こいつも身体がでけえし、タカがいなけりゃ誰にも止められねえ。まさか女に殴りかかるこたねえだろうが、かといって礼儀正しくご挨拶、なんて柄の人間じゃねえのも確かだ。
激しく頷いている俺に「何だよ、何のんびりやってんだよ」とタカが慌てた様子で言う。
「だいたい、なんですぐに涼介を追わなかったんだよ」
「追ってっただろ」と俺は反射的に言う。
頭に血が上って、一瞬、タカに殴りかかる自分の姿がイメージされる。かなう訳ねえのに。だが、すぐに分の悪さを感じて視線を地面に落とす。体格がどうのって話じゃなくて、そもそもタカの言う通りなんだから。
俺はこいつらの到着をここでのんびり待っていたんじゃねえか。すぐにでもあの階段に飛び込んで、どうにかこうにか涼介を止めるべきだったのに、俺は呆けたように立ち尽くし、涼介が登っていく姿を想像までしながら、何もしなかったんだ。いや、何もできなかった。
「とにかく俺たちも向かおうぜ。その、五階の部屋によ」
ボンにそう言われた時、要するに俺はビビっているんだな、ということがハッキリ分かった。
いくら三十年も経ってるとはいえ、友達になっておきながら一度も友達らしいことのできなかった彼女には会わせる顔がねえ。
いや、そんな誠意ある感情じゃねえな。なんつうか、要は気まずいんだよ。
あの頃の自分の態度、行動が、ものすげくダセぇつうか、だからこそ俺はこの記憶自体を封印していた節がある。あのレストランに行って窓からの景色を眺めるまで、俺はマカロニグラタンを食うためにここに来たんだと本気で思ってたんだからな。
まあ、彼女に会いたくない、会うのが怖いってんだったら、なおさら涼介を止めるべきなんだが、その辺は人間の複雑さっつうかさ、単純にビビリながらもその裏では妙な期待もしていたわけで、いや、何を期待してんのかは分かんねえよ。多分、こいつらとの遊びっつうのがそういう、なんていうかハプニングを楽しむみたいなことが基本だったから、癖でさ。
いや違う、違うだろ。
お前が期待してんのは、お前のビビってるもんとイコール、つまりは彼女との再会それ自体だ。
……クソ。うるせえよ。
そんな自分の心の声と格闘しつつ、俺はボンに頷いて見せた。何にせよ、ここでアホ面ぶら下げて待ってるわけには行かねえ。
「さあ、てめえのマカロニグラタンに会いにいこうぜ」
ボンがそう言って、唇の端を持ち上げて煙を吐き出した。
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