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おやじパンクス、恋をする。#019

この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ

 階段を俺が先頭、タカ、ボンという順番で、登っていく。

 暗い階段だ。

 レストランのビルのそれよりは幾分幅があるが、それでも狭いし暗い。古い建物ってのはどうしてこう、圧迫感があるんだろうな。まるで坑道を進む炭鉱夫の気分だ。まあ、坑道なんて入ったことねえんだけど。

 二階に上がると、そこには踊り場があり、左右に廊下が伸びていた。部屋の扉が並んでいる。レストランからは見えない、建物の裏側だ。なるほどこういう造りなのか。

 ちょっと廊下に出てみると、そこからは長閑な田園風景が見渡せた。青々とした稲穂がカズの髭みてえにビッシリと地面を埋め尽くしている。ああ、そういや今日はカズがいなくてよかったかもな。あいつがいると余計に面倒なことになりそうだ。

 田んぼの向こう側には金八先生さながらの土手があって、こっからは見えねえがそのさらに向こうには川が流れてる。例の、ヘドロの溜まった用水路からの水が流れ込む汚ぇ川だったが、河川敷にある公園は遊具が充実してるってんでクラスの奴らもよく遊びに行ってた。まあ俺はぼっちだったから関係ねえんだけど、それを横目で羨ましく思ってた記憶は今だに残ってる。

 ああ、あの時、あの公園に彼女と行けていたら。

 俺にそんな勇気があれば、その後の人生はなんか違ってたのかもな。

 「おいおい、まだビビってんのかよ」と、ぼんやり風景を眺める俺にタカが言う。うるせえ人の感傷を邪魔すんな。さてはこいつ、さっきのこと根に持ってやがるな。

 「いや、なんか懐かしくてさ」俺は答える。

 本当に、懐かしい気分になってたんだ。穏やかな俺の言い方にタカはきょとんとした顔をする。その後ろで訳知り顔のボンがニヤニヤしている。

 二階、三階、と登って行くとさすがに緊張を感じてきた。

 センチメンタルな感情はしぼんだチンコみたいに小さくなって、代わりに、あの彼女とまた顔を合わせてしまうかもしれない、そして、顔を合わせることができるかもしれないという、不安と期待。

 そもそもは涼介を止めること、もとい、涼介が何をしようとしているのか確かめることが目的なんだが、そういうこともだんだん分かんなくなってくるっていうか、目の粗いサンドペーパーで心をガリガリとやられてるみたいで、論理的な思考がどんどんできなくなっていくんだよな。

 頭にあるのは、あの頃の記憶を元に自分の頭で作り上げた「現在の」彼女の顔、身体。

 ……おいおい、何を考えてんだよ。

 俺と同年代だからもう四十代だぜ、色恋話の登場人物にはちょっとご遠慮いただきたいお年ごろだ。

 だいたい、仮にあの部屋にまだ彼女が住んでいたとして、そして仮にいま部屋の中にいたとして、それがなんだっていうんだ?

 冷静になれよ。三十年も前の話なんだぜ?

 そもそも俺のことなんて覚えているわけがねえじゃねえか。

 だいたい、俺より先に涼介の方が顔を合わせる可能性だってある。いや、あいつの破壊的な性格から言って、その可能性はかなり高い。

 まあ、面は多少イケてても、青白い顔したロン毛の、もう初夏だってのに革ジャン着込んだ涼介を見て、普通の人間なら「まともな人じゃない」と思うだろう。下手したらビックリしすぎて警察呼んじまうかもな。

 そんなことを考えながら階段を登っていったら、やがて、五階に差し掛かる上り階段の途中で、かすかに誰かの話し声が聞こえてきた。

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