おやじパンクス、恋をする。#020
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
俺は思わず足を止めて、その声に耳を澄ました。
内容は聞こえないが、男の声だ。
直後、「だから違うつってんだろ!」という、どう考えても涼介による怒号が聞こえてきて、ギョッとした。
違うって、いったい何が違うんだよ。思わず足を踏み出し廊下に出てみると、その突き当たり――つまり赤いカーテンの部屋の前――に、革ジャン着たキリストみたいな風体の涼介が見えた。
ああ、あのバカ……。
扉は少しだけ開けられていて、涼介はまるでしつこい新聞勧誘員みたく、その隙間に身体を差し込むようにして立っている。俺はリアルに、額にを掌底を当てた。あちゃーってときにする、あのポーズさ。そして、一気に走りだした。
「おいコラ涼介、何やってんだ!」
俺が叫ぶと、涼介が後ろ斜め上を見るような舐めた感じで振り返り、まるで外人みてえに肩をすくめる仕草をした。いや、なんだそれ。俺はなんだかすげえムカついてきて、涼介のそのイケ面がぶっ壊れるくらいに殴ってやるって気持ちで駆け寄ったんだけど、そんとき部屋の中から「出てってよ」という、女の、ハスキーボイスが、聞こえたんだよ。
うわ、と思ったね。
うわぁ、と思ったよ。
何しろ、俺はその声に聞き覚えがあった。
もちろん、あの頃と全く同じって訳じゃあねえんだろうが、それでも女の声っつうのは一生でそう大きく変わるもんじゃねえんだな。
間違いねえと思った。
あの彼女だ。
涼介の細い頬にめり込む予定だった俺の拳は力を失い、涼介の肩口にひどくマヌケな感じでポンと置かれた。
涼介はニヤリと笑い、その手を引っ張りながら首裏を掴み、十五センチくらいしかない壁と扉との隙間に、俺の頭を突っ込んだ。
「ほら、こいつだよ、あんたら友達なんだろ?」
涼介の声を後頭部の上に聞きながら、俺はその、他人の家独特の匂い――それはいくつかのタイプに分かれるが、その家はかなり「好き」な匂いだった――と、玄関に敷かれた古めかしいタイル、その上にキチンと並べられたパンプスとクロックスの黄色いサンダルに妙な非現実感を覚えた。
俺の頭は既にその家の中にあった。首から下は外だったけどな。無理矢理に顔をあげようと思えばできたのかもしれない、だけど俺は、できなかった。
「あんた、三十年前にこいつと会ってんだよ」「何なの、いいから出て行きなさいよ」「こんなナリしてっから分かんねえのかなあ」そんな二人のやりとりを他人事に、そう、まるであのレストランから彼女を眺めたときと同じような傍観者気分で聞いていた。
その時後ろから、「おいおい、何やってんだよ」というのんびりしたボンの声が聞こえた。「こりゃ一体、どういう状況なんだ?」
「状況も何もねえよ、せっかく感動の再会ってやつを俺が演出してやってんのに、この女、何か勘違いしてんだ」と涼介。
「勘違いって、なんだよ」
「いや、よく分かんねえけど、本人に直接来させろとか、話は社長に聞けとか、訳のわかんねえこといいやがんだ」
何だとこのチンピラ、訳がわかんねえのはテメエだろうが。アメリカだったら速攻で撃たれて頭はじけ飛んでるぜ。
「ふうん、で、その誤解は解けたわけ?」あくまでマイペースなボン。百円ライターを擦る音が聞こえて、タバコの匂いが漂ってくる。
「いや、まだ」素っ気なく涼介は言った。「でもまあ、何かどうでもよくなってきたな」
な、何だとこの野郎。どうでもよくなってきたってどういうことだ。当て逃げもいいところじゃねえか。
すると、それまで黙っていた彼女が言ったんだ。
「あんたたち、一体何者?」
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