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とるにたらない、生活を愛する
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いろんな幸福を知ってるひとだ。
石鹸、砂糖、カクテルの名前、りぼん、小さな鞄、お風呂、箒と塵取り、日がながくなること……。
ありふれていてささやかだけど愛おしく、なぜか気になってしまうものやことについて書いたエッセイ集。
この本で挙げられているものものは、ほんとうにとるにたらないのだけど、彼女の生活、知性、思い出、ユーモアが滲んだやさしい文章を通してそれらをみると、とたんに愛すべきものに感じられてくる。
たとえば「フレンチトースト」では、彼女が夢中だった男性との思い出が語られる。朝食にフレンチトーストを小さく切って、バターをのせて蜜に浸して差し出してくる男性の仕草を、彼女は「幸福で殴り倒すような振る舞い」と呼んでいたそう。
言葉ってすごい。バターとシロップの甘さが口に広がる感じがする。この怖いくらい幸せって感覚は、私にだってわかる。
ああ私もこんなふうに、思い出や周りのものを好きでいたいと思ったのが、最初の感想だった。
◆
毎日の生活はめんどうで、退屈だ。必ずしも幸せなことばかりじゃない。その生活を囲むものはほとんど、いずれは消えてなくなる脆いものだ。自分の体だってそうなのだから。けれどそれらが私をほんのすこし助けてくれている。毎日を生き、来るかどうかわからない明日のために存在してくれている。そう考えれば、"とるにたらなさ"もなんだかけなげでかわいく思えてくる。
疲れてなにもやりたくなくて、心も部屋も乱れた時や、結婚するとかお金をたくさんもらうとか、世間の言うでっかい幸せの形に押しつぶされそうになった時に、私はこの本を開きたくなる。
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「生活していれば、どうしたって傷つくのよ。壁も床も、あなたも私も」
大切な人と生活していく中で、気づけば愛おしくなっていくものがある。脚つきの小さいグラスとか、重たい毛布とか、折りたためる古い椅子とか。まだそこにあるのに、もうすっかり思い出の景色の一部です、といわんばかりの佇まいをしたそれらは、哀しさを内に抱えている。傷ついてぼろぼろになって、いつかはお別れしないといけないことをつい想像してしまうのだ。いつかは、大切な人とも。
cherishという英単語が好きだ。チェリッシュ。軽やかで華やかな響きと、「大切にする」という意味との取り合わせがすてきだ。この本にぴったりな単語だ思う。
幸福なものや生活は、もろくて危うくて不確かだということ。
江國香織の文章を読んでいると、そのことをふと、否応なく突きつけられる。けれどそのたびになんてことない生活のささやかさを、感情を、時間を、愛でてみようという気になるのだ。
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