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東京純喫茶慕情Ⅱ

いい人生には喫茶店が必要だと思っている、と言い切ったのは、かれこれもう約3ヶ月前のこと。

その思いは変わってないけれど、むしろ喫茶店があるからこそいい人生が成り立つのではないか。そんなことすら考えるようになってしまいました。

昨今の混乱もあって、喫茶店に行くことが少なくなってしまい、いつのまにかお気に入りのお店がそっとシャッターを下ろしていたりと、悲しいこともありました。

喫茶店のない日々とは、それすなわち、ほどよい環境音の中で一人で物思いに耽ったり、誰かと長話をする機会もないということ。それは、なんとも寂しいことです。

そんな状況だからこそ、大好きな喫茶店の思い出を振り返りたい、本当にいいお店をご紹介したいと思い、カメラロールをサクサク遡ったりしていました。

ずいぶんといろんなお店を訪ねてきたものです。


今回は「東京純喫茶慕情Ⅱ」として、老舗の喫茶店を3店舗ご紹介します。

例によって、本当はちょっと秘密にしておきたいくらいの。

ぽえむ MANO A MANO COFFEE(高円寺)

古着と阿波踊りの町、高円寺。ふらりと路地を入れば旨い料理屋がひっそりと佇んでいたり、若者が行列をなしているクレープ屋があったりする。老舗の貫禄と流行りの文化が織り交ざった、私の大好きな町。

「高円寺」というなんとも徳の高い響きの名前は、曹洞宗の寺院・宿鳳山高円寺が由来だそうです。

この一帯で鷹狩りをしていた徳川家光が、疲れた体を休めるために使っていたというこの寺院。気に入った家光が、元々「小沢村」と呼ばれていたこの地域を「高円寺村」と呼んだことがはじまりと言われている。

そんな由緒あるお寺からほど近く、駅の南口からも徒歩2分という立地にある「ぽえむ MANO A MANO COFFEE」。

茶色いレンガと黄色い看板が目印のそのお店は、創業48年という老舗の喫茶店。

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「MANO A MANO(マノ ア マノ)」とはスペイン語で「手から手へ」という意味。コーヒーを通して人から人へと伝わるおいしさとそれぞれの想い。お店を支えてきた人たち、生産者、憩いを求めて訪れるお客さんたちのすべてを包み込むような。

そんなあたたかな気持ちのこもった名前については、アットホームな店内の雰囲気もうまく説明しているように思われます。


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ランプや置物、壁にかかった絵画など、一つ一つがアンティークで素敵なものばかり。店内はいつもほとんど満席で、若い人にも、常連と思しきマダムやムッシュたちにも愛されているようす。

この日頼んだのは、いかにも純喫茶の定番メニューといった風貌の、固めのプリン。その名も「喫茶店のむっちりカスタードプリン」。
むっちりという語感はなんだかちょっと破廉恥で、かつおいしさが凝縮されている感じがします。

そして飲み物は「オベールス・ゲルプリット」という、コーヒーの上に液状の生クリームが乗ったもの。

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甘いもの×甘いものというチョイスをもはや無意識のうちにしてしまう私。提供された瞬間ちょっと後悔しつつも、食べればまさに口福。甘いものはいつでも、憂き世を忘れさせてくれる。


ぽえむ MANO A MANO COFFEE
ADDRESS : 東京都杉並区高円寺南4-44-5  JR高円寺駅南口 徒歩2分
TEL :  03-3316-0294
OPEN : mon-thu:10-19  fri/sat/sun:10-20
※営業時間は現在変更している可能性があります


ロージナ茶房(国立)

国立駅の南口から歩いてすぐ、小料理屋やこぢんまりとしたギャラリーが建ち並ぶ路地裏の喫茶店、ロージナ茶房。

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創立は1954年。創業者は伊藤接という画家で、当初はさまざまな芸術家たちが集う社交場・サロンとして賑わっていた場所。

店名は開業時に一橋大学のロシア語の先生によって命名されたとか。「ロージナ」はロシア語で「故郷・祖国・大地」という意味。お店が路地裏にあるので、「ロージナ」と「路地裏」の語感が似ていることから名づけられたという説もあるらしい。
いずれにせよ、異国情緒のある知的な店名だこと。「喫茶店」ではなく「茶房」というのも乙なものです。

木のぬくもりが感じられる店内には、壁にささやかな絵画がいくつも飾られている。1階と2階で120席と、都内では十分な広さがある。貸しスペース「ギャラリーロージナ」も併設しており、創業当時の文化交流の場として、今も機能しているようです。

このお店には、ぜひともお腹をすかせて行ってほしい。カレー、スパゲッティ、ドリア、ハンバーグなど、洋食メニューが充実していて、かつどれもものすごくおいしい。学生にうれしいボリュームたっぷりな仕様なので、お腹との相談しだいでは、朝食を抜いて行ってもいいかも。

もちろん、デザート類やコーヒーも間違いないクオリティ。

昭和の香りを感じながら、ゆったりと文化的な話に花を咲かせたい。そんなお店。

残念ながら食事の写真を撮り忘れていたので、外観のショーウィンドウの写真だけ載せておきます。お店の素敵な雰囲気と異国情緒が、少しでも伝わりますように。


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ロージナ茶房
ADDRESS : 東京都国立市中1-9-42  JR国立駅 徒歩3分
TEL :  042-575-4074
OPEN : 9:00~22:45(L.O.食事21:50.お茶22:10)無休
※営業時間は現在変更している可能性があります


コーヒーロッジ DANTE(西荻窪)

荻窪より西荻窪派の私(?)ですが、このお店に出会うまでは、西荻窪という町の魅力を分かっていなかったんだと反省するばかりには、魅力的なお店です。

なんせコーヒー×ロッジ×ダンテですよ。わくわくしませんか。しませんかね。

1965年創業。純喫茶好きの心をくすぐる、煉瓦と木の外観はまさにロッジ。

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内装は名曲喫茶「クラシック」(中野)のマスターで、画家でもある美作七朗氏のアドバイスを受けて、細長い店内が広く見えるよう、カウンター部分を掘り下げる設計にしたそうだ。高低差のある変わった構造の店内は、どこか秘密基地のようで、忘れかけた幼心がよみがえる。

創業当時からサイフォン式にこだわったコーヒーは、すっきりと飲みやすくも味わい深い。壁にディスプレイされた、マスターが旅先で集めたたくさんのカップを眺めながらいただく。コーヒーに合うおすすめのメニューが、小さなサイズのバウムクーヘン。バターの甘い香りがふわっとただようのは、ほかほかに温めて提供してくれるから。

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さて、店名の謎を解き明かさないと気が済まなくなった私は、Google先生に訊いてみることにしました。するとこんな情報が。

オーナーの吹田さんは、英語教師だった父親の影響で、子どもの頃から外国の多くの本や版画を目にしてきた。その中に、ダンテがフィレンツェの橋で、恋焦がれていたベアトリーチェという女性を見つめている版画があった。それがとても印象的で、この店名にした、と。

美術畑の私はそれがどんな絵か知りたくて、さらに検索の沼に潜りこみました。
すると、それらしき版画を発見。それが、こちらです。

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1884年に制作された版画で、原画はヘンリー・ホリデーによる1883年の油彩画。フィレンツェの橋で、ダンテが通りすがるベアトリーチェを見つけた瞬間を描いています。白い服をまとったベアトリーチェは、まだダンテに気付いていないようす。

この絵の主題はダンテの詩集『新生』(La Vita Nuova)からきています。

幼い時に美少女ベアトリーチェに出会ったダンテは、青年になり彼女と再会し、彼女に会釈されたことで燃えるような恋に落ちる。

しかし彼女は病気で夭折してしまう。ダンテはそのあふれる悲しみを歌い、この詩集にまとめあげました。この作品はダンテの代表作『神曲』につながる、重要な作品として位置付けられています。

ちなみにベアトリーチェは『神曲』の中で、ダンテを導く存在として登場します。ダンテはこの女性を生涯のミューズとして深く愛していたのでしょう。

この版画は、ダンテがベアトリーチェに再会し、恋に落ちた瞬間を描いたものでしょう。


ご本人にお伺いしなければ確証は持てませんが、若かりし頃の吹田さんがインスピレーションを受けたのは、この版画かもしれません。


ダンテという大詩人の熱烈な恋を主題としたこの絵に、若くして影響されるとは、なんとロマンチックな、するどい感性をお持ちなのでしょうか。
この絵を見た時の体験が、56年も続く喫茶店の名前に結びつくとは、その頃は思いもしなかったでしょう。

一度は音楽を志したというオーナーは、今も店内でクラシックをかけながら、きっと今日もコーヒーを淹れています。


音楽、詩、絵画、文学、そしてコーヒー。私の大好きな全ての要素がつまった喫茶店は、きっとこの先もずっとお気に入りです。

コーヒーロッジ DANTE
ADDRESS : 東京都杉並区西荻南3-10-2 西荻窪駅南口 徒歩2分
TEL : 03-3333-2889 
OPEN : 12:00~19:00 無休
※営業時間は現在変更している可能性があります



今回は、都内の老舗の喫茶店をご紹介しました。営業を続けている年数の3店舗の平均は、なんと57年でした。それだけ町と人に愛され続けているお店たちには、その長い年月に恥じない趣とたしかな味があります。

日常に一息入れたいときに、ぜひふらりとお立ち寄りください。



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