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教授とハカセの美しいハーモニー〜『音楽と生命』

◆坂本龍一、福岡伸一著『音楽と生命』
出版社:集英社
発売時期:2023年3月

今年三月、惜しまれつつ他界した音楽家・坂本龍一。生物学者・福岡伸一との対話を収めた本書は、死の直前に刊行されました。

音楽とは何か。生命とは何か。とくに接点はなさそうな二つの問いが時に交差し絡みあう。福岡ハカセが持論の〈ピュシス(自然)/ロゴス(言語)〉という二項の極を往還することの意義を強調すれば、坂本教授も自らの音楽活動をそこに重ね合わせて巧みに話を展開していきます。

とりわけ遺伝子と楽譜をアナロジカルに語り合う場面は絶妙のハーモニーを醸し出しています。楽譜も遺伝子も本来は単に記述されたものであるにすぎません。けれどもしばしばそれらは過剰な意味を担わされてきました。

 ……まったく同じ遺伝子が、どのように「演奏」されるかというのは、その遺伝子を持った細胞や個体それぞれに委ねられています。
 でも、私たちは楽譜が音楽だと思い、遺伝子を生命そのもののように捉えてしまって、記述されたものは実際とは別のものだということを忘れがちです。(p158)

福岡のこの発言に坂本も同意します。そこから、音楽と生命現象の一回性へと話が進みます。同じ楽譜でも演奏者や聴き手ごとに毎回異なった音楽が生まれる。その意味では一回限りのものなのだと。
その一回性を寿ぐには、ピュシスの豊かさに戻りつつ、それを語り直すものとして新しいロゴスを見つけていくことが大切ではないか。両者のあてどない往還運動を続けることこそが豊かな生を生きることにほかなりません。

音楽家の類稀なる知性と、科学者にして芸術全般に造詣の深い柔らかな感性との交流。この二人だからこそ実現した、含蓄に富んだ対話といえるでしょう。

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